第23話 勇者は舞い降りた




 内匠櫂たくみ かい。12歳。

 32歳の冴えないサラリーマンであった彼は、異世界に転生した際に何故か12歳の美少女に生まれ変わっていた。

 皇太子の説得も何ら意味をなさず、傷つけられた帝国の威信の報いにと、赤狼せきろう公国公女マリアリガルは都市国家アーチへの進軍を開始する。


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 八萬はちまん諸国連合の玄関口でもある都市国家アーチは、高い城壁と掘に守られた城塞都市である。

 十八年前の自然災害とそれよりも長い平和な時代の影響で、堀はすっかり干上がっていたが、高く重厚な城壁は今もアーチを自然や外敵から守護していた。

 その城壁に向けて、赤狼公国軍が進軍を開始したのは、太陽が天頂に差し掛かる頃であった。


 国名の通り、赤い狼を描いた国旗を掲げる軍勢が整然と隊伍たいごを組む光景を、アーチを守護する連合側の兵士たちは城壁の上から、畏怖いふと共に見下ろしていた。

 アーチを攻め落とすには二千と言う数は少なく思えるが、払拭できない不安を抱えているのは、敵軍の先頭に立つ一人の少女に起因していた。


「赤狼のつわものたちよ。我らが太祖よ。今ここにわたくしは誓います。

 帝国と公国、三百年に渡る栄光と繁栄こそ御柱みはしらあるじが我らに授けた祝福。然るにその恩恵に目を背け、人ならぬ獣を崇める者どもに懲罰と慈悲を主に代わって授けましょう!」


 自信が率いる軍勢の先頭に立ち、朗々と口上を述べる紅玉色の髪の少女――赤狼公国公女マリアリガル・フォン・ヴェルアロート。白を基調とした軍服は袖や裾が長く、女性らしいシルエットを形成していた。

 彼女の口上を受けて、五つの軍団を指揮する将と二千の兵は自らの刀槍を天に掲げ、力強く斉唱する。


「懲罰と慈悲を! 懲罰と慈悲を!」


 それは銀鷲ぎんしゅう帝国、ひいては祖を同じくする三公国軍のときの声であり、兵士たちを奮い立たせる戦叫ウォークライであった。

 繰り返される戦叫は咆哮ほうこうと化し、二千の兵を勇猛にして残忍たる赤狼へと変貌させる。


「――全軍、進撃!」


 マリアリガルが天高く掲げた剣を振り下ろした瞬間、二千の軍勢が整然と進軍を開始した。

 その光景に、城壁から見下ろす連合側の兵士たちにも緊張が走る。


「結局、戦端は開かれてしまいましたか。ならば帝国の魔法使い殿にはこいつの相手をしてもらいましょうか」


 硬く閉ざされた城門の直上。

 守備隊を率いる将の隣には、まだ若い黒髪の青年が立っていた。端正な顔の一部は硬質化して鱗のような肌を覗かせている。

 鎧亀がいきの民でもある彼は、長い袖をまくって手を露出させると、その長い指で宙空に文字をつづっていく。すると指の軌跡に沿って、ぼんやりと光るハン(※この世界の表意文字)が宙に浮かび上がった。

 これぞ諸国連合にて体系化され普及したされた魔術、四方六道しほうりくどうであり、青年はその秘術に通じる「導師どうし」と呼ばれる存在であった。


「北方の水道、東方の地道より土塊つちくれに血と息吹を注ぎ、我が下僕と成す。言命即時我が意の侭に」


 青年が宙空に浮かび上がった命文めいぶんを読み上げると、アーチの城門前

の掘、そこを埋めていた大量の土砂が突然震え出し、内側から膨張していく。

 あたかも土の中に眠っていた巨人が目を覚ましたかのように、大量の土砂が縦に膨れ上がり、無数の岩石を連ねて人の型を成す。

 それは城壁よりも頭一つ分高い、土塊の大巨人であった。


「“塊人ゴレム”だ! こんな巨大なの、見たことないぞ!」


「流石は眷獣司けんじゅうしが一角、ドゥリム・ヲロチ様の道術よ! 」


 突如として出現した大巨人の姿に、連合側の兵士たちは歓声をあげる。

 城門の直上に立つ黒髪の青年――諸国連合随一と名高い導師ドゥリム・ヲロチの秘術と、その存在は連合側の兵士たちの不安を打ち払い、戦意を向上させた。


「まぁ、随分と大きなお人形ですわね」


 しかしマリアリガルは“塊人ゴレム”の威容を目の当りにしながらも、全く臆する事もなく歩を進めていく。

 それは彼女の背後に続く二千の公国軍兵にしても同じだった。

 隊列を乱すことなく近付いてくる敵に対し、“塊人ゴレム”は咆哮の代わりに自らの手足を軋ませ、その右手に大量の土砂を掴んだ。

 “塊人ゴレム”には目も耳も鼻も口も存在しないが、頭部には「生命」と「魂」を意味するハン(※この世界の表意文字)が大きく刻み込まれており、顔のようにも見える文字は青白い光を放っていた。


