第10話 薬石と毒薬
4日ほどでヘディは快方に向かい、大事をとってさらに3日ほどゆっくりしてもらってから、ヘディの希望もあって現場復帰してもらうことになった。
俺は自身にのしかかる、精霊力の重圧が少しずつ溶けていくのを感じていたし、だいぶ動けるようになってきていたので、もう少し休んでくれるよう頼みこんだが、これ以上休むとかえって体が弱ると突っぱねられてしまった。
あぁ~、無理しないでほしい~~。いやだいやだ~。
1人だけの体じゃないんだからさ~~~~!
「ふふふ、リリーナ。そんな風に心配ばかりしないでいいのよ。あなたが疲れてしまうでしょ」
ヘディの周りをうろちょろして、なるべく働かせないようにしていた俺をヘディは笑う。
心配なんだから、しょうがない。
「ヘディ、これをお持ちください」
おれはジャラッと音のなる、小さな革の袋をヘディに渡す。
「これは何です?」
ヘディがいぶかしみながら中をのぞくと、そこには黒く薄くて平べったい、5cm×10㎝といったサイズの石が、10枚入っている。
「これは、私の水婿に作ってもらった薬石です」
これは薬石、という言葉の元になったといわれる石だが、しばらく前にオズラクに教えてもらうまで、こんなものの存在は知らなかった。
「これに魔力をわずかに通すと、温かくなるんですよ」
魔力を通すと30度から40度くらいまでの温度の、いわゆるカイロとなる。
オズラクの錬金工房が面白いので見学に行った折に、見せてもらった錬金術の基礎が記された本に書かれていた。
本には丸い20cmサイズの丸石に付与すると書かれていたが、俺はフレイアートの管理する石工工房に赴き、軽くて持ち運びしやすく、肌触りも滑らかな形とサイズに石を加工してもらい、それに薬石の魔法を付与してもらった。
試しにこれを、自分用はもちろん、自分やヘディの夫たち、コニーやコレグリアを始めとする銀結晶たちに渡して使ってもらったところ、大変評判が良かった。
衣類の中に仕込める上に、コニーのような魔力をあまり持たない人にも手軽に使え、魔力効率が大変良いため効果は10時間以上、再利用も可能という事だ。
ノワキが販路を作ると言って、シャラムを巻き込んでオズラクを突っついている。
話の中心のオズラクは、薬石つくりは面白みがないとぶーたれつつ、早々に魔術錬金薬石部門に研究製造部を立ち上げたそうだ。
オズラクとしては初期の錬金付与だからすぐに商品価値がなくなるという見解だが、だからこそさっさと稼ぐんだとノワキ、簡単なものだからこそ差別化を図りやすいんだと、フレイアートにはっぱをかけられた結果らしい。
皆仕事してて偉いなぁ。
そんなわけで、ヘディに渡した薬石は開発各所の面々がああでもないこうでもないと相談してできた、最新版の薬石だ。
石工工房の職人たちは、ヘディの手に渡るものと知って、精緻な文様を彫り込んでくれた。
「まぁ、きれい。それに温かい事」
「私はおなかの内側に隠しポケットを作ってもらって、そこに入れています」
「私は形を変えてもらって、靴の中に入れているんですよ」
コレグリアが爪先をトントンとした。
石は薄いが、魔力が通っている間なら耐久性が上がって割れにくくなるのだが、板状ではやはり履き心地に支障が出たため、爪先の形に合わせた三角形に作って、それを仕込んでいる。
他にも、手袋にポケットを付けてそこに入れたいとか、肩や腰に当てたいとか、要望が尽きないようだ。
「暖かくなるころには、冷たい薬石が新たに出来るかもしれないんですよ」
「まぁ、なんてありがたいのかしら。暑がりの夫も喜ぶでしょうね」
ヘディの元気そうな顔を見れて、本当にうれしい。
どうかどうか、いつまでも元気でいてください。
特に何も変わり映えのないまま時が過ぎた。
その間、ヘディの
俺が羨ましがると、ヘディから絶対に殿方の寄り合いに混ざってはいけない、と強く釘を刺されてしまった。
自分たちはどこに行っても全ての人に気を遣わせてしまう、彼らの楽しみの時間を奪ってはならない、邪魔をするな、素知らぬ顔をしてなさい、との事だ。
うっ、つまらん。いいなぁ~俺の心も殿方よぉ~。
銀の乙女は土日祝も定時あがりすらない、会社泊まり込みの超ブラック労働だし、俺だってたまにはハメを外したいよ~~。
「そうは言っても、夜の眠りの魔法をヘディもかけてもらいたくはないんですか?」
「私は時々夫を呼んで、かけてもらっておりますよ。ただ、お泊り会に入るのはいけません」
精霊たちが銀の乙女を優先して、国婿たちへの魔法効果を露骨にサボる事があるそうだ。
