第13話 魔人

 ドドン。


 フレイアートとノワキが、いざ尋常に手合わせというタイミングで、詩集から【HIDDEN POWERハイデンパワー】のタイトル曲が響いた。

 いつものように、腹に響く重低音、男性の低い低い唸り声のような、合唱。

 このタイミングで詩集を読み出すのはいくらなんでも不自然極まりないし、感じが悪いにもほどがある。

 くっ、どうしよう。

 隣の席にはルミネルが陣取り、手合わせを見る姿勢のようでいて、実はリリーナに意識を向けているのがなんとなくわかる。

 こそこそしてもバレるな。今回は諦めるか……?

 しかし、ここで変化が訪れた。

 曲がピッチをわずかに上げ、男性ボーカルに甲高い女性の張り詰めたような声が混ざる。

 これは。


 魔人戦の曲!?


 正確には、魔人がウルフを認識し、戦闘状態に入る前の索敵状態を示す曲だ。

 かれんちゃんは魔人と戦う事に、本当に戦う事にしていたんだ!

 たとえ詩集に現れる文字を追えたからと言って、所詮俺には何もできない。

 でも、ああ、うう、これを見逃すなんてできるかよ!?一体どうすれば。

 女性ボーカルの強さが増して、曲の緊張感が高まる。

 ウルフと魔人が接近しているのだろう。そろそろ戦闘状態に入る。

 はああ、はわわ、どうしたら、俺は一体どうしたら!

 そこで俺は気が付いた。

 なんと、人工滝が巨大スクリーンのように、剣を手に走るウルフの姿と、その先にいる魔人の姿を映し出している。

 金属質の光沢を放つ長いヴェールをかぶった、薄緑のドレスをまとった女性のような姿、あれは風の魔人だ。

 実際そこにはヴェールとドレスしかない、幽霊のような姿をしている。

 俺は日差しが眩しいから、と、タイミングよく雲間が晴れた事を言い訳に、滝と2人の手合わせの直線上にある安楽椅子へと急いで移動した。ここは屋根もある。

 オズラクがぼくもこっち~と隣へ移動してきた。

 ルミネルが酷く苦々しい表情をしていたが、今は見なかった事にする。

 それ多分な、君がしちゃいけないタイプの顔だったぞ……。

 しかし、よし!ここなら滝を目に入れていても自然体。

 さすがに詩集を開くのははばかられるが、姿は見れる、心の中で応援しまくろう。

 頑張れ、かれんちゃん!!

 頑張ってくれよ、ウルフ!!!

「はじめ!」

 どうやらリリーナの移動を待ってくれていたらしい紳士なエアルドが、声と共に手をさっと振り、それと同時に破裂したかのような高音を女性ボーカルが発し、風の魔人がヴェールを翼のように広げ、ウルフに突進した。

 戦闘に入った!

 ゲームだとはっきりわからなかったけど、あのヴェールって実は髪の毛?ウィッグみたいなものかもしれない。布ではなく、糸のように見える。

 いや、滝の流れのせいでそう見えるだけか?

 ざぶざぶ画像が揺らぐのが鬱陶しい。

 その手前では、フレイアートとノワキが淀みない足さばきで、木剣を激しく打ち合い、木のぶつかり合う音が、広い庭園に気持ちよく響き渡っている。

 勝手なイメージで、もっと頭から突進したり、高くジャンプして切りかかったりするのかと思っていたが、2人はほとんど地面から足を上げす、体の芯を安定させ、滑るように動いている。

 空想に描く派手さはないが、つい目を奪われてしまう、洗練された技と技。

 滝の向こうでは、竜巻がウルフに襲い掛かっている。最初は一本だが、すぐに3本に分裂し追跡してくる厄介な魔法だが、さらにその竜巻の中を風の魔人がテレポートしてくるので、対処がかなり難しい。

 ウルフは竜巻の渦の中から伸びてきた金属のヴェールを剣で巧みに受け流すと、渦中に電撃の魔法を撃ち込む。

 電撃の魔法は水と風の合体上位魔法だ。

 こんな魔法もすでに習得してるのかよ!す、すごい!

 竜巻からはじき出された風の魔人をウルフはすかさず追撃する!

 いっけぇ~~!!

 フレイアートがノワキの足を蹴り上げ、体勢の崩れたところへ打ち込むが、目にもとまらぬ速さでノワキがそれを受け止め押し返し、一気に形勢を逆転させた。

 ちょっと!目が足りない!

 追いきれないよこんなん!

 後で誰かアーカイブ配信してくれ~~!!

