第6話 杖竜、国婿選別

 そして今俺は、夫選別の儀式場は専用の神殿、サッカーとかラグビーなんかのコートが100枚は入りそうな、だだっ広い“星降殿せいこうでん”にいる。

 精霊城の敷地内にはこういう神殿だの小城だの屋敷だのがたくさんあって、知れば知るほどその広さに驚かされる。

 リリーナは旅の前に母方の祖父母より贈られた、ライトブルーの上品なドレスを身にまとい、星降殿の広間の数段高い場所にある、玉座のような豪勢な椅子に座らされ、舞台下に列席する1000人超えの貴紳――警備や従者まで入れると1万人はいるらしい――に見守られているのであった。

 隣の同じような玉座には、へディが杖を手に微笑んで座っている。

 ヒィイ、怖い。もう帰りたい。

 リリーナの竜精晶はすぐ隣に立つコレグリアが両手に捧げ持つクッションの上に置かれ、先ほどから激しく明滅している。

 お前も緊張するよな〜わかるよ〜!!パパも緊張してるよ〜。

「これに集いし精霊の子らよ。これより銀の国婿こくせい選別の儀の執行を宣言する」

 風の魔法で拡声した、コレグリアの少々ハスキーな声が響く。

「心穏やかに、精霊と心を交わすのです」

 一切の震えも無く、堂々としたものだ。

 コレグリアの斜め後ろに控えていた銀結晶が、俺の手を取って立ち上がるよう促し、竜精晶を手に取るよう指示される。

 み、みんなちゃんと手順覚えてて偉い!

 俺なんか、頭白くなりそうなのに。

 情け無いほど震える手でなんとか竜精晶を取り、両手で慎重に胸の前から頭上に掲げ持つ。

 明滅が激しくなり、光も強まる。列席者、銀結晶すら思わず目元を覆うほどの光だが、俺の目を刺す事はない。

 やがて明滅が終わり、竜精晶がぼやりとした光に落ち着くと、星降殿の各所から、光の柱が立つのが見えた。

 白、深紫、赤、青、緑、金の6色、鮮やかに輝く6本の光の柱。

 これは、コレが。

 6色の光のあまりの美しさに圧倒され、心が吸い寄せられる。

 山頂に迎えた暁光のように、海に見送る茜のように。

 竜精晶の殻が糸のようにパラリとほどけ、形を再構成しながらリリーナを取り巻き、その姿を現した。

 20cmほどのすらりとした、オパールの輝きを持つ鱗の蛇を思わせる姿、鳥のような爪を持つ3対の脚、トンボのような5対の羽根。

 ビィィイン、と羽音をかすかに立てながら、俺の様子を伺っているようだ。

 それでようやく意識が、光の柱から離れた。

 星降殿に息を飲むような気配が広がる。

「おいで」

 マゴワグのように仔犬然としたぷくりとした姿なら、ぽこ太と名付けようかと思ってたけど、これは、うーん。にょろ助かな。これはこれでかわいい。

 差し出した手に、にょろ助がその身を絡め、小さな6本の脚で、俺の腕や指をしっかり握り込む。

 それと同時に『アダンデ』と言葉が響いた。にょろ助が大きな黒い目でこちらを見つめ、首を傾げ、ゆっくりと瞬きをした。

「そっか。お前、アダンデって言うの」

 アダンデの細い体を指でこしょこしょすると、嬉しそうに目を細め、クルクルと喉を鳴らす。

 はーーーーーっ!!可愛すぎてひっくり返りそうなんだがーーーっ!!?

