第12話 陰謀論

 リリーナ昏倒(ぐっすり安眠)事件から、ユニの死の情報という思わぬ収穫が得られそうだ。

 ぶっちゃけた事を言えば、俺自身はユニの死そのものには野次馬根性程度の興味しかない。

 俺が気になるのは杖竜の欠片だ。

 存在するはずのないものが存在している。

 精霊の元に帰れないくらいの、杖竜にとって致命的な何かがあるかもしれないと思うと、それが怖い。

 アダンデやマゴワグに何かあったら。害する何かがあったら。

 そんなのは考えたくもない。

 ユニの死の話の中に、そういう要素を否定する材料があればいいんだけどな。

 せっかくだからと7人で軽い午餐を囲み、それから人工滝のある庭園へと場所を移した。

 人工滝は高さ3m、幅15mはある立派なもので、滝の上流にずっと行けば、バラ園や丘陵に葡萄畑が広がり、ワイナリーなんかもあると聞く。精霊城は本当に広大だ。

 にしても、庶民感覚では、食後にわざわざ場所を移す意味はわからないものだが、人の往来の多いところで貴族のやんごとなき話題を口にすべきでないのと、単純に片付けの邪魔になるから場所を空けるという2つの理由があった。

 移動先の庭園は、ポツポツとテラス席やベンチや東屋などがあり、散歩や小休憩にはいい場所だ。

 俺はフレイアートのケルケスに乗せてもらうが、精霊馬車が飛んでるのを傍で見ているのも大変具合がよろしくない。

 フレイアートは巧みな手綱さばきで、馬車と一定の間隔を保ってケルケスを飛ばしていたが、一度、強風にあおられて少し馬車が傾いだ瞬間など、あまりの恐怖に胃が痛くなった。

 今の俺にとって、馬車はとにかく嫌な存在なんだな。

 それについて、ルミネルに馬車が苦手になったとは何事かと問われたが、俺だってそんなの知らないので回答に困りつつ、女子にはいろいろあるんだと適当な事を言ったら、女子にはいろいろあるのか…と案外素直に引っ込み、すぐに自分もケルケスの騎乗許可を取る!と息巻いていた。

 ルミネルは意外とわかりやすく嫉妬するんだよな~。

 かわいいヤツめ。んふふ。

 じゃなくて!


 滝の近くにある、木陰の多いテラスまできて、おのおの好きな場所に陣取ると、エアルドが勿体つけずに切り出した。

「食後に申し訳ないが、食前よりはマシと思って結論から話させていただく。どうやら叔母は自害したらしい、とのことです」

 うっ、重い。

 俺の肩をちょんちょんとオズラクがつつく。その顔がほらね、と言っている。

「一体どうして」

「それは、なんと言うか」

「そこからはあたしが説明しようかしら。エアルドちゃん、構わない?」

 口ごもったエアルドにノワキが助け舟を出す。

「ありがたい。頼みます」

「いいのよ。で、勘違いしてほしくないんだけど、自害の確たる証拠が出たわけじゃないの。魔術錬金医養部に保管されている健康観察日誌によれば、ユニは確かに健康だった。そして、銀の乙女に選出されてから、何度も精霊城の脱出を図ったみたい。でも、ヘディ様たちの目を誤魔化す事は出来なくて、半月の間に少なくとも3回は連れ戻されてるんじゃないかと、これは警備日報からの情報ね」

 銀の乙女の能力なんだろうが、俺にはヘディの居場所がわりとはっきりわかる。国婿や銀結晶たちも、ぼんやりとだが、大体の居場所がわかる。

 他に銀の乙女がいる状況下では、銀の乙女が姿をくらます事は出来ないだろう。

「それで気になるのは、なぜ脱出しようとしたのか、だと思うけど、彼女は城内出入りの商人に手紙を託していた事も突き止めたわ」

 よくそんな事まで突き止めたなぁ。マジでノワキには注意しないと、弱みなんか簡単に握られそうだ。

「エアルドにお願いして、ご実家に確認してもらったところ、彼女、恋人がいたのね。だからその手紙もおそらく恋人宛でしょう。ユニを追ってブレイザブリグに来てたんじゃないかしら」

「身内の恥を晒すようだが、その恋人は流れ者の身らしく、家族からは当然猛反対されていた。駆落ち寸前のところで叔母は捕まり、ブレイザブリグに送られたのだそうだ。その際、相手の男には逃げられてしまったらしい」

 なるほど、なるほどね。

 泣きながら寝落ちの説明に窮した俺が、1対6の望まぬ婚姻関係に悩んでます。的な打ち明け話を今朝したから、エアルドはリリーナが致命的な行動に走るのを警戒し、強制婚姻と自由恋愛でひと悶着があったユニの話をする事にしたのか。

「だから、状況証拠って言えばいいかしら。総合的に考えると結婚を苦にした自死の可能性が高いって話になったわけ。真相にたどり着きましたと胸は張れないわね。期待に添えなくてごめんなさい」

