第8話 ユニ・マイヘルンの遺品
翌朝、俺はすっきりさっぱりと目覚めた。驚くくらい元気があふれている。
夜の眠りの魔法、最高にいい。睡眠は偉大だ。
一家に一人シャラムが欲しい。ありがたすぎて息をするように媚びを売ってしまいそうだ。
朝食をしっかり平らげ、目当ての人物を見つける。
「おはようフレイアート」
リリーナの火婿、フレイアート・トルニヨキだ。
「リリーナ、おはようございます。もう大丈夫なのですか」
「ご心配おかけしました。少し疲れが出ただけです。シャラムにも良くして頂いて」
「そのセリフをエアルドに聞かせてやってくださいよ。あなたの少し疲れた、が大ごとに繋がるんだって言われますよ」
エアルドの生真面目そうな顔を思い出す。
「では、シャラムにはつくづく感謝しなくては」
「あの魔法、ヘディ様の闇婿が開発したらしいです」
銀の乙女の後継がない間は、当然だが国婿たちにも後継として仕事を引き受ける能力を持つ者がなかった。
国が政治で様々動くと、それに引っ張られて精霊力のバランスも変動するが、その機微に気を回すのが彼らの担う仕事の中心だ。政治と精霊力のバランスの監督者。最も神経をすり減らす縁の下ポジションと言われている。
これを怠ると、銀の乙女や銀結晶たちに高負荷となってのし掛かかり、最悪は大災害となって襲い掛かってくる。
そこで彼らは10日に1度は、国婿の誰かの屋敷に持ち回りで集まり、“夜の眠りの魔法お泊まり会”を開催し、激務に耐えてきたらしい。
リリーナの国婿たちは昨日の晩餐にて、若いうちからお前たちもやっておけ、全然違うから。とありがた~い助言を受けたそうだ。
なんと言っても銀の乙女も銀結晶も、国婿も勿論、土日祝日なんて存在しない。状況によっては朝晩だって関係ない。
ヘディの次を担うはずのユニ・マイヘルンと、先代の“上機嫌の”ソスリア・ベラッツァが相次いで亡くなり、大混乱と激務に忙殺され、この夜の眠りの魔法に依存し始めた20年前の当初は、闇婿の発言力が大きくなりすぎる事態と相成り、各国婿たちが競ったり協力したりして“地味ながらよく効く回復系魔法”を、どうやってその時間を捻出したかは記憶にないが、開発しまくったそうだ。
現在は警備隊や、下働きの者たちが交代で使える“足湯魔法”や“岩盤浴魔法”、“小川のせせらぎ音と午後の木漏れ日の空間魔法”なんかがエリア毎に設置され、大層評判がいいらしい。
それって魔法なの?と思わなくもないが、れっきとした魔法なんだってさ。
そこだけ聞くと、随分楽しそうな爺さんたちだけど、仕事の事になるとガチ目に喧嘩もしまくっているとか。そりゃあんなに苦み走った面構えにもなるってもんだ。
「すみません、余計な話をしました。俺、私にご要件があったのでは?」
「いえ、とても楽しいお話でした。ぜひ今度もっと聞かせてください。ですが今日はお願いがありまして、その、精霊城の全体地図を用意して頂けないかと」
精霊城とは、城内に務める者にとっては銀の乙女や国婿たちが政務を行う中心の城の事だけを指すが、一般的には城壁内の全てを指す。森厳宮も星降殿も精霊城の一部だ。
「全体地図、ですか。その、正直な所、銀の乙女に要求されればお渡しするより他に選択肢はないのですが、出来れば理由をお聞かせ願いたく。防衛に関わる事です」
そう、だからこそ君に頼んだのだよ、フレイアート君。
他意があって地図を欲しがったと疑われたりしたら、極めて面倒だ。
祖国のため、ブレイザブリグの内情を流す銀の乙女や銀結晶、国婿は過去にもそれなりにおり、自国の人材をなんとか城内に潜り込ませようと常に画策され、精霊城内の出身国比をみれば、世界の情勢が分かる、なんて言われたりするくらいだ。
精霊城を武力制圧し、銀の乙女を意のままに操ろうと策を弄した者もいる。その際に征服者がまず手に入れたがるのが正確な地図となる。
世界の精霊の調停者という立場上、特定の国に対して銀の乙女が露骨に迎合するのは、事情は分かれども、全く好ましからざる事だ。
祖国のために地図を欲しがっている、などと下手に疑われたら本当に困る。