「土塊よ、おやりなさい! ‟く”!」


 ドゥリムが命じると“塊人ゴレム”は右手を振りかぶり、掴んでいた土砂を迫りくる公国軍に向けて投じた。

 土砂とは言ってもそれは土を含んでいるだけで、実際は人間の頭部よりも大きな石や岩の石塊に他ならない。

 例えるならそれは無数の投石機が、広範囲に大砲の砲弾よりも大きな石をまき散らしたようなもので、これに打たれたら最後、盾と鎧で身を固めていても容易く絶命するに違いない。

 しかし公国軍は全く怯まないどころか、盾を頭上に構えて防御態勢を取ることすらしなかった。

 その理由は――先陣に立つ少女が掲げた短い杖にあった。


「――‟盾”よ!」


 マリアリガルが叫ぶと同時に、彼女が掲げた杖の先――無数の土砂と石塊が迫る空に円盤状の光がきらめいた。

 それは途方もなく大きな白き光の盾、それも複数。

 横一列に展開された光の盾は投じられた土砂をことごとく弾き、公国軍には小石のひとつとて降りかかる事はない。


「お、おい! 何だあの光!」


 驚いたのは城壁の上に立つ、連合側の兵士たちであった。

 彼らからすれば“塊人ゴレム”が石塊交じりの土砂を投げつけた直後、自分達の勝利を期待したものの、その攻撃と期待は突然出現した光の盾に全て阻まれてしまったのである。


「ふむ、あれが名高き公女どののですか……え、でも報告にあったのと何か違いません?」


 声色は泰然たいぜんとしていたが、ドゥリムは予想外の事態に焦り始める。

 隣に立っていた防衛部隊の将も、「さ、さぁ?」と戸惑う事しかできない。


「よし、飛び道具がダメなら殴るまでです。土塊よ暴れなさい! ‟く”!」


 ドゥリムは素早く命文を綴り、“塊人ゴレム”に突撃を命じた。

 すると“塊人ゴレム”は大きな足を前方に踏み出し、自ら公国軍を迎え撃たんとする。その動きは緩慢だが、巨体故にただの一歩で一気に距離を詰めてしまう。

 無数の光の盾は何時しか消えており、悠然と進軍してくる公国軍――具体的にはその先頭に立つマリアリガルに向けて、“塊人ゴレム”は右足を大きく振り上げた。

 そして、巨大なその足で少女ごと大地を押し潰そうとするが――


「――‟盾”よ!」


 今度は踏み付けようとした先に光の盾が出現する。

 “塊人ゴレム”の大質量を乗せたスタンピングも光の盾は難なく弾いてしまい、その反動で塊人は大きくよろめいてしまう。

 マリアリガルが動き出したのは、それと同時であった。


「――‟盾”よ! ‟盾”よ! ‟盾”よ!」


 後方に傾いた“塊人ゴレム”の背に新たな光の盾が出現し、それに押される形で今度は前方によろめく“塊人ゴレム”。

 続いて前方に展開された別の光の盾に激突した巨人は、崩れ落ちる様に膝を着いてしまう。


「足運びがなっていませんことよ? ダンスとはもっと優雅に舞うものですわ」


 知能を持たない“塊人ゴレム”には通じない筈の挑発――しかし大きく体を軋ませて拳を振り下ろす様は、自分よりも遥かに矮小な存在に煽られて、怒り狂った巨人のようにも見えた。


「‟盾”よ!」


 振り下ろした巨大な拳が、マリアリガルが展開した光の盾と激突する。

 その衝撃に空気は爆ぜ、“塊人ゴレム”の右腕は

 弾かれた反動でのけ反る“塊人ゴレム”に向けて、マリアリガルは手にした短い杖を突きつける。

 その先端には、無骨にカットされた紅玉の塊が備え付けられていた。


「では――わたくしの、存分にご覧あれ!」


 まだ太陽は中天に在り、それを覆い隠す雲も見られないと言うのに、マリアリガルと“塊人ゴレム”の周囲は一瞬で闇に包まれる。

 星さえ見えぬ闇の中で、真っ赤な無数の光が蛍のように舞いながら、マリアリガルが掲げた杖の先端――無骨な形の紅玉へと吸い込まれていった。

 すると、内に炎を宿したかのように紅玉は光を放ち、それと同時に闇の帳は陽光に掻き消された。


紅炎姫こうえんきエルフリードより賜わりし紅玉の魔法――"焔砕刻印ブレイズシール"!」


 “力ある言葉スペルワード”を放つと共に、マリアリガルは自分の杖を“塊人ゴレム”に直接叩きつけた。少女の細腕から発せられたとは思えない凄まじい打撃音が、空気だけでなく土塊の巨体を震撼させる。