「新たな銀の乙女の杖竜つえりゅう、その御名はアダンデなり!!」

 ひっくり返りそうになって天を仰ぐ俺の横で、コレグリアが声を張ると星降殿の空気が「杖竜アダンデ!」「杖竜アダンデ!」と唱和で震えた。

 みんなそんなのどこで練習したんだよ。 

 そしてふっと声が止む。

 俺の横で、ヘディが立ち上がったのだ。

「さあ新たな銀の乙女。あなたにはもうわかるはずです。誰を選ぶべきか」

 ヘディはいつもの笑顔の様だが、決して逆らう事の出来ぬ迫力で、俺をじっと見据える。

「あなたとアダンデにしか見る事の叶わぬ光を、その6人を、ここへお連れなさい」

 逃げられない。腹を括るしかない。

 もう、選ぶよりない。

「アダンデ」

 俺が一言そういう時、アダンデは俺とアダンデにしかわからない光の柱に向かって飛び出す。

 アダンデが光の主の頭に、冠のようにするりと巻きつくと、光が柱状から、誰の目にも映る淡い燐光となる。

 各所から漏れ聞こえる、感嘆と失望の声。

 キラキラと光をまとった6人の男たちは、俺たちのいる高台へと歩んでくる。

 アダンデは6人の頭上を行ったり来たりして飛び回り、まるで遊んでいるようだ。

 ここいらで急に全員の足元に穴が開いて、すこーんと吸い込まれてくんねぇかな。

 そんな願いはもちろん虚しく、彼らが全員無事高台下までくると、そこに控えていたヘディの夫たちが彼らを迎え、それぞれ守人の証であるサッシュ(たすきみたいなやつ)を肩にかける。

 6人の中にはやはりルミネルがいる。彼は光の守人だ。

「ここに選ばれし守人よ、あなたたちは精霊なる銀の玉体を守り、支え、仕え、互いに助け合い、その生涯を責務に捧げ、世界の礎とならん事を誓いなさい」

 コレグリアが誓いの言葉を伝え、6人が復唱し、その後はリリーナと国婿がそれぞれ立派な指輪印璽をヘディより授かり、つつがなく儀式は終わった。

 終わった……はあ。



 儀式の後、星降殿に酒食が運び込まれ、音楽が奏でられてパーティが始まる。

 銀結晶たちもそれぞれ華やかなドレスを身にまとって参加するらしく、そわそわと浮足立っているが、俺はヘディや夫たちと引き下がって別室で顔合わせののち、晩餐を囲むという流れだ。

 しかし、そんな事はどうでもいい。俺は絶望していた。

 絶望してるんだよ、俺は。

 結婚式は約1年先とはいえ、夫が決まってしまった。

 加えて、いつもよりも肌の露出が多く、めかしこんで少女のように華やぎはしゃぐ、年頃の銀結晶達を見ても、イマジナリー自前棒がピクリとも反応しないという、この、残酷な事実に。

 そんなお胸や肩を出して、おなか冷やさないでね。という心配しか出てこない。

 せっかく目にしたうら若き乙女たちの、お胸のふくらみや谷間に対して出てくる感情が『寒そう』なの、絶望しかない!!

 イマジナリー自前棒まで無力化されてるとは!!

 うおおん!いやずっとそうだったけど、改めましてうおおおん!!!!



 俺とへディに続き、へディの夫たちがリリーナの夫たちを伴って謁見室へ入る。

 へディの夫たちがヘディの背後に移動すると、リリーナの6人の夫たちが一斉に跪く。

 誰の顔もまともに見ないよう、視線は爪先と定めていたのに、油断も隙もない。

 ヘディの光婿の手招きに応じて、ルミネルが立ち上がり一歩前に出る。

「偉大なる銀の乙女、へディ・テレラーテ。私はルミネル・ヘイワードと申します。銀の乙女、リリーナ・ポワンスワンとは再従兄弟またいとこにあたり、この度は護衛のために同道致しておりましたが、思いがけず光の守人に選出と相成りました。身内と驕ることなく、真摯に務めを果たしたく存じます」

「あなたがいてくださったら、リリーナも安心するでしょう。これからも、リリーナを支えて下さいね」

「はい。お言葉をいただき、ありがたく存じます」

 ルミネルはヘディに笑顔を向け、俺へと視線を移す。

「リリーナ、君はきっと動揺しているだろうが、私もそれは同じだ。故郷へ便りを出さねばならないけれど、できればその前に話がしたい。そして、一緒に報告の筆を取れたらうれしく思う」

 しっかりとした視線を感じて顔が熱くなる。ただでさえ声がやばい。

「……はい」ようやく一言、声を絞る。

「よかった」

 ルミネルの安堵の声と会釈と共に、一歩下がり、闇色のサッシュを付けた男が一歩進み出る。

「は、あ、闇の守人、に。選出頂いた、ケイロ国は、らら、ラビドース王が、8番目の息子、シャラム・ラビドースと。申します」

 そう名乗ったのは、夜のような肌と、砂色の髪を持つ、痩身長躯の青年。猫背で視線がおどおどと定まらず、肺活量の無さそうな喋り方をする。

 この世界にも陰キャっているんだな。

「あのケ、ケイロは近年まで、長きに渡り、銀の乙女や、銀結晶、また、精霊信仰を、否定して参りました。が、へディ様は、ご、ご、ご記憶されておりますでしょうが、ケイロが、18年前に、風と火の大災禍に見舞われた折り、手を差し伸べ、災禍をお治め頂き、その後も数々のご支援を賜り、救国頂きました。これを機に、御恩に報いたく、じた、尽力致す所存です」