その観点から、代々ブレイザブリグの城内の警備隊を担ってきた一族であるトルニヨキ家の彼にちゃんと説明し、堂々と地図を取得しておけば、後々誤解が生じにくくなる。と思う。
誤解される時はされるだろうが、それはその時だ。しゃーない。
もちろん、全て正直に話すわけにはいかない。
要約すれば、よその男(ウルフ)とコンタクト取りたいから、婿のお前に協力してほしい。と、祖国の国益目的だと言われた方が幾分人間性がマシと思える内容になっちまうわけなんで、嘘も方便さんにお出ましいただくしかない。
「私はここに来てから、
「それは、当然のことです」
困惑顔のフレイアートに、にこりと笑いかける。
「せっかくなので、もう少し城内について知っておきたいのです。上空から見下ろす景色としてではなく、地図を片手に歩き、各所に挨拶して回ろうかと」
「地図を片手に?御自らですか?地図を片手に???」
「はい。楽しそうでしょう。まずはひと月もの間、お世話になった森厳宮勤めの方々や警備の皆さんに、これまでの感謝とお別れのご挨拶をしに、地図を見ながら歩いて行きたいのです。良ければあなたにご紹介をお願いできれば嬉しいのですが」
「それはもちろん。ご任命頂ければ、我が身にとって大変な栄誉ですし、森厳宮の者も喜ぶでしょう」
そういいつつ、フレイアートの眉間の曇りは晴れない。
「ですがその、警備の問題があります。精霊馬車でしたら、安全に移動頂けるのですが」
だよな~。
あれから色々あって知ったが、空を飛ぶ生物やそれを使った運輸方法というのはこの世界中に様々あるが、客車や荷台を飛行生物に連結し―積載、ではない―、それごと飛ぶというのはこの世界であってもかなりの離れ業で、精霊馬車くらいしか出来ない芸当なのだ。
しかも銀の乙女や銀結晶、守人が乗っているという状況下に限るらしい。
馬車に施された装飾を精霊力や魔力が通り、それでようやくあの箱が浮き上がるのだそうだ。
そしてその力はそのまま、強い防御結界となってくれる。
安全を考えれば、銀の乙女の移動方法は基本的に、精霊馬車以外にあり得ないのだ。
「その……実は」
「はい」
「私はどうも馬車が苦手で。ですからあまり、利用したくなくて」
悲しいことに、俺は全く精霊馬車に乗り慣れる事はなかった。いや、それどころか、そもそも馬車が苦手な様だった。
秋山鉄平としては車の免許も持っていたし、馬車に係わった記憶なんてないし、ではリリーナに何かあるのかと記憶を掘り起こしても、覚えが全く無い。そもそも祖国からブレイザブリグまでの長旅だって、馬車で来たのだ。
これはもはや前世からの宿業かといぶかしんでいる。秋山鉄平の、もう一個くらい前の。
「どこに行くといえば必ず馬車を回して頂く事になりまして、その、進退極まっております。ほんとに馬車、嫌なんです」
「はあ……はい。その、えーと馬車が嫌……客車に乗るのがお嫌と」
フレイアートが困っている。
なんと言っても、彼はもともと城中警備の任についていたのだから、要警護対象が警備ルールに従ってくれないのは単なるわがまま身勝手で、呆れた話だろう。
「そうだ!でしたらどこかに行く際は、俺にお命じ下さい。あっ、私にお命じ下さい」
「どういうことですか?」
「私はケルケスの騎乗許可を持っていますから、あの、空を飛ぶのがお嫌でなければ、ですが」
ケルケスというのは人を乗せて飛べる、訓練された大きな鳥だ。
ドラゴンよりは操縦が平易と聞くが、それでも騎乗許可を持つ者はあまり多くはないと聞く。
「そんな、ご迷惑では」
フレイアートがその場にサッと跪く。動きがキレキレだからびっくりした。
「同伴させていただければ、この上ない喜びです」
「本当ですか?良かった。ありがとうございます」
申し出がありがたいのは事実だが、いやしかしこうなると毎回はともかく、頼めそうなときは頼むのが礼儀だろうな。
しかしこれ、しくじったなぁ~地図はうやむやにされるか……。
「ですが地図の件は、まず上官である父に報告を上げてもよろしいでしょうか。ん、あれ、今はもう上官じゃないか。でも」
「!もちろんです」
その言葉に、フレイアートは心底安堵したようだったが、それは俺も同じだ。
誤魔化さずにいてくれた事が、実にうれしい。
やっぱコイツ良い奴だなぁ!
