Season:1
第1話 内匠櫂の最期
とある地方都市で会社員をしていた彼は、外回りの最中に居眠り運転のトラックに
葬儀は親族のみで執り行われ、友人も少なく会社でもパッとしなかった彼の名前や記憶は、日陰の雪のように徐々にこの世界から消えていった。
しかし、彼は生きていた。
こことは異なる世界に転生した彼は、やがて『勇者』と呼ばれる運命にある。
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「――つまりこれが、異世界転生というやつですか」
仕事で使っていた鞄を地面に置き、
ところどころ刃の欠けた両刃の直剣は、想像以上に重く感じられた。
「それでこれは……魔物とでも呼べば良いのですかね?」
答える者は誰もいないし、櫂も最初から期待はしていない。
何せ生きていた人間は全て、目の前の怪物に叩き殺されていたからだ。
「この前買った
櫂の目の前に立つ怪物は猪を思わせる頭部を有した、3メートル超の巨漢だった。
服は着ておらず、筋骨隆々とした全身は赤茶けた体毛で覆われている。
唯一身に着けているのはズボンのような腰布だけで、右手には巨大な
その物騒極まりない得物で、この集落の住民や駆け付けた兵士たちを皆殺しにしたのだろう。鉈にはべっとりと血や肉片がこびりつき、怪物の腰布や体毛は返り血を浴びて
「食事ではなく怒りのあまり皆殺しにした、という感じですねこれ。
あー……いやその、私はこの人達とは何も関係ないですよ? たまたまここを通りかかっただけですし」
櫂はそう弁明するが、小さな目を血走らせ鋭い牙を剥き出しにするオークが、自分をこのまま見逃してくれるとは到底思えなかった。
「まいったなぁ」
櫂は心の底から困惑した声を上げる。
身を守る為にと剣を拾ったは良いものの、生憎と櫂には剣道はおろか武道の心得は一切ない。運動もどちらかと言えば苦手な性質だ。
しかしオークはそんな櫂の事情など知った事ではないと、鉈のような得物を振り上げて――
直撃すれば盾を砕き、鎧ごと骨を叩き切る一撃だ。
だが、その一撃は地面を
「―――?」
櫂の姿はそこにはなかった。
それどころか何時の間にかオークの視界から消え失せていたのである。
まさか逃げたのかとオークが周囲を見回した瞬間――ゴロン、と音を立てて猪を思わせる首が地面に落下した。
そして切断された首から、人間と同じ色の血液が噴水の様に吹き出した。
「――よし、返り血は浴びていませんね? 大丈夫ですよね……多分」
頭部を切り落とされて絶命したオークが、その体を地面に横たわらせる頃、何時の間にかオークの背後に移動していた櫂は、自分が着ていたスーツに怪物の返り血が付いていないかどうか何度も確認している。
彼の足下には、刀身の半分を真っ赤に染めた直剣が落ちていた。
「あ、しまった!」
その時、櫂は自分の鞄が手元にない事に気付き、そして思い出した。
兵士が残した直剣を拾った時、鞄をその場に置き忘れていた事を。
櫂が慌てて鞄を取りに戻ると案の定、黒い革張りの鞄はオークの血を浴びて真っ赤に濡れていた。
「……やってしまった。いやでもスーツとは違うから、この世界でも洗ってもらえますよね? ね?」
櫂は誰かに「大丈夫です」と答えてもらいたかったが、もちろんその場には櫂を除いて生きている人間は誰もいない。
空を見上げれば、何時の間にか雲が太陽を覆い隠し、曇天が広がりつつあった。
おまけに櫂は傘を持っていない。
「仕方ありません。お家、お借りしますね?」
玄関で朽ち果てている老人に一言断りを入れると、櫂は近くの民家に入っていく。
板張りの床を踏み鳴らし、薄暗い家の中に置かれた寝台を発見すると、櫂はその身を横たわらせた。
やっと一息吐けた事に安堵した櫂は、特に何を思うわけでもなく天井を見上げる。
「色々ありましたね……」
朝、いつものように家を出た櫂は会社に向かい、昼に会社近くのラーメン屋で味付き卵をトッピングした豚骨醤油ラーメンを食べた後、そのまま営業先への外回りに向かった。
その途中で立ち寄ったオープンテラスのカフェでコーヒーを飲んでいたら、車道を走っていたトラックがそのままこちらに突っ込んで来て――気付いたら、櫂は草原を走るあぜ道の上で寝転んでいた。
「そして、たまたま見つけた集落を訪れたら……あの怪物がいたわけで」
まぁ首を斬り落としたのだから、あれは流石に死んでいるだろう。
つまり、このまま眠っても一安心という訳だ。
そこまで考えた途端、櫂を猛烈な眠気が襲った。
手足は石のように重くなり、薄れゆく意識のなかで櫂は天井を見上げながら――
「それで、これからどうしましょうか……」
途方に暮れた目でそう呟くのだった。