「全ての者に、気を遣わせてしまうのです」
精霊も含めて。
「そうですか……」
仕方ないなぁ。ちぇ。
とは言うものの、国婿たちの仕事は本当に大変そうだった。
国の内外に対して折衝に飛び回り、横の連携も綿密にとっていかなきゃいけないし、真の修羅場を潜り抜けてきた爺さんたちが、孫世代の国婿にいいとこ見せようと、ほっぺたをつやつやにしていつも以上に張り切りまくり、バキバキと仕事をこなしていくもんだから、若いとはいえ新参にはついていくだけで精一杯らしい。
早速限界が来始めたオズラクが、エナドリ的なポーションを作ろうと、実家のあるエッデエッネ領から薬効のある各種素材を送ってもらったが、中に猛毒の類が含まれていたとかで検閲に引っかかり、入管で大揉めに揉めている、という話を今、オズラクと2人の午餐で直接聞いている。
天気が良く風がさわやかなので、場所は広々とした木陰のテラス、猛毒トーク日和だ。
「だって、10日に1回のお泊り会じゃ足らないでしょ!もっとやろうよ!僕は体力バカとは違うんだよ」
「だからって、毒を持ち込もうなんて」
「あのねぇ、リリーナ。ほんのちょっとならいいの。そりゃ、そのほんのちょっとでも素人が扱ったらだめだよ?でもほんのちょぴーっと入れると、目も頭も冴えわたって、活力もみなぎるポーションが作れるんだよ!ブレイザブリグのお堅い連中だって、飲めばわかるのに!」
「ちゃんと検査して、目録作ったら引き渡すと言われてるでしょ。ちょっとくらい待てばいいじゃない」
「ちょっとじゃないよ、1か月はかかるんだって。毎日お泊り会をしてくれないなら、僕はポーションに頼るしかないんだよ。水の睡眠魔法はすぐに眠れるけど、起きた時のダルさは抜けない、いやむしろダルいんだよね。リリーナ、僕に闇の魔力を頂戴よぉ」
「無茶を言わないでくださいよ」
俺も社畜時代、エナドリはほとんど毎日飲んでたから、ほしい気持ちはわかるけど。
オズラクは一言多いが、気取ったところがなく、わりと話しやすい。
一言多いけど。
「けどねぇオズラク、毒を持ち込んだ後で、例えば私が急に体調崩したりしたら、疑われやすいんじゃないですか」
「それって露骨すぎて、逆に僕じゃないでしょ、犯人」
「それはそうですけど、容疑者候補には確実に上がるでしょ」
「もしかしてリリーナ、ユニ様のこと言ってる?毒殺説」
「えっ?あ、そういう説もあるんですか?」
「なぁんだ、考えてなかったの。僕は可能性高いかなって思ったんだけど。それまで健康だった人がすごく急に、でしょ。病気に見せかける方法もそれなりにあるし」
「怖いことを言わないでくださいよ。あなたが言うとシャレになりませんよ」
「んっふふ、でもさぁ、結局のところ動機が謎すぎなんだけどね」
「動機ですか」
銀の乙女を殺害する動機を持つもの、銀の乙女が死んで得する者が、この【
「動機があるとしたら、本人以外にはないよね」
「本人?」
「自殺。服毒自殺説」
「え、ど、どうしてそんな」
「いや、僕だって適当に言ってるだけだから、わかんないけど。でも、犯人がいるなら、それくらいしか目星がつかないなぁ~」
「うーん、個人的恨み?とか?」
「使用人とか?たしかに、そういう醜聞はたまに聞くけど。でもそうすると病死として片付けられた理由が、わからないでしょ」
「犯人はやんごとなき方」
「ふっふー!大悪女ヘディの登場、ってね。君って結構そういう俗言が好きなの?」
「いやいやいや、そういうわけでは!」
オズラクがニマニマしながら食後の焼き菓子を手に取る。
そこでふと、俺はある事を思いついた。
「あの、オズラク」
「なに?」
「例えばなんですけど。体から魂を抜け出させる薬、なんてものありますか?」
「え?」
「いえ、あの、そんなのないですよね!あったら、もしかしてユニの魂がいたら、話が聞けるのではないかなー、とか」
わたわたと言い訳をする。
「あるよ」
「え???」
「あるよって。たぶん、たしか、あったはず」
「え?へー……」
「なになに、なんだよ、その顔、自分で聞いたくせに。試した事はないし、文献もすごく古いから、あるとは言い切れないだけで……でも、確かに記述は見た事あって!多分その本持ってきてるはずだから見せてあげ」
「それ、作れます?」
思わず前のめりになってしまった。もちろんユニの死因を知る為、ではない。
【
情けないが、俺は正直今も【
理由は恐怖だ。怖いからだ。
あっちの世界でかれんちゃんと同じように、あんなふうに戦えるのか、せめて明るく振舞う事が出来るのか、まるで自信がない。