俺は思わず跪いているフレイアートの手を取って立たせた。
「あの、えっと」フレイアートの顔がパッと色づく。
「フレイアート、どうか私といる時に、あまりそうかしこまらないでください」
「ですが、それは」
「お願いです。どうか」
「わ、わかりました!えっと、わか、はい……」
フレイアートが照れくさそうに笑う。
俺もうれしい。こいつはいい奴だし、ふつーな感じに仲良くなれんじゃないの。
いや、油断はすまい。
館内には掃除や見回りなどで週に数度、人が入る程度となるそうだ。
森厳宮でお世話になったフルメンバーと一度に顔を合せられる機会は今日以外無いだろうという事で、ひとまず地図は後回しにして、フレイアートにさっそくケルケスを回してもらい、挨拶に向かうことになった。
ケルケスは人を乗せることが出来る巨鳥なだけあって、見てくれの迫力はあったがフレイアートに良く慣れているし、アダンデもじゃれつくなどして、非常にかわいかった。
ケルケスは独特の焦げたようなにおいがしたが、それは光や火の精霊に近い存在だかららしい。
精霊馬車と違い、俺にとっては非常に快適で、同じくらい早かった。
ひとつ問題があるとすれば、フレイアートにケルケスで送迎してもらう間、ずっとこのさわやか体育会系イケメンの腕の中にいる事になるという点だ。
ケルケスの焦げ臭さにも勝る、いい匂いがしやがんのよ、コイツ。なんでだよ。乙女ゲーキャラすごいな。
残念ながら夜警隊はすでにいないが、忙しい撤収作業の中、集まれる者は集まって、非常に快く歓迎してくれた。
フレイアートは昨日までの仕事仲間の前で、嬉しいやら恥ずかしいやらという様子だ。
急だったので、手土産も用意出来なかったのが悔やまれる。
「先程エアルド様もおいでになられまして。ユニ様の遺品をご覧になっておりますよ」
なるほど、ユニの遺品は森厳宮にあるって言ってたからな。
ああそういやぁ、ユニの情報をかれんちゃんに聞いてもらうよう、ベアクマートに頼んでおけば良かった。
ヘディ絡みの陰謀論が聞けたかもしれなかったよな。
「まあ、ご挨拶出来るでしょうか。ユニのお部屋にも伺えれば」
そう言うと、侍女の一人が案内を買ってくれ、フレイアートもそれについて来た。
ユニの部屋に近づくと、アダンデが巻き付いていた俺の首からパッと離れ、扉の正面にある壁に張り付いて、くるくるきゅいきゅいとしきりに鳴く。
「アダンデ、どしたの。怖いの?何が怖がってるの?」
扉の前でそうこうしていると、エアルドが中から顔を覗かせた。
案内の侍女は引っ越しの作業が残っているようなので、礼を言って作業に戻ってもらい、エアルドにここへ来た目的を、地図の件も含めて話す。
「あなたはその、失礼ながら少々風変わりでいらっしゃる。地図を片手にとは」
「フレイアートのことも、少し驚かせてしまいました」
うふふと淑やかに笑って見せるが、フレイアートとエアルドは妙な感じで顔を見合わせた。
……やっぱり地図が欲しいなんて、露骨に怪しいかな~。
「ですが、ちょうど良かった。叔母の持ち物ですが、やはり女性の私物ですので、探るのは若干気が引けてしまいまして、相談させて頂けるとありがたいのですが」
「なにか探し物に目当てがあったのか?」
フレイアートが尋ねると、エアルドは少し思案顔となる。
「目当て……まぁそうですね。祖父母を納得させられるものはないかと」
「と、おっしゃると」