 つっかえながらも小声で口上を終えると、すはーーーっと長く震える息を吐く。

「あの時のことはよく覚えておりますとも。本当にひどい災いでした。ですが国が持ち直したのは、ラビドース王をはじめ、ケイロ国の皆様の努力のたまものです。その国の王子であるあなたならば、何があっても立ち向かって下さると、信じておりますよ」

「じゃきゅっ、か、若輩者故、何卒、ご教導下さいますよう、お願い申し上げます」

 声は暗いが、深く耳に心地よい。

「シャラムさん、どうかよろしくお願いしますね」

 声をかけたがシャラムは俺をチラリと見てすぐに目をそらした。

「……ひ、はい」

 この陰キャなら大丈夫そうだ。多分。

「俺っ、私は火の守人になれ、ならさせて頂きました、二頭鷲隊衛視中隊隊長、フレイアート・トルニヨキと申します!こんな事になって、しまいしまして。していただいて。ええと、職務を全うすべく、全身全霊を以て努めてまいりますっ!」

 続いて前に出て、よく通る声を張ったのは、1人だけ礼装ではなくサーコート姿の騎士だった。

 肌はよく日に焼け、赤毛の精悍なハンサムだが、今はガチガチに緊張しているのが良くわかる。あと声がでかい。

「二頭鷲隊のトルニヨキ?それにその姿は」

「へディ」

 へディの火婿が声をかける。顔つきはやや厳めしいが、背筋のしっかりしたイケジイである。

 ご多聞にもれず、とでも言えばいいのか、ヘディの夫たちもみんな揃っていい感じのじいちゃんなのだ。

「彼は精霊城の守護を担う、赤獅子隊隊長のご子息だよ。今回、星降殿の西側の警備主任をしていたそうだ」

「あら、まあ」

 トルニヨキ赤獅子隊隊長は俺も一度面通ししてもらったが、言われてみれば確かに目元の感じとか似てる気がする。

「フレイアート君は、普段は森厳宮しんげんぐうから冷月宮れいげつぐうあたりを警邏してくれているのだが、今回は星降殿の警戒を強めるための増員でね」

「これはきっと精霊のお導きですね。あなたのお父様の事は良く存じあげておりますとも。お父様共々、リリーナを守って差し上げてちょうだいね」

「はい!必ずや!」

 俺はルミネルを避けるため森厳宮には普段ほとんどいなかったので、フレイアートは正直あまり記憶にないが、いい奴っぽいな。声のデカさがバグってるけど。

 フレイアートが俺にパッと顔を向けて、何かを言いかけたその時。

「君のお父上、うまいこと考えたもんだね」

「は?」

 水を差す声が上がった。

「警備の配置換え。一介の騎士である自分の息子を国婿選別に紛れさすのには、いい方法だもの。賢い人なんだね」

「なんだと」

 青いサッシュを肩にかけた、水の守人の言葉にフレイアートが気色ばむ。

 褐色の肌に青い目。小柄でやや童顔だ。

「おやめなさい。あなた、お名前は」

「ああヘディ様、誤解なさらないでください。僕は本心から賢い人だと思っただけで、お叱りを受けるような他意などはありませんよ」

 水の守人は会釈をする。

「僕はオズラク・ファーラールと申します。5代前当主の、主に薬石に関する錬金術の功績により、エッデエッネを拝領いたしました、エッデエッネ伯の次男です。僕自身、錬金術を修め、より多くの人の役に立ちたいと願っておりましたので、この機会に僕の技術がお役に立てれば光栄です。薬石を用いた術は、剣一本より救える命が多いでしょ」