こっちの世界も問題はあるけど、きれいで清潔で快適で、みんなちやほやしてくれる。待遇は雲泥の差と言っていい。
【
でも。それでも。行く準備はしないと、できるだけの準備はしないと、目を背ければ死ぬまで後悔するだろう。
かれんちゃんだって、こっちの【
裏切るような事はしたくない。そんなのは、あまりにも情けない。
「作るのはいいけど、取引しようよ」
「取引?」
銀の乙女相手にんな事をはっきり言えるのは、この性格でなければ無理だろう。
というのも、銀の乙女と国婿の婚姻関係は対等とはとても言えない。国婿の立場は非常に弱いのだ。
銀の乙女から、仕事の能力や精霊力との相性が悪くなった、などを理由に一方的に離縁されてしまう事もある。そして銀の乙女は、代わりの“相性のいい夫”を選別しなおして新たに迎えるのだ。
過去には累計で数十人もの夫を取った銀の乙女、“薄氷” キエラ・アキュレなるお方もいたそうな。怖い。
そんな立場でこのあけすけな物言いは、ある種の信頼感がある。
「そ、君にも悪い話じゃないよ。僕の荷物、この先ずーっと、君の権限で検閲飛ばしてほしいんだ」
「えーっと、悪い話というか、はっきり悪事でしょう、それ」
「ちょっとちょっと、人聞き悪いよ。この魂を肉体から弾き出す薬だって、今回僕が送ってもらってない毒薬いっぱい使う事になるから、必要な事なんであって」
「ど、毒を使うんです?」
「何言ってんの、当たり前でしょ。魂を飛ばすっていうのは、仮死状態のさらにヤバい状態にまで、ギリッギリのラインで攻めるって事だよ?はちみつ舐める程度の話とでも思ってた?」
ぐ、ぐうの音も出ねぇ〜……。
「だから、ね?」
オズラクが首をちょこんとかしげて猫なで声を出す。
くっ……かわいいじゃねぇかぁ……こいつ、自分の顔が良いことを自覚して生きてきた手合いだな。
「だめ」ぷいっ。
「えーっ!」
そう簡単に負けるかっ。
「そっちに条件が良すぎるでしょ。今回の分を入れて2回までは許可します」
「ケチぃ!いや、待って!確かにこの先ずっとはやり過ぎだけど、冷静に考えて3回!いや、4、5……10か……100回、100回!」
「往生際悪すぎですよ。どう冷静に考えて2回じゃ足らないんです?」
「さっき言った通り、それが載ってた文献ってすごく古いものなの。文字や単語は一応わかるんだけど、当時の独特の言い回しとか、名称は現在と同じようでいて、実は別のものを指してたり、隠喩や符号や暗号が多いせいで、文章としてはまともに読めなかったはずで、誤読の可能性が大いにあるからさ。多分、父上やおばあ様に聞いても、おいそれと正解にはたどり着かないかも」
「おばあ様」
「うん、我が家で最強の魔女なんだ。一応手紙を出して、一緒になんの素材が必要か相談してみるけど、ある程度の間違いは発生すると思う」
「そう、では……3回まで。それ以降は都度相談してください」
「わ、ありがと!僕ね、リリーナの事大好きだよ」
オズラクの顔に笑顔が華やぐ。
軽薄ぅ〜あざとぉ〜い、でもかわいいなぁ~ってきゅんとしちゃう自分が嫌だ~!
「あのねオズラク、頼んでおいて何ですけど、無理だけはしないでほしいです」
こいつ、仕事でどんなに疲れてぶーたれても、好きな事になると熱中して寝食忘れるタイプだよな。
その点がかなり不安だ。
「えっへっへ、だいじょうぶだよ。僕、研究の間はずっと元気なんだ」
「だからそれを心配してるんですよ」
オズラクがそこで初めて目をそらした。言う事聞く気が無いな、これは。
「なるほどわかりました。消灯時間を超えて研究してる事がわかったら、即刻取引中止。もう何も頼みません」
「そんなぁ!政務でどうせ消灯時間なんか超えるのに」
「それはそれで問題ですけど、そちらは仕事でも、こちらは違うんですからね」
「でも、だって、こっちのが絶対楽しいもん」
「それなら、楽しい時間と消灯時間をお守りくださいね」
「うう~はーい、あーあ、もうこれ以上は譲歩してくれなさそうだから、諦めるよ」
わかってくれたようだが、一応気にしておこう。
「その薬って、作るのにどれくらい時間がかかると思います?」
「うーん、文献があるとはいえ、作った経験、おばあ様にもあるとは思えないしなぁ。もし、半年で出来たら早いって、いっぱい褒めてね」
半年……いや、実際十分すぎるくらいそれは早いんだろう。
その間に他の方法も探して、これは最後の保険程度に考えればいいんだ。
毒がいっぱい入ってるわけですし。
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