「叔母が儚くなった際、ヘディ様による暗殺だのと陰謀論が囁かれたのはご存知でしょうか」
「はい、存じておりますよ」
フレイアートは渋面で黙りこくる。
「正直、銀の乙女を暗殺して、得する何者かがあるとは考えにくいのですが、祖父母はその説を捨てきれずにいると申しますか。叔母は祖父母にとって、念願叶ってようやく授かった、たった一人の愛娘なのです」
ユニはエアルドの父親の妹だが、エアルドの父は親戚筋からの養子なのだそうだ。
「ですから突然の娘の死に向き合えず、何者かのせいにしたいという祖父母の気持ちもわからないではないのですが、それも哀れに思えます。せめて、病について記した手紙か日記のようなものがあればと。慰めにはならないかもしれませんが」
「そのようなご事情が」
「そういうのがあれば、ヘディ様を悪く言う向きも消えるだろうか」
フレイアートを始め、リリーナたちの世代にとって、銀の乙女と言えばただ一人、ヘディの事を指してきた。
ヘディは“世界の母”として、ある種の信仰の対象となっているが、それを面白く思わない層も一定数はおり、言葉や名前を変えつつも、ヘディとユニをモデルにしたとわかる愛憎と陰謀渦巻くどろどろの暗殺劇を面白おかしく描いた書物や演劇がたびたび世に出ては、それなりにもてはやされたりする。
フレイアートはその事を言っているのだ。
背後から、くるくるとアダンデの切なげな鳴き声がする。
扉の枠にへばりついてこっちの様子をこわごわ伺い、その真っ黒なまんまるお目目が「おいてかないで」と訴えている。
アダンデのこの様子から、ここにはなにかがありそうだ。
「アダンデはどうしたのでしょうか」
「ケルケスにも怯えなかったんだけどな」
「おいでアダンデ、お前が一番怖いと思うのはどこらへん?何か気になるところがあるなら教えてくれる?」
そう問いかけると、アダンデは数回首をかしげる動きをしたあと、意を決したように俺の腕に飛びつき、頭は服の中にうずめて、尻尾で一定の方向を指す。
尻尾の先にあった扉を開くと、そこはウォークインクローゼットだった。
中をのぞいた瞬間、フレイアートとエアルドは慌てて回れ右をする。
そこには流行を過ぎたドレスや靴や帽子、小物類が整然と分類され、びっしりと収納されている。
「そこはその、我々には」
狼狽したような声を出すエアルド。こいつも動揺するんだな。
俺が入ろうとすると、フレイアートがサッと腕を伸ばし押しとどめ、意を決したように中の様子を伺う。
「何者かが潜んでいる気配は……無さそうですね」
そう言って、火の精霊でウォークインクローゼットの中のランプをともし、戸口で直立の姿勢をとる。
中に入る気はないらしい。貴族男子たるもの、女性の衣裳部屋に足を踏み入れるなどあっては名誉にかかわるという事か。か?
現代日本人の感覚からしたら、男の俺が見て恥ずかしいと思えるものがあるとは思えないのだが、こいつらとは根本的に育ちが違うからなぁ。
しかし広い。日本の俺の2DKの賃貸部屋より広いんじゃないか。
実はリリーナは自分のウォークインクローゼットにはほとんど入った事がない。
出入りするのはコニーのような専属侍女だけだから、リリーナとしてもこの探索は新鮮な気持ちだ。
腕の中のアダンデがかわいそうなくらいブルブル震えている。
かわいそうなんだけど、震える姿がまぁ~~た、かわいんだ。これが。
よちよち、パパがいっちょでちゅよ~。ただちょっと爪が痛いかナ~?
