第10話 ごめんなさい、逐電します(後編)
32歳の冴えないサラリーマンであった彼は、異世界に転生した際に何故か12歳の美少女に生まれ変わっていた。
自分を皇太子の目の前でわざと誘拐させ、そのまま帝都を離れようと考えた櫂の計画はしかし、突如として現れた黒尽くめの少女によって阻まれてしまう。
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「護衛? そんなの聞いていないのですが⁉」
「極秘だから」
淡々とした口調で応じる黒い少女。年齢は
しかし右手に直剣を構え、自分よりもずっと大きな飛竜と対峙する姿は
肩まで伸ばした黒髪が、飛竜の咆哮を受けて千々に乱れる。
しかし怯む様子は全く見せない。飛竜の鉤爪を剣の一振りで弾いてしまった事といい、相当な強者である事は間違いないようだ。
「あなたに私の護衛を命じたのは誰ですか? もしかして――男爵閣下?」
「うん、そう」
黒尽くめの少女はあっさりと
どうやら「極秘」と言うのは護衛を付けた事であって、誰の意向であるのかは関係ないらしい。
その言葉を信じるならば、彼女はランスカーク男爵の命を受けて櫂を密かに護衛していたようだ。
(まさか私の策がバレていた――と考えるのは早計ですね。
仮にそうだとしても私の狂言に皇太子殿下を突き合わせる必要はありません。いや、危険の度合いを考えれば必ず避ける筈です)
社会的にも個人的にも男爵は櫂より皇太子の安全を第一に考える筈だ。
そう前置きすれば、護衛が付けられた時期も予測できる。恐らくは櫂の計画――偽りの墓参りに皇太子が付き添う際に、内密に命じたのだと櫂は推察した。
(つまり私の計画は露見していないと言うか、普通に考えれば私って二度もミカゲさんに襲撃されていますし、彼女を護衛に付けたのは男爵の厚意であり、もしもの保険なのでしょう。
……ああもう! 相変わらず抜け目がなくて、ありがた迷惑極まれりですよ!)
まさか最後の最後で厚意が仇になるとは予想しておらず、歯噛みする櫂。
(考えろ……考えるのですよ私。まだ諦めるわけにはいきませんので!)
しかしここで諦めてしまえば自分の未来はおろか、わざわざ協力してくれたミカゲの身も危うい。何せ形だけ見れば彼女は皇太子を襲撃した事になるのだから。
櫂は必死に思索を繰り返し、打開策を探る。
しかし――その間にミカゲは飛龍から飛び降りると、黒い少女に向けて小石大の球体を無数に投じていた。
それらは命中こそしなかったが、地面に落ちる同時に爆ぜて赤い煙をまき散らす。
瞬く間に櫂たちは赤い煙に呑まれ、視覚的にも周囲と隔絶されてしまった。
「なんか辛くないですか、これ?」
しかもそれはただの煙ではなかった。
目や鼻の奥がヒリヒリする事から、何らかの刺激物を含んだ目潰しの煙幕だと櫂は気が付いた。
「くしゅん!」
思わず目を閉じ、くしゃみが止まらくなる櫂。
それでも黒い少女は周囲に目を光らせ、その場から一歩も動こうとはしない。
(――ミカゲさん⁉)
そこにミカゲが姿を現した。
彼女はフードで頭部を包むだけでなく、鼻と口元を布で覆い隠していた。
赤い煙幕の内から音もなく湧き出したあと、ミカゲは黒い少女に向けて背後から短刀にも似た暗器を
全てが無音のままに行われる暗殺者の妙技を前に、櫂は声を発する事すら忘れて見惚れてしまう。
直後、金属同士が激突する音が鳴り響いた。
「うそ⁉」
ミカゲが投じた暗器は全て、黒い少女の背中に向けて投じられた。
しかしその暗器を、黒い少女は振り向く事なく叩き落としてしまう。
驚愕するミカゲへと、黒い少女はぐるんと振り返った。そのまま身を捻ったかと思うと、一瞬の隙を突いてミカゲに迫る。
「――⁉」
死角を突いた筈が、逆に接敵を許してしまった。
ミカゲは豪風にも似た一閃を短剣でかろうじて防ぐが、その一撃の重さに短剣を弾き飛ばされてしまう。
一方、短剣を弾き飛ばした黒い少女は振り上げた剣を直ちに構え直し、無防備なミカゲに向けて容赦なく振り下ろした。
「ダメです!」
ミカゲの危機を察した櫂は一瞬で加速し、二人の間に割り込む。
「――――!」
黒い少女の直剣は、櫂の細い首筋に刃を食い込ませる寸前で静止した。
まばたき一つでも遅れたならば、櫂の首は今頃斬り落とされていたに違いない。
だと言うのに、黒い少女に動じる様子は全く見られなかった。
「そこをどいて、あなたを守れなくなる」
「刺客を始末するのではなく、あくまで私を守るのがあなたの目的なのですね?」
「そう、だからそこにいると邪魔」
そう言いながら黒い少女は剣を引き、切っ先を櫂の背後に向ける。
ミカゲが少しでも敵対行動に出れば、彼女は電光のような刺突を放つだろう。しかし牽制に留めているあたり、あくまで櫂の護衛が目的である事は確かなようだ。
そうしてミカゲは完全に動きを封じられたが、櫂はその限りではない。
(……どうやら彼女、私を護衛する事が何にも勝るようですね。ならばこそ打つ手も見えました!)