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翌朝、櫂が井戸で顔を洗っていると、馬に乗った男達が村にやって来た。
「おお、生き残りがいたぞ!」
鎧を着こんだ、見るからに騎士と言った風情の男は櫂の姿を見つけると、声を弾ませて近付いてきた。
金色の髪をした、30代くらいに見える青年だ。
四角い顔に無精髭を生やし、恰好は物騒だが目つきはとても優しかった。
「おや、どちらさまですか」
櫂がそう尋ねると、騎士は馬を降りて櫂の目の前で一礼する。
「私はジャン・ド・ラングロワール。ランスカーク男爵に仕える騎士だ。
オークがこの集落を襲撃したと聞いて駆け付けたのだが……ひどいものだ。
他の住民はどうした? 他に誰か生き残りは?」
「さぁ? 私は見ていませんね。そもそも私、ここの住民ではないので」
「なんと! よしレナールとエリザは手分けして他の生き残りを探せ。
私はこのお嬢さんを安全な場所にお連れする」
「……え?」
ジャンの言葉に櫂は耳を疑った。
この人は自分の話を聞いていたのだろうか。実際に確認したわけではないが、この村には自分を除いて生き残りは誰もいない筈だ。
なのに、女の子なんて一体どこにいる?
「あいよ団長。くれぐれも変な気は起こさないでくださいね?」
「おいレナール、貴様は団長を侮辱するつもりか」
エリザと呼ばれた褐色の肌を持つ女騎士は、腰に穿いた剣に手をかけた。
「おいおい、俺は団長を尊敬していますよ? でもほら――こんな
「――レナール? 俸給を減らされたくなかったら、無駄口を叩く前に務めを果たすのだな」
「全くだ。では団長、後ほどご報告に参ります」
そう言って、残る二人の騎士は村の奥へと馬を走らせ、その後を鎧と槍で武装した兵士たちが続いた。
しかし、レナールと呼ばれた騎士が口にしたような美女など、櫂の視界には全く存在していない。もしかして彼らには、自分には見えない何かが見えてしまっているのだろうか?
「すまない、レナールは信頼のおける騎士だが、口の軽さだけは昔からどうしようもなくてな? なに、私は妻子持ちだ。君と同じくらいの娘もいる。だから安心したまえ」
「……待ってください。娘さん? 私と同じくらい?」
その時初めて、櫂はうっすらと抱いていた違和感に気付いた。
昨日はトラックが突っ込んで来て死んだかと思ったら、どう見ても日本ではない異世界で目覚め、集落にたどり着いたかと思ったら怪物に住民が皆殺しにされていたりして意識は常に外側に向きっぱなしだった。
しかしそれから一夜が明けてみれば、スーツも靴もぶかぶかになっているし、鞄はいつもより重く感じるし、何より視界がこんなに低くて腕も細くなっているのは良く考えなくてもおかしい。おかしすぎる。
「ああ、だが流石に辺境の田舎娘と君を比べるのは失礼だったな?
その髪の色といい、奇抜――ああいや珍しい衣装といい、君はもしかして何処かの貴族のご令嬢なのでは?」
いいえ、自分はただのサラリーマンで32歳の男性です。
そう答えようとした櫂は自分の口から出かけた声を聞いて――戦慄した。
なんだこの……高くて、澄んでいて、まるで鈴を転がした様な可愛らしい声は。
緊張のあまり
まさか――
まさか自分は――異世界転生しただけではなく――
「……あの、どこかに鏡はありませんか?」
「鏡? ああ、それなら丁度良い」
そう言ってレナールは自分の馬に近付くと、
「妻への贈り物として男爵夫人から頂いた物でね。オークが現れなければこのまま家に戻って手渡すところだったんだ」
レナールから手鏡を受け取った櫂は、恐る恐るそこに映された自分の顔を確認する。
長く艶やかな
そしてその少女は櫂と同じように衝撃にわなわなと顔を震わせ、全く同じタイミングで絶叫した。
「なんですか、これーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
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性別:女性
年齢:12歳
クラス:第七の勇者
属性:人鬼
Strength (力): 18
Agility (敏捷): 30
Vitality (体力): 5
Intelligence (叡智): 12
Wisdom (賢さ): 20
Charisma (魅力): 測定不能
Luck (運): 5
保有技能:加速/斬命/影離/傾国
契約神能:幻惑の瞳
追記:
転生前の肉体損傷がひどく蘇生の際に若干の誤差あり。
まぁええやろ、これくらい。
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