第12話 奴らは山賊



 内匠櫂たくみ かい。12歳。

 32歳の冴えないサラリーマンであった彼は、異世界に転生した際に何故か12歳の美少女に生まれ変わっていた。

 竜骸りゅうがい山脈を横断し、いよいよ諸国連合の地に降り立つ櫂たちであったが、その道中は決して平穏ではなくて――


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 ミカゲの同属が暮らす集落で山越えの準備を整えると、内匠櫂、ミカゲ・アゲハ、エルナ・ヴォルフの三人は飛竜に乗って本格的な山越えを開始した。

 幸いにも天候に恵まれ、空の旅は拍子抜けするほど順調であった。

 しかし陽が山の稜線りょうせんに触れ始めた頃、一夜の宿を求めて訪れた二つ目の集落は、櫂たちを決して歓迎してくれなかった。

 追い返される事はなかったものの、寝床として提供されたのは集落外れの物置小屋であった。

 最初から厚意にすがったのではなく、対価を支払った上での扱いである。


「なにあれ! 足下を見るにもほどがあるわよ! これだから鎧亀がいきの民は信用ならないのよ……」


 憤懣ふんまんやるかたないとミカゲが叫ぶ。


「鎧亀と言うのはその……ミカゲさんの王虎おうこのように、ここの住民の祖先にあたる存在なのですか?」


「ええ、そう。あいつらの肌に浮き出た鱗を見たでしょ? 北方水道ほくほうすいどうの鎧亀の民の特徴よ。

 ……陰険で冷徹とは聞いていたけれど、予想以上だったわ」


 そう言われて櫂は交渉相手の顔を思い出す。

 確かに一部の皮膚が硬質化していたのか、つるりとした鱗状の皮膚が痣のように顔に貼りついていたが印象的だった。


「まぁ山奥の辺鄙へんぴな集落が閉鎖的なのはお約束ですが……他にも気になる点はいくつもありますね」


 櫂は寝床として提供された物置小屋の内部を見回す。

 三人の少女が寝泊まりにするには十分どころか、広すぎるくらいで天井も高い。

 しかし物置と言う割には置かれている物は少なくて殺風景なくらいだ。


「言われてみれば、確かに不自然ね。この木箱も中身は空みたいだし」


 腰かけた木箱を足で叩きながら、ミカゲは不審そうに金色の目を細める。


「ドラン(※飛竜に付けた名前)に乗っている時に気付いたのですが、集落の規模に対して農地や家畜がほとんど見当たりませんでした。

 狩りでもして食いつないでいるのかもしれませんが……それにしたって、ここには何も置いてなさすぎる。エルナも変だとは思いませんか?」


「うん、多分あいつら山賊」


 櫂もミカゲもその疑念を抱いていたが、エルナがあっさり断言した事で二人の疑念は確信に変わった。

 つまりこの小屋は生活の為の道具ではなく、奪い取ってきた物を保管しておく場所なのだろう。


「私もその可能性は考えていましたが、しかしよく分かりましたね?」


「だって子供や女の人がいない。山に入って狩りをするにも血の匂いが


 エルナはスンと鼻を鳴らした。