このまま煙幕が消失すれば、皇太子を警備していた衛士もここに駆けつけ、ミカゲはそのまま囚われ、櫂の目的も水泡に帰すのは間違いない。
ならばこそ、逆転の一手を打つのは今しかなかった。
「すいません、動かないでいてくださいね」
「――?」
櫂は黒い少女に近付くと、腕を伸ばしてその腰を抱き寄せる。
思わぬ行動ではあったが、黒い少女はその腕を振り解こうとはしなかった。
「はい、ミカゲさんも」
「え? きゃっ?」
すると櫂は片方の腕でミカゲも抱き寄せてしまう。
この時、黒い少女の顔にわずかに動揺が走った。
これでは襲撃者であるミカゲを排除しようにも、護衛対象が間に挟まっているので
全ては護るべき対象が積極的に護衛を妨害すると言う、本末転倒の事態が招いたジレンマであり、黒い少女はただ困惑した。
一方で両手に二人の少女を抱きかかえた櫂は若干顔をほころばせながらも、ミカゲに飛竜を呼ぶように伝えた。
「あ――――そうか! 来て、飛竜!」
ミカゲが叫ぶと同時に、頭上から吹きつけた風が櫂たちを囲んでいた煙幕を吹き飛ばす。
それと同時に舞い降りた巨大な影は、鋭い爪を備えた二つの足で三人の少女たちをそれぞれ掴み上げた。
「ひゃーーーーーーーー!」
突然の浮遊感に悲鳴をあげる櫂。
その時にはもう彼(女)の体は空にあり、さきほどまで眺めていた町の上を流れるように飛び去っていく。
ふと背後を振り返ると、崖の上で皇太子が自分の名を叫んでいた。
二人の衛士に制止されながらも、こちらに向けて手を伸ばす彼に詫びつつ、櫂の目は一緒に飛龍に掴まれてる黒い少女に向けられた。
こんな事態だと言うのに彼女は顔色一つ変えず、今ここで抵抗すれば墜落死すると理解しているののか大人しく櫂に抱き寄せられていた。
「……紫と青、オッドアイなのですね君は」
黒い少女の瞳は左右で色が異なっていた。
櫂に比べると若干肌の色が濃いが、研ぎ澄まされた刃を思わせる凛とした美しい少女だった。
「オッドアイ? 初めて聞く言葉だから良く知らない」
「どちらも綺麗な目をしているって意味ですよ」
「そう? ありがとう」
褒められてもその顔に感情の色が浮かぶことはなかったが、櫂にはその言葉が単なる社交辞令とは思えなかった。
「巻き込んでしまって申し訳ありませんが、宜しければもう少し私に付き合ってくれませんか?」
「……わかった。あなたを護衛しろと命じられたから構わない」
あっさりと首を縦に振る黒い少女。
割り切りが良いと言うよりは、命じられた事以外にはとことん関心がないような危うさを櫂は感じていた。
「そう言えばまだ名乗っていませんでしたね? 私は
「――エルナ。エルナ・ヴォルフ」
そう名乗った。
「ヴォルフ……あ、まさか"人狼"だったのあなた?」
すると別の足に掴まれていたミカゲが、黒い少女が告げた名に驚きの声を上げる。
ちなみに今の彼女はフードと口元を覆っていた布を脱いで、銀色の髪と猫の耳を風に揺らしていた。
「うん、そう」
「人狼……確か初対面の時もそう名乗ってましたね。じゃあもしかして満月の夜には狼に変身するのですか?」
空想上の存在にまた出会えたと目を輝かせる櫂だったが、エルナは無慈悲に首を横に振った。
「わたし人間だから。そんなのできるの魔法使いしかいない」
「そうよカイ、おとぎ話じゃないんだから……"人狼"ってのは帝国の治安維持組織の別名。アタシにとっては職業柄、天敵になるのだけど……」
ミカゲは複雑な顔をしてエルナを眺めるが、そこに敵意や憎しみは
「ところでミカゲさん、私たちをこれから何処に連れて行くのですか? よくよく考えればそれを聞くのを失念していました」
櫂の目的は誘拐に見せかけた帝都からの逃亡であったが、それに協力したミカゲの目的は正真正銘の誘拐であり、櫂の身をとある場所に連行する事であった。
「まぁアタシも敢えて伏せていたし、今更隠すような事でもないか。
いい? 私たちはこれから
世間知らずのカイにも分かるように説明すると、
「ふむふむ、なるほど……全然分かりませんがとにかく東に行くのですね!」
「…………魔王の都」
「え? エルナさん、今なんて言いました? 魔王? 魔王ですか?」
不穏ながらも聞き馴染みのある言葉に声を震わす櫂。それを見たミカゲは意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「そうね、あなたたち西の人間にはこう言ったほうが通じやすいかも。
魔道に通じ、御柱の
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エルナ・ヴォルフ
性別:女性
年齢:13歳
クラス:人狼の戦士
属性:防人
Strength (力):30
Agility (敏捷):16
Vitality (体力):28
Intelligence (叡智):5
Wisdom (賢さ):10
Charisma (魅力):5
Luck (運):26
保有技能:忠心/絶剣/一騎当城
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