ちっちゃなおててのちっちゃな爪が、腕にがっつり食い込んでくる。
アダンデのしっぽをたどると、クローゼットの奥にこれまた立派なチェストがあった。
しっぽはチェストの下段を……いやもっと下、脚のあたりをさしている。
俺がかがみこんでそこを覗くと、アダンデが大慌てで俺の腕から這い出て部屋から飛び出した。
「わっ!たっ!あいった!いだだだだ!アダンデ!爪!」
「アダンデ、よしよし、一体どうした」
部屋の外からフレイアートの叫び声と、なだめようとするエアルドの声が聞こえる。
「リリーナ!いって!た!大丈夫ですか?」
「はい、アダンデがごめんなさいね」
そっちは任せるとして、チェストの足の奥に手を伸ばすと、ほこりっぽい空気と共に、小箱が出てきた。
箱を開けると、中にはオパールのような輝きを持つ、足の親指の爪ほどのサイズの欠片がぽつんと納められていた。
◆
地図は戻り次第、フレイアートが用意して部屋に運ぶと約束してくれ、例の箱は俺がそのまま預かった。
アダンデは怯えているが、その様子こそが杖竜と欠片の関係を示唆する以上、仕方がない。
その後、俺はコレグリアにとっつかまり、1年後の結婚式のために用意された、ずらりと並んだドレスの生地見本やら実家やコネを作りたい
こんな一度に押し付けられても、こちとら千手観音じゃねーんだぞ。
「リリーナちゃん、その箱はなに?」
一通りの話が済み、さて一息というところで、ノワキが興味津々という顔を向ける。
「わたくしも知りたいわ。あなたがそれを持ってここに来てから、マゴワグが落ち着きません。アダンデも同じようですね」
ヘディの顔が曇っている。
「実は……」
俺は事のあらましを、エアルドの祖父母の部分は省略し、例の箱の中の欠片を見せた。
「あの~、ヘディ、銀の乙女が亡くなったら、杖竜はどうなるのでしょう」
「杖竜は生まれた時のようにほどけて、虹となって精霊たちの下へ帰ります」
「ほどけて……」
そういえば生まれた時、卵を割って出てきたわけじゃなかったな。
「あれねぇ、遠すぎて何も見えやしないと思っていたけれと、不思議と目の前で起こったようにはっきりわかったの。美しかった」
ノワキがうっとりと息をつく。
そういえば、ノワキは星降殿の端っこも端っこにいたな。
それはともかく、俺はこのオパールのような欠片を見た時、杖竜の卵の殻か何かだと思ったのだが。
「あの卵は、そもそもどうやって出来上がるのでしょうか」
それにはコレグリアが答える。彼女は儀式の場にもいてくれたそうだ。
「儀式の最中の事は、儀式を受ける立場であれば銀の乙女も銀結晶もほとんど記憶していないけれど、私はあなたや他の銀結晶の儀式の場を取り仕切る、見守る立場でもあったから、お答えできますよ。あれには段階が3つあるの」
1、儀式用の服に着せ替えられ、忘我の術を掛けられ儀式場へ向かい、儀式場の扉を自らの手で押し開ける。開かなければそれまで、素養無し。
2、儀式場の中央にある祭壇に立ち、そこに差し込む光がオパール色に変わればよし、変わらなければ素養無し。ただし、魔法使いとしての才能は高い。
3、祭壇のずっと前方に設置されている銀杯にオパールに輝く光が液体のようにたまり、それが光って結晶化したらそこで終了、その結晶がいわゆる卵。その時に儀式を受けた者も一緒に光って銀化し、その状態から銀結晶か、銀の乙女かが判断される。
銀結晶の儀式は普通10分~1時間前後で終わるが、今回リリーナの儀式は12時間以上かかった。オパールの結晶もその分でかい。
ヘディは10時間ほどだったそうだ。
コレグリアが自分のオパール結晶を見せてくれた。腕輪にして左手に嵌めている。結晶のサイズは手の小指の爪サイズといったところか。
それを見たヘディがひそひそと声を落とす。
「あまり口にはしない方が良いから、ここだけの話にして頂戴ね。コレグリアのオパールは銀結晶の中でもかなり大きい方なの」