「貴様!さっきから何のつもりがあって俺を侮辱するんだ!」

 オズラクにフレイアートがかみつく勢いだ。

「お2人、いえ!皆さん、宜しいでしょうか!」

 あまり言いたくないが、これからの付き合いを考えれば、仕方ない。俺はフレイアートに負けじと声を張り上げる。

「あっ、リリーナ様。申し訳ありません。大きな声を出して」

 フレイアートはすぐに恐縮したが、オズラクに全く悪びれる様子はない。あと、恐縮してても声がでかい。

「初対面なのですから、初めから無理に仲良くしてくれとは申しません。人としての相性もあるでしょう。ですがせめて、協力し合うという誓いを立てたばかりだという事はお忘れなきようお願いいたします。実際いやでも、協力し合っていかなくてはならないのですから。思慮と思いやりを持ちより、どうか喧嘩はなさらないでください」

 歯を食いしばって全員の顔を見渡す。ぐうっ、こいつらの顔を見て、目を見て話すのはかなりキツイ。

 全員リリーナのラブ琴線にビシビシ触れまくる、キラキラオーラのイケメン揃いである。心の耐久力がゴリゴリ削れる。永遠に見ていて飽きない。

 わ〜目がきれい〜鼻筋〜……じゃなくて!

 これはイマジナリー自前棒も引っ込むわけだよなぁ。おお可哀そうに。

 思わず肩で大きく息をつき、キュッとして苦しくなった胸元を押さえ、うつむいてなんとか自衛する。

 もーこれ以上顔上げんの無理。死活問題。

「僕は、正直を旨としているだけ、なのですが」

 いまだ口の減らないオズラクの声が、それでも少しトーンを落とす。

「お前な、オズラク。銀の乙女にここまで言わせておいてそれはないだろ」

「うん、まぁ、そだね。正直も大事だけど、悪舌は船を沈めるとも言うものね。悲しませるつもりはなくて、その、申し訳ありませんでした、銀の乙女。それからごめんね、フレイアート」

「俺のことはもう、別にいいんだけどさ」

「あーあ、怒らせちゃった」

「怒ってないだろ!」

 オズラクはフレイアート以外とも上手くやれるのか、この性格はちょっと心配だ。

 フレイアートとオズラクはヘディの水婿に諌められてようやく黙る。

「さぁて、あたしの番で良さそうかしらね」

 次に声を発したのは、涼しげに整ったアジアン的な顔つきと、和装とチャイナ服の中間のような、女性用と思われる派手目な色柄の服装の男だ。ちょっと化粧をしているように見えるし、それがやたらと映える。

「あたくしは遥か東、カハクカクの国より、日が昇り、陽の沈むと同じ道筋にて参りました、性はカナタ、名をノワキと申します。此度の慶事にひょいと乗じ、本国より白絹、織物、細工物に酒などお持ちして、東の果ての小国の名を、皆々様にご記憶頂けるように、と。主君より仰せつかった身にはございますが、我が名こそが最大の喧伝材と相成り、んふふ、人生とはわからぬものですね」

 東から来たと謳うような口上、語りに合わせてひらひらと舞うがごとくの袖口に圧倒されかけたが、なんだ、オネエ系か?

 いや、乙女ゲーに出てくるオネエなんて信用ならん。

 攻略対象である以上、なんなら一番の肉食系とまで考えて警戒した方がいいだろう。 

「ふふふ、楽しい方ね。後で織物を見せて頂ける?」

「もちろんですとも、へディ様。ご指定いただければ、どこへでもお運びいたしましょ」

 ノワキは優雅に腰を折り、続いて俺にゆったりと送る流し目が艶っぽい。

「リリーナちゃんにも、気に入って貰えると嬉しいわぁ」

 そ、そういうサービスはやめなさい。ドキドキしちゃうでしょ。

「私はエアルド・マイヘルンと、申します」

 次に静かな声で進み出た土の守人の名乗りに、その場にいた全員、衛兵たちすらたじろいだ。

 マイヘルン。

 へディとリリーナの間にいるはずだった、銀の乙女、ユニ・マイヘルン。

「皆様ご存知のようで、説明の手間が省けます。マイヘルン家は我が叔母、ユニの非命の後、この20年を暗澹たる気持ちで過ごしてまいりました。この晴れの機に、叔母の墓前へ追想の便りを奉りたい、ユニの私物を抱いて共に墓に入りたいと、老いた我が祖父母の是非の願いにより、参上した次第にございます」