「いいんですよ。そこまで調べて頂いて。エアルドにはつらい内容だというのに、話してくれてありがとうございます」

「しかし結局、杖竜のかけらが残った理由はわからないのだな」

「自害すると残るってことか?」

 しばらくああでもないこうでもないと話しはたが、推測の域は出ない。

 そうこうしているとヘディから使いが来て、そちらに夫たちを伴って合流するので、一緒にピクニックでもしましょう、必要なものは全て用意するから待っているようにと、伝言していった。

 今日は爽やかな陽気で、アダンデは俺の腕の中でくうくう寝ている。

 確かにピクニック日和だが、誰の口も重い。

「……そういえば、自害としても、一体誰がこの箱を隠したんですかね」

 アダンデのスリムでにょろりと長いおなかをそっとなでる。

「隠した?」

「え?」

「どういうこと?」

「えーと……?」

 ノワキが裏声を使うのを忘れている。普通に喋ったら普通にやや低めのイケボだ。

 じゃなくて、俺は箱がチェストの下の脚の奥から出てきたから、隠されていたと思っていたんだが……。

 あれ?説明、してない?

 俺は慌ててこういう事情で、隠されてたと思った、伝え忘れていたかもしれないと、ごめんなさいをした。

「リリーナ、それ言わないとかさ、ありえなくない〜」

 オズラク君のおっしゃるとおり……。

「そうね、チェストの下って、そういう事だったのね」

「チェストの下段の引き出しにあったのだと、我々も思い込んでしまったな」

 エアルド君がフォローしてくれる。ありがとありがと。ほんとごめん。

 俺が恐縮していると、「ま、最も」とノワキが俺にウィンクする。

「あたしも言ってない事があって」

 そう言うと、箱を開いてオパール結晶を取り出す。

 すると、びゃーっとアダンデが飛び起きて、一番遠くにいたシャラムの頭に縋り付く。

「手紙の存在にたどり着いたのは、これがあったからなの」

 箱の底をパカリと外す。

「二重底か。よく気がついたな」

 ルミネルが感心して息をもらす。そこには手紙の束が納められていた。

「人様の恋文をつまびらかにしちゃうのは、ちょーっと憚られてね。黙ろうかと思ってたんだけど」

「それはそうですよ」ラブレター公開されるなんて、過去の偉人あるあるだけど、自分がやられると思ったら最悪だよな。

 流石に、じゃ、中を読もう!という気にはなれない。

 俺は探偵とかには向いてないんだなぁ~。

「でもこうして見せたのはね、隠されてたっていうのを聞いて、ひっかかっちゃって」

「なんでだ?二人の交際は禁じられてたんだから、隠してたって不思議はないだろ」

「ユニは、隠してない、よね」

 フレイアートの言葉に珍しくシャラムが口を開く。

「反対されて駆落ち騒ぎ、精霊城からの脱出騒動、ユニは全然、隠してないよ」

「そうね。それに、恋人を想って自殺するなら、仕舞い込まずに、一緒に持っていこうとするんじゃない」

「ていうかさぁ、なんで脱出できるの?警備どうなってるの?」

「銀の乙女に本気出されたら、俺ら警備隊にどうこう出来るわけないだろ」

「あー、そっか。普通に強行突破されたんだ」

 銀の乙女はすべての精霊を操る事が出来る、最強の魔法使いでもある。

 多分ヘディが忙しい中、とっ捕まえに行ったのだろうか。

 ユニとはほとんど会話してないとヘディは言っていたが、きっとこの頃のユニにとって、ヘディは恋の障害以外の何ものでもなかったはず。

 お話にならなかったろう事は想像に難くない。

「ん?フレイアートはこの話を知っているのか?」

「俺というか、親父とか爺様から、今の話を踏まえて考えると、この件だったのかなってのは聞いた事あるよ。何度か……2人もだけど、警備隊も大勢が怪我してさ。おふくろに何があったのか問いただされてたけど、濁しに濁して答えてたんだ。確か、精霊力の暴走、みたいな言い方してたかな」

 間違いなさそうだねぇ。ユニだろうねぇ。

「あぁうん、それでしょうね。警備日報にもユニの特別警護と精霊力の暴走って言葉、近くにあった気がする。箝口令敷くのが難しいから、それで統一したのね。警備隊に、も少しお話聞いて見ようかしら」