 彼女はミカゲ曰く「人狼」と呼ばれる銀鷲帝国の治安維持組織の一人らしいが、その仕草は狼と言うより子犬のようで、ミカゲは軽く口元を抑えていた。


「確かに……獣を狩った後は血を抜いて皮を剥ぎ肉をさばきますからね。

 人だけでなく、土地や建物に血のにおいがみついていてもおかしくはありません。エルナはもしかして、鼻が利くのですか?」


「うん、よく言われた」


「他の人狼に? そんなところまで俗称に合わせなくて良いと思うけど……」


「言い始めたのは局長。それよりどうする?」


 これまで他者の質問に応じるだけのエルナから問われ、ミカゲは口籠くちごってしまう。

 長居できない事は分かっているが、さりとて今は休息を取っておきたいという気持ちもある。

 どうしたものかとミカゲは櫂に視線を向けた。


「……そうですね。先ずはこの小屋を一通り調べてみましょう。私たちを閉じ込めたり自由を奪う為の罠が仕掛けてあるかもしれません」


 相手が山賊だと分かった今、このまま無事に一夜を明かせるとは思えない。

 櫂の提案で三人は物置小屋の中を丹念に調べ始めた。

 しかし――


「何も見つかりませんでしたね。もしかすると私たちの来訪は向こうにとっても予想外の事態だったのかも」


「ええ、アタシも同じ意見よ。とりあえず逃がさないようにここに押し込めたと言う事かしら。でも入り口に鍵もかかっていなかったし……」


「襲撃は夜。寝こみを襲うと思う」


 エルナの指摘に櫂もミカゲも頷いた。


「初めて訪れる場所だからと飛竜――ドランを別の場所に待機させた事が仇になったわね。まぁ笛で呼び寄せる事はできるけれど」


「それなら早速脱出を――と行きたいところですが、わずかであっても休息が必要ですしね。とりあえず夜まで様子を見ましょうか」


 櫂の提案にミカゲは「なに呑気な事を……」と不満をこぼすが、それでも木箱に腰かけたまま動き出そうとしない事が本心を物語っていた。

 ただまたがっているだけでも体力は消費するし、何より櫂たちを乗せて長い距離と時間を飛んだドランにこそ休息が必要なのだから。

 結局、櫂たちはそのまま物置小屋で休息し、やがて陽が落ちると集落はすぐに闇に包まれる。櫂たちが休息する物置小屋の周囲に変化が生じたのは、夜が訪れてすぐの事だった。


 音を立てずに小屋に忍び寄った男が、扉の横の壁に空いた穴から中の様子を伺う。

 小屋の中はランプの灯で照らされており、殺風景なほど物が少ない事から、床に横たわる毛布の膨らみと、その間で剣を抱えたまま膝を着く少女の姿が見て取れる。

 彼女達が寝息を立てている事を確かめた男はそっと小屋を離れ、周囲を取り囲む男達の一人に中の様子を報告した。


「ほう、てっきりすぐ逃げ出すかと思ったら、呑気に眠っているとはな。王虎の娘だけでなく他のガキどもも間抜けぞろいだな」


 報告を受けた男があざけるように笑うと、周囲の男達も下卑た笑みを浮べる。


「折角の上玉が向こうから転がり込んできたんだ。俺らの流儀でもてなしてやるとしよう。おい手前ら、すみれ色の髪のガキだけには絶対に手を出すな。傷一つつけただけでも金貨一枚失うと思え」