銀結晶としての能力とその大きさは必ずしも比較できるものでもないが、能力の大きさがこのオパールで測れると信じられているきらいがあるため、公然と口にするのは下世話とされる。
「うふふ、いやねぇ、わたくしったら、品のない事を。でもね、一度こうしてこっそり口にしたかったんですよ」
ヘディは紅顔して少女のように笑い「内緒ですからね」と肩をすくめる。
その様子に、俺たちもつられて笑い、
「白状しますわ。実は私も、一度でいいから“私のオパールは大きいのよ”って、口にしたかったんですよ」
コレグリアまでペロッと白状した。
「お2人ですら口にするのを憚る事だなんて、私たち新参者はよくよく気をつけましょ、ね、リリーナちゃん」
「はい。今聞けて良かったと思います」
銀結晶が着ている濃紺のドレスは袖口が広く、今見せてくれるまでコレグリアが腕輪をつけている事など知らなかったし、考えてみれば他の銀結晶の装飾品も見たことがない。
うかつに大きさを比較されないように、各自気をつけて身に着けているのだろう。
結構大きい、というコレグリアのオパールよりも、この欠片は4、5倍は大きい。
銀結晶の物では無いのは確定だろう。
「ところで、この箱の欠片が儀式で生まれたオパールの結晶ではなく、本物の、つまり、普通の宝石という事はないでしょうか」
「違うでしょうねぇ」
俺の疑問には、ノワキが即答した。
「こちら手に取って、見せて頂いても?」
俺が頷くと、ノワキは軽く礼を言って慎重に手に取る。
「ほら、やっぱり。マゴワグちゃんやアダンデちゃんとおなじ、この輝き、光の位置が液体のように流動して、変化している。普通の宝石じゃこうはならないでしょ」
欠片を手にしたノワキに名前を呼ばれ、マゴワグとアダンデが縮み上がった。
この欠片がそこまで怖いのか。
「大丈夫だよ、アダンデ」
俺はアダンデを、マゴワグはヘディがなだめている。
「オパール結晶が欠片でも残るという事は、普通はないのですよね?」
「そうね、少なくとも私は耳にした事はありません。ただ、銀の乙女が夫の選別前に亡くなったという事自体が異例ですから、それと何か関係があるかもしれないけれど……」
ヘディもこれには困ったようだ。
「昨日あなたの土婿、エアルドの話を聞いてから、あの当時の事を色々と思い返していたのだけれど、たしかちょうどそのタイミングで、世界中に災禍が一斉に広がってね。2年近く、寝食を含めてほとんどの時間を幻象球の間で過ごす事になったのです」
今より20歳は若い時分とは言え、ひでぇ話だ。
「私の前の銀の乙女、ソスリアも、さすがに上機嫌とはいかなかったわ。彼女はその時の激務で体を壊し、亡くなったも同然だったのですもの」
ヘディはお茶を含んで口を潤す。
「そんな事だから、私はユニはおろか、銀の乙女として親身に手ほどきをしてくれ、母も同然だったソスリアの最後に立ち会う事も、葬儀に参列する事も叶いませんでした。ソスリアに強く言われたの。今はとにかくあなたは幻象球の間を離れてはならない、役目を忘れるな、戦い続けるようにと」
俺たちには言葉もない。
マゴワグが慰めるように、ヘディのほほに頭をすり寄せる。
「ソスリアの夫たちはその頃にはすでに亡くなっておりましたし、あの激動の中で得たものと言えば、なにかと不仲だった私の夫たちがようやく協力し合えるようになった、という事くらいかしらね」
全く釣り合いがとれやしない、とぼやく。
今から20年前、一番脂がのって血気盛んな年頃の不仲なおっさん6人が、意地もプライドもかなぐり捨てて、お泊り会を開催しなきゃ乗り切れなくなったような一大事、マジのド修羅場であったことは想像に難くない。
お泊り会というクソショボなネーミングが当時の狂乱っぷりを彷彿とさせる。
この話がその通りなら、ヘディの陰謀説は本当に馬鹿げている。
「リリーナちゃんは、この件が気になるの?」
「え?」
突如、ノワキに問われて動揺した。
ノワキは姿勢を正し、真剣な顔をしている。気になるかって、どういう意味だ?