 夢中になってみていると、目が慣れたのか、滝の流れによる映像のブレが気にならなくなってきた。

 いや、ブレがなくなった?

 本物の映画のスクリーンのように、向こうの様子が映し出されている。

 なんだかよくわからないが、やった。画質が良くなった。

 ついでに記憶の中の【HIDDEN POWERハイデンパワー】の音楽や効果音が、脳内に再生されてきた。

 目の前の手合わせの激しい打ち合いの音と息遣いも相まって、立体音響映画でも見ている気分だ。

 のんきすぎる気もするが、ウルフが優勢に立ち回っているので、安心して観ていられる。

 魔人は体力が30%以下になるとまた動きが変わるが、この様子ならどうとでもしてしまいそうだ。かれんちゃん、才能あるなぁ。

「いたっ」

 フレイアートと鍔迫り合い状態になっていたノワキが、不意に苦痛の声を上げる。

「大丈夫か?」

「う~ん、変に力が入りすぎちゃったかしら。急に肩のところに痛みが」

 そう言いながら、ノワキが左肩をさする。

「手合わせは一旦やめだ。オズラク!こっちへ」エアルドがオズラクを呼ぶ。

 回復魔法と言えばやっぱり水の守人が一番だ。なんなら彼は、そもそもその道の人だし。

 でしゃばる気はないが、俺も様子を見ようと席を立つが、遠目からもはっきりと、フレイアートもノワキも滝のように汗をかいているのが分かった。

 水を持っていってやろう。俺は元居たテラスのテーブルに足を向けた。

「ノワキ!」

 鋭い声にハッと振り返ると、ノワキの体がぐんと強い力で押されたかのように、傾いだ。

 え?なにごと?

 どさっと地面にノワキが両ひざと右腕をついて倒れる。

 情けないが、俺は両手にコップを持ったままその場に固まってしまった。

「魔法か?」

 フレイアートが周囲に視線を走らせる。

「シャラム。影に潜む怪しい者がいないか周囲を探ってくれ。私は光の下を探してみよう」

 ルミネルの指示に、シャラムがうんうんと頷く。

 手に持ったコップをどうする事もできないままオロオロしている俺の傍に、フレイアートが駆け寄り、俺からコップを取り上げつつ、肩を押さえてくる。

「大丈夫、姿勢を低くしてリリーナ。俺の傍にいて」

「ねえエアルド、土魔法で壁作ってくれない?そこでノワキを診たいか」

「承知し」

 エアルドが答える前に、ノワキがまた、見えない力で殴りつけられたように地面に背中から倒れこむ。

 今度は顎を打ち上げられたような動きだ。

 ノワキは声も上げられない。激痛に耐えるように体を縮め、顔を歪ませる。

 なんだ?なんで??

 ノワキのすぐ近くにはエアルドとシャラムがいる。その二人を巻き込まず、ノワキにだけ打撃を与えるなんて、そんな器用な魔法が存在するのか?

 悠長な事は言ってられない。

 ノワキの敵が、俺の敵がすぐそばにいる。

「リリーナ!銀の乙女が魔法を使ってはいけない!」

 ルミネルが俺に制止をかける。

「でも、ノワキが!」

「いけません、リリーナ」

 フレイアートまで俺を止める。

 銀の乙女は最強の魔法使いではあるが、銀の乙女の為に精霊力が大きく動くせいで、災禍を招くリスクも大きい。訓練の時にコレグリアにも散々釘を刺された。

 大抵の事ならば、国婿たちがどうにかして立ち回るのが正しい。

 でも、今、目の前で「ノワキが」俺、嫌だよこんなの。「ノワキが!」強い力を持つのに何もできないなんて、何のための力なんだよ。

「大丈夫、リリーナちゃんは、銀の乙女は軽率に動かないで」

 ノワキが肩で息をしながら、上体を起こした。

「軽率って、なんだよ!」

 皆がぎょっとした顔をする。

 言葉遣いを正すのを忘れた。

 でも、そんなの。

「友達を助けたいと思うのが、軽率なんて事ないだろ!」

 ばづん!

 派手な打撃音と共に、ノワキが再度横から殴り飛ばされたように吹き飛んだ。

 打撃音?今、打撃音がしたよな?今まで、そんな音は……。

 ふと、その時。俺は視線を感じた。

 そちらを、滝のある方を見ると、目が合った。

 ウルフと。

 ウルフは驚愕の表情を浮かべている。

 風の魔人が好むフィールドはだだっ広い草原で、鏡や水のような、向こうの世界をのぞける条件を持ったものは特にないはずだ。

 滝が水流を無視した、一枚のスクリーンのように映像を映し始めたように、向こうにもスクリーンが出現しているのか?