「頭、じゃあ他の二人はどうするんで?」


「王虎の娘は大して値が付かんから好きにしろ。もう一人は武装しているようだし、顔にだけは傷をつけるなよ」


 エルナが看破したように、この集落は山賊の根城であった。

 住民の大半が死に絶えた過疎地を占拠した彼らは、ここを拠点として山越えをしようとする旅人や隊商を襲っていたが、そもそもが大して人の通らない僻地である。

 そんなところに見目麗しい若い女が三人もやって来たのだ。

 彼女達に物置小屋を貸す前から、山賊の頭目は集落の出入り口や周囲の林に部下を潜ませていた。その目的はもちろん人身売買に他ならない。


 物置小屋を取り囲んだ山賊の数は、頭目を含めて八人。

 残りの山族は集落の出入り口を固め、得物が逃げ出さないように見張っている。

 小屋の裏手に二人、左右に一人ずつ配置した後、頭目を含めた残りの四人が外からかんぬきを外して物置小屋に侵入した。

 三人の少女達はよほど熟睡しているのか、ぴくりとも動かない。

 それでも先頭に立つ二人は剣を抱え込んだエルナを警戒し、槍を構えたまま慎重に距離を詰めていく。

 とうとう槍の間合いにエルナを捉えた男達は穂先をエルナの鼻先に突き付けるが、エルナは目を閉じたまま身じろぎ一つしない。

 槍を持つ二人の山賊は互いに顔を見合わせ、エルナが本当に眠っているのだと判断して穂先をわずかに引き戻す。

 エルナが弾かれたように動き出したのは、その瞬間であった。

 予備動作も前触れもなく、さやから抜き放たれた剣が弧を描く。

 たったの一閃――それだけで二本の槍は穂先を丸ごと斬り落とされた。


「え――――?」


 あまりにはやい剣閃に意表を突かれ、呆然と立ち尽くす二人の山賊。

 次にエルナの剣が走った時、二人は共に左手を失う事になった。


「あ……あぁーーーーーっ!」


 左手を斬り落とされた衝撃と、吹き出る血の量に半狂乱に陥る二人の山賊。

 後ろに控えていた頭目は剣を抜き、もう一人の部下と共にエルナに斬りかかろうとした。

 すると彼らの頭上から細い短剣が飛来し、ひとつは山賊の右目を貫き、もう一つは頭目の肩に突き立った。


「くそっ、このガキどもが!」


 物置小屋のはりに身を隠していたミカゲは悪態を吐く山賊めがけ、今度は小石大の球体をばら撒いた。

 球体は山賊たちの体に接触したすると、ぱちんと弾けて真っ赤な煙を吐き出す。

 その煙は鼻や目の粘膜に触れると激しい痛痒感を引き起こし、吸い込めば喉を焼く劇物と化した。

 息すらできない程の苦しみに四人の山賊がのたうつなか、むくりと身を起こした櫂はそのまま小屋の壁を蹴りつけた。

 すると物置小屋の壁は内部から爆ぜたように吹き飛び、小屋の裏で待ち構えていた二人の山賊は吹き飛んだ壁の残骸を正面から浴びてしまい、即座に意識を失った。


「さて、おいとましましょう」


 偶然にも山賊を無力化した櫂を先頭に、エルナ、そしてミカゲが破壊された壁から外へと逃げ出す。

 突然の爆音に小屋の左右に配置されていた山賊たちが駆け付けたが、一人はエルナの剛剣で腕を断たれ、もう一人は櫂の飛び蹴りを喰らい、足止めすら叶わず戦闘不能に陥った。

 やがて夜の山村に甲高い笛の値が鳴り響くと、一頭の飛竜が空より舞い降りた。

 その威容に山賊たちは戦意を砕かれ、その隙を突いて櫂たちは飛龍の背に跨ってたちまち浮上する。

 山賊たちは弓矢も所有していたが、視界が闇に阻まれる夜に仕掛けた事が完全に仇となり、成すすべもなく櫂たちを取り逃がしてしまう。


「……何とか逃げ出せたけど、今夜の寝床はどうすれば良いのかしら」


 途方に暮れるミカゲに応じるかのようにドランは短く鳴いた。

 おそらく「自分は大丈夫だ」とアピールしたのであろうが、問題は一睡もできなかった少女達の側にあった。


「私は野宿でも構いませんよ」


「……そうね」


 以前に櫂にその事でこすられた事を思い出してか、ミカゲは渋い顔になる。

 そして三人の山賊を返り討ちにしたエルナは――


「すぅ……すぅ……」


 櫂の背中にしがみついたまま、小さな寝息を立てていた。


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 結局その日は早朝まで飛び続け、開けた高原の一角で櫂とミカゲは眠りに就いた。

 草原に寝そべるドランの尾を枕に眠る二人を、すっかり目を覚ましたエルナが護衛しながら。

 しかしこれは彼女達が遭遇した事態のまだ半分でしかない。

 帝都を出奔しゅっぽんして四日目の昼――三つ目の集落へと降り立った三人の少女達に、住民は青ざめた顔をして退去を命じた。


「今すぐここを出ていくんだ! もうすぐオークたちが攻めてくるぞ!!」










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