「この件……欠片の正体を、ですか?」
「ひいてはユニの死の真相について、ね」
ヘディとコレグリアがハッとする。
「お待ちください、風守。ユニ様の死の真相についてとは、どういう意味でしょう」
「やだぁコレグリアちゃん、そんな怖い顔して。あたしが言っているのは、欠片が残るに至ったいきさつを知る人がいるかも~ってだけの話よ。どういう病気だったのか、とか、過去に類似したことがあったか、とか。とても急だったわけでしょ?杖竜も怯えるほどの事だし、あたしとしてはヘディ様とリリーナちゃんを守る事につながれば嬉しいなぁ~、って」
「ノワキは調べた方が良いと思うんですか?」
「んま、あたしなら調べるわね、不審点を残したままにして良かったことなんておよそないし。あたしがブレイザブリグに派遣されたのは、外貨獲得、交易経営戦略のための調査能力を買われての事で、もともと調査することがお仕事なの」
ノワキはバツが悪そうに笑う。
「ブレイザブリグに来た殆ど誰しも、大なり小なり、そういう任務は背負っていますよ」
俺がそう言うと、ノワキは目を丸くした。
「ハッキリ言うのね」
「だって、そうでしょ」
「フフ、気に入った」
「あなたも正直な人ですね」
ノワキがおかしそうに笑うと、みんな笑う。わかり切っているが、誰も口にはしたがらない、公然の秘密だ。
「じゃ、安心して話を戻すとしましょ。不審な事があったらそれがどんなに些細に思えても、調べて損はない。もっとも、この件が些細に見えるかと言えば、そんな事はないと思うけれど。ただこれは、
ノワキは椅子から立ち上がり、俺の前に両ひざをつくと、両腿の上に手を置き、背筋を伸ばし、俺をはっしとまっすぐに見据えた。
「お命じ頂ければ、なんなりと。我が銀の乙女」
きゅ、急に男の顔をすな!
心臓が喉までせりあがって来たのではと疑えるほど、バクバクし始める。
俺は困ってヘディを見た。
「あの、ヘディはどう思いますか……?」
「そうね。お恥ずかしながら、杖竜がここまで恐れをなす出来事があったかもしれないのに、わたくしはその事を知らずにおりました。精霊が長期にわたって乱れ続ける原因も、そこにあるのかもしれません。ノワキ、私からもお願いしたいわ」
ノワキはヘディに視線だけ向けて微笑むが、頷き返す事はなく、あくまで俺の言葉を不動の姿勢で待つ。
ひえ。かっこよ……。
「で、では、お願いします。ユニの死について、欠片について、なんでも結構です。調べてください」
俺がこわごわそう言うと、ノワキは上体を斜め前に軽く倒し、一礼する。
「この箱と欠片はお預かりしても?」
「はい、お預けします」
ノワキは箱を受け取るべく腕を伸ばす。と、着物の袖から腕が覗いた。
その筋肉が張った太い腕には、古傷のような筋がうっすらと、いくつも走っている。
あわわ、容赦なくギャップで襲い掛かってくるぞ、このオネエ。
いや、オネエキャラがマッチョなんてよくある!ネタとしてよくある!動揺すな!!
立ち上がり、さっと踵を返して数歩進むと、何か思い出したようにはたと振り返る。
「リリーナちゃん、カハクカクからあたしが持ってきた白絹の生地見本、そこに数種揃えているから、いっぱい見ていーっぱい触って、気に入ったら花嫁衣装に選んでくれると、あたし嬉しいわぁ~」
そういって、ふふふと優雅に笑い、手をひらひらさせて去っていった。
緩ッ急……ッ!!
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