 壁だとノワキが吹き飛ばされた時にかえって危険と判断したエアルドがとっさに呪文を変えて、柔らかい下草の量を増やす方向に切り替えた。

 ルミネルがエアルドの意図を汲んで、光の魔法でサポートする。

 ざわざわと倍速するかのように、緑が芽吹いていく。

 土の魔法の中でもかなり魔力消費量が多く、普通は前準備無しにとっさに使ったりはしない。エアルドの額に一気に汗がにじむ。

 ウルフが風の魔人の反撃をいなし、魔人の撃ち出したかまいたちを衝撃波で消し去ると、ヴェールを、いや、魔人の髪の毛を剣で横なぎにズバンと激しく打つ。

 するとほとんど同時に、ノワキが地面に転がる。

「あっ!がはっ」

 今まで耐えて来ていたようだがついに痛みに声を発し、咳き込む。

 ノワキには攻撃に備える術はない、受け身を取る事も出来ない。

 俺はウルフを見ると、ウルフの口が動いた。

「リ……ぃナ」

 口の動きに合わせて、ウルフの声が、独特の錆を含んだ渋みのある声が、聞こえた。

『あきませんな〜。声まで聞こえる距離ちゅうのんは、いよいよ持ってあきません』

 ベアクマートの言葉が、俺の脳裏に蘇る。

 むこうの世界とこっちの世界の距離が近すぎる?でも、だからってなんでこんな。

 風の魔人がウルフから大きく飛びのく。髪の根元から毛先に向かってバチバチと閃光が走り始める。

 体力が30%を切ったんだ。

 俺はフレイアートの腕を振り払って呻いて倒れるノワキに取りすがった。

 呼吸が荒い。

 閃光をまとった髪が振り乱され、無数の風の刃を飛ばす。風の刃と刃の間には、電撃が走っている。

 ウルフは走りながら、ナイフを投げて電撃をそらし、岩場などを巧みに使ってかわし、風の刃の下を潜りぬけ、確実に風の魔人との距離を詰めていく。

 風の魔人は恐れをなしたかのように、金属のこすれるような音をだすと、髪の毛をいくつかの束にして、無茶苦茶に振り回す。

 最終フェーズに入った。ゲームだとこの動きが単純に見えて、いなすのがとんでもなく難しいのだが。

 ウルフは横跳びにかわしながら両手剣を放り投げ、無数の石つぶてを発射する土魔法を魔人にぶつけながら、腰から2本の片手剣を引き抜き、髪の毛束と互角に打ち合う。

 ギャギャガイン、ギイン、と金属のぶつかり合う激しい音と、火花が散る。

「どうしようリリーナ、回復魔法が効かないんだ」

 オズラクが詠唱を変え、呪文を変え、様々な方法を試みている。

 風の魔人が回復しない限り、ノワキも回復はしないんじゃないか?

 ウルフが風の魔人に与えるダメージが、ノワキにも伝播しているように見える。

 つまり、このままではきっと、ウルフが風の魔人を倒したら、ノワキが死ぬ。

 おそらくそれは間違いない。

 ウルフが風の魔人を徐々に圧倒し始める。

 ノワキの体が、痛みや衝撃にビクン、ビクンと跳ね、背が反り返る。

 目が、うつろで、もはやどこも見ていない。

 俺はノワキの体をかき抱いた。どうにかして、守れないか。

「う……ウルフ、ごめん!ダメだ、ダメだ!ダメなんだ!」

 滝に向かって叫ぶ。

「頼む、退いてくれ!!やめてくれ!」

 俺の突然の乱心のような叫びに、ノワキ以外の全員が、俺を見る。

 異様なものを見る眼付きだが、構っていられない。

「ウルフ!!!」

 こんな圧勝ムードで突如退けと言われて、俺なら退けるだろうか?

 事情もはっきりとせず、勝利を確信した興奮状態で、声が聞こえても聞こえないふりをして継続してしまいそうだ。

 でも。

 かれんちゃんは、ウルフは。

 俺の方をちらっと見ると、大きく後ずさりし、防御魔法をかけながら先ほど放った両手剣を拾い上げると、その場に背を向けて走り去った。

 風の魔人が憤慨したかのように、去り行く背中にズバズバと電撃を放ったが、ウルフはそれを無視して撤退した。

 俺の願いを聞いて、潔く撤退してくれた。

「ありがと……ウルフ、ありがとう……」

 俺が滝に向かってつぶやくと。


 魔人が、振り返った。




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取違え聖女と勇者殿 帆辺 途 @HOHETO_88

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