 更にマリアリガルは同じ杖を両手に構えると、二つの杖をまるで太鼓のばちのように振るい、“塊人ゴレム”の下腹部を滅多打ちにする。

 しかし“塊人ゴレム”の体は岩石をも含む硬い土塊でできている。

 本来ならば打ち付けた反動で手は痺れ、骨にダメージが入り、ただの一撃で杖は少女の手から滑り落ちる筈――だった。


「……あ、ダメですねこれ」


 “塊人ゴレム”を生み出したドゥリムには、マリアリガルが一撃を振るうたびに、土塊の内部に膨大な熱エネルギーが注ぎこまれ、それが土塊を“塊人ゴレム”たらしめる術式を砕いていく様を感覚した。

 もはや勝ち目はない。

 そう判断するや否や、彼は次の一手を打ち出した。


「すいません、少し外します」


「え? ドゥリム様どこへ?」


 具体的には、彼はその場から一足先に逃げ出した。


「破ッ!!!!」


 ドゥリムが逃亡した直後、裂帛れっぱくの気合と共にマリアリガルは両手の杖を同時に“塊人ゴレム”に叩きつけた。

 その衝撃でとうとう“塊人ゴレム”は上半身をのけぞらせ、ゆっくりと背中から倒れ込む。

 その光景に公国軍は勝利を見い出し、城壁の上の連合軍は敗北を痛感した。

 しかし、まだ終わりではない。

 マリアリガルの連打によって、何時しか“塊人ゴレム”の胴体には赤く燃える巨大な刻印が刻み込まれていた。内に溜めこんだ膨大な熱エネルギーによって脈打つそれに向けて、再びマリアリガルは杖を構え――


「ぶっ飛びなさいませ!!」


 そう叫んだ瞬間、彼女の前面だけでなく背後の公国軍をも覆うように、無数の光の盾が横並びで展開する。

 そしてそれと同時に“塊人ゴレム”に刻まれた刻印が爆発し、周囲一帯を爆風で薙ぎ払いながら、大巨人は後方に文字通り

 もはや人の形を保てなくなった土塊は、そのままアーチの城壁と激突し、その衝撃は城壁だけでなくアーチ全体を揺らした。


「――あ、あぁぁぁぁぁ……」


 最初に目を開けた連合側の兵士が見たもの――それは、城壁にもたれかかる様にして骸を晒す“塊人ゴレム”だった土塊と、その質量と衝撃を受け止めきれずに崩れた城壁の無残な光景であった。


「嘘だろ……たった一人であんな巨大な“塊人ゴレム”を、それも城壁まで……」


「今すぐ城壁から離れろ! 崩れるぞ! 一刻も早く敵の侵入に備えろ!」


「導師様はどこへいった? なにをしている!」


 混乱と恐怖はあっと言う間に伝播でんぱし、アーチを防衛する守備隊の戦意は完全に崩壊した。

 慌てふためくあまり、矢の一本すら射かけて来ない敵に、アーチの目前に迫っていた公国軍は兜の下で残忍な笑みを浮べる。


「少々やりすぎましたわ、ああ、折角の軍服ドレスに埃が」


 軍服を手で払った後、マリアリガルは紅玉の杖を崩されたアーチの城壁に向けて振り下ろす――その直前であった。


「――緑色の飛竜? まさかあれは⁉」


 同時刻、公国軍の後方に控えていた銀鷲帝国皇太子ルートヴィム・フォン・ハイデルンは、対峙する両軍の間を横切るように飛ぶ、飛竜の姿をその目に捉えた。

 帝国の人間にとって飛竜は滅多にお目にかかれない存在だが、ルートヴィムは陽光を反射して輝く緑色の飛竜を確かに覚えていた。

 何故ならそれは、彼の眼前で愛しい存在を連れ去った張本人であり――


「みんな、付いて来てくれ!」


 ルートヴィムは衝動的に馬を走らせ、お供の騎士たちは慌てて後を追う。

 彼らが最前線へと到着するその前に、飛竜から飛び降りた少女はすみれ色の髪をひるがえして、マリアリガルの前に着地する。

 彫像に例えられるマリアリガルすら霞む美貌を向け、琥珀色の瞳で戦に臨む戦士たちを射抜く者。


「――さて、自分で言うのもキザったらしいですが、私のために争うのはもう終わりにしてもらいますよ」


 かくて



 名前:マリアリガル・フォン・ヴェルアロート

  性別:女性

 年齢:15歳

 クラス:第四の勇者

 属性:戦士

 Strength (力): 20

 Agility (敏捷): 11

 Vitality (体力): 16

 Intelligence (叡智): 28

 Wisdom (賢さ): 17

 Charisma (魅力): 18

 Luck (運): 10

 保有技能:純血/紅玉の魔法/超感覚/神格値B

 契約神能:潔璧けっぺきの盾


 追記:

 あら珍しい。ねぇ見てあなた、この子ってば私そっくりよ。

 ――え? この子を勇者に? 別に構わないわよ。



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