「親父は忙しいけど、爺様だったら引退してるし、話聞きに行くか?」

「あら、ありがと」

「リリーナの身の安全に繋がるかもって事なら、話してくれると思う。連絡しとくよ」

「叔母が……叔母が本当に申し訳ない事を……」

 エアルドが顔を覆っている。

 身内に破天荒なのがいると、苦労するよね。

 ヘディがここに来たら、おばあちゃん孝行をしよう。

「私は正直、違和感があるな」

 ルミネルが思案顔になる。

「ルミネルも?ぼくも、ちょっと変かなって、思うんだ」

 シャラムがアダンデを腕に抱いて撫でながら、ウンウンとうなずく。

「なにかおかしな事が?」

「うん、人の心の事だから、一概に言えない事はわかってはいるのだが、話を聞く限り激情家の彼女が、自死のような消極的な反抗を選択するだろうか」

「情熱があって、頭がパーンてなるからそうなるんじゃない」

「でもね、オズラク。銀の乙女は、強い権力を持っていて、当然人事権もあるんだよ」

 シャラムが答える。

 あ。そっか。

「恋人に名目を、何でもいいから役職を付けて、精霊城内に囲ってしまった方が話が早いですね」

「リリーナ、君の口からそんな……いや。そういうことだ」

 そうなるとどうだろう。

「まさか……ヘディ様……いや、でも、まさか……」

 フレイアートが声のトーンを落とす。


 そう。ここに来て、突如可能性を帯びてしまうのだ。

 ヘディによる、ユニの暗殺が。


 ユニによる恋の暴走。そして予測される、近い未来の権力の乱用、専横。

 自制の利かない性格をしているのは明らかなのだ。

 いずれやらかすのは必須。

 いや実際すでに、警備隊に怪我を負わせているじゃないか。それも数回。

 そういう人物なら、いない方がという考えに至るのではないか。

 そして、銀の乙女を制する事が出来るのは、銀の乙女のみ。

 銀の乙女になりたてで、力の制御がきちんと出来ないユニをヘディが圧倒出来るのは、想像に難くない。

 制御能力を十分身に着ける前に、さっさとやっちまおうと考えた……。


 しん。


 全員黙りこくる。

 オズラクすら口を開かない。

 ピチチチチ、と小鳥が鳴いて飛び上がった。

「なんだか、変な話に、なっちゃったね……」

 シャラムのささくような声すらよく通る。

「やっぱりもうちょっと調べるとしましょ。いくら何でも飛躍しすぎ。3文芝居の筋書きじゃないのよ」

「だよな、ハッキリするまで単なる妄想!この話はここまで!」

 フレイアートがガッとオパール結晶を掴み、箱に仕舞いこんだ。

「フレイアート。これからヘディがここに来る。その顔はやめてくれ」

「笑顔笑顔〜」

「ばっか、やめろ!」

 オズラクがフレイアートの顔をムニムニする。

 エアルドの面持ちは沈痛だが、長く息を吐いて顔を上げる。

 オパール結晶の欠片は、銀の乙女争いによるエネルギーのぶつかり合いで生じた?

 それともダイイングメッセージなんだろうか。でも、隠し方がずさんというか、悠長というか、その点も奇妙だ。

 ヘディにとって、ユニの私物の処分なんて、それこそわけない事だろう。

 暗くなってしまった雰囲気を消すように、フレイアートがパッと立ち上がる。

「ノワキ、手合わせしてくれないか?」

「えっ、なんであたし?ルミネルちゃんかエアルドちゃんでいいじゃない」

「その2人にはもう手合わせしてもらった。あんたの技量が知りたい」

「あたしの技量って何よ、それに日に焼けちゃうからいやですぅ」

 さっきまでと違い、今は薄曇りだ。

「ノワキ、剣術を修めてるの?」

 シャラムが興味深そうな顔をする。

 俺も意外におも……いや、以前こいつの太い傷だらけの腕をチラ見した。全然意外じゃない。妥当。

「えっとね、長旅するに当たって、多少はね?」

 珍しくモゴモゴと歯切れが悪い。

「私も興味あるな」

 ルミネルがノワキの背を押し出す。

 みんなでなんとなく、暗澹とした雰囲気を変えようとしている。こうなるとノワキも断りにくいだろう。

「ああもう、か弱いあたしになんて仕打ちよ」

「何がか弱いだよ、その首の太さは鍛錬なしにはありえないだろ」

 フレイアートが、ケルケスに乗せていたらしい木剣をノワキに放る。

「んまーっ、デリカシーないんだから。ちょっとあんたたち、後で全員リリーナちゃんにペンペンされておしまいっ」

 ヤロウ相手にペンペンするというよくわからないイベントはご遠慮つかまつる~。

 ノワキがサッシュをたすき代わりに着物の裾をささっとまとめるが、中に袖口の絞られた着物を着ているせいで、筋肉の張った太い腕は見られなかった。

 ヒタタレって言うんだっけ?

「直刀は扱い慣れてないんだけど」

 ノワキは観念したのか木剣を構える。

「ノワキ。手合わせ、よろしく頼みます」

 フレイアートが襟を正して、軽く会釈した。

「はぁい、お手柔らかにねぇ〜フレイアートちゃん」

 エアルドが二人の間に立ち、ジャッジを行うようだ。

 彼も気を紛らわせたいのだろう。

 そうだそうだ、ここはいっちょ派手にやってくれたまえ。

 見物にはポップコーンと炭酸飲料が欲しいな。

 紅茶と焼き菓子は上品すぎて、何だかすわりが悪い。

「両者立って、魔法の使用は禁止とする」

「もちろんだ」

「さぁ、やるからには頑張ってみましょうかね」

 2人とも、顔つきがガラリと変わる。

 うぐっ、かっこいい。

 いやでも、スポーツ選手の事だってかっこいいなって普通に思うから、これは普通!普通の感情だ!

 ああこの、言い訳を必要としている時点で!


 ドドン。


 その時。懐の詩集が音楽を奏で始めた。




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