 銀の乙女や国婿こくせいに選出されると、いかなる理由をもってしても死後の遺体が祖国に帰される事はなく、全員がブレイザブリグにて埋葬される。

 銀の乙女の遺体は特に “聖骸” とされて、墓荒らしに盗まれ、損壊されて護石や薬として流通し、時に国家間の戦争まで引き起こした、という過去の経緯があるためだ。

 ユニ・マイヘルンは夫の選別前に病没したため、他の銀の乙女たちと同じ墓陵に埋葬され、命日には祈りや花が手向けられはするが、没後すぐの頃から墓前を訪れる身内も友人もなく、さみしい状態だった。

「そうでしたか。あれは本当に哀しい出来事でした。私もほとんど彼女とお話しする機会もないままでしたからね。後で墓陵へ案内させましょう。彼女の私物はそこに収められているでしょうからその時に」

 侍従長のジョスが咳払いをして話を遮る。

「どうしました?」

「お話中に申し訳ありません、ヘディ様。ユニ様の私物は森厳宮に残されております」

「あらまぁ、そうなの。どうしてかしら」

「ユニ様の葬儀を取り仕切っておられたソスリア様が、途中で体調を崩され亡くなられたことと、国婿選別前に森厳宮で亡くなられた銀の乙女の前例がございませんでしたので、私物の扱いについてはほとんど議論されず、そのままに」

「いやだわ、私に誰も尋ねなかったのね。いいえ、忙しくしていたから気を遣わせてしまっていたのでしょう。ハングマン、あなたが覚えていてくれてよかった」

そう言うとヘディはエアルドに向き直る。

「ユニの私物の場所は聞いた通りです、エアルド。扱いについては、ご実家へ送るにせよ、墓陵に収めるにせよ、ご自由になさい。それが初めての例となるでしょう」

「ご高配に感謝いたします」

 最初から最後まで、ハキハキ淡々と仕事の報告のようにエアルドは喋り、それからじっと俺を見つめてきた。

 突然向けられた、ヘーゼルのまっすぐで、どこか熱心な眼差しに、動揺する。

「えっと、何か?」

「は、失礼いたしました。私は叔母の事はあまりよく存ぜぬのですが、祖父母によれば、彼女は極めて健康であったそうなのです。しかし病というものは、旅の疲れや慣れない環境で引き起こされる事もあるでしょう。あなたは、大丈夫だろうかと」

 あ~、心配してくれてるんだ。

「僕的には健康そうに見えるなぁ」

 オズラクが口を挟みつつ、ジロジロと不躾な視線を送ってくる。

 コイツはマジで一回説教しといた方がいいかも知れん。と思ったが、その場にいた全員が俺を注視していた。

 やめろぉ~!みるなぁ~!

「ルミネルちゃんは、リリーナちゃんを良く知っているんでしょ?どこか変なとことか、様子がおかしいと思う事はある?」

 ノワキに振られたルミネルが少々困った顔をする。

「いや、うん。体調が悪そうには見えないのだが、雰囲気は随分変わったと……だが、背負うものが大きくなったからね。多少は仕方ない事なのだろうとは」

 くっ、リリーナモードでも隠しきれていなかったか。

「おかしかったら、遠慮せずはっきり教えてくださいね」

 軌道修正を試みなければ!

「ああ、約束するよ」

 そこでへディの光婿がパチンと手を打つ。

「食事の支度が整ったそうだ。話の続きはそこでしようじゃないか」

 ゾロゾロ連れ立って、食事の用意されている大広間に移動する途中、俺の腹に重厚なドラム音がズズンと響く。

 い、今かよ!

 腹ペコなのに!

 ズンズンと響くドラム音、低く唸るような歌声、【HIDDEN POWERハイデンパワー】のタイトル曲だ。

「リリーナ、大丈夫か?」

 ルミネルが俺の異変に気付くが、その様子から、どうやら音楽は聞こえていないようだ。

 へディを含めた他の皆も心配そうにこちらを見るが、それ以上の反応はない。

 本当に俺にしか聞こえていないんだな。

「ええと、少し疲れたようです。申し訳無いのですが、そこの、黄色の談話室で、少し休ませてください。皆様はお食事をどうぞ」

 そう言い残し、ペコペコの腹を撫でさすり、さっさと歩き出す。

 腕の中でずっとおとなしくしていたアダンデが、俺の周りをぴゅんぴゅん飛びながら追いかけてきた。

 背後で「誰か彼女の侍女を呼んできてちょうだい。それとお水と軽食を用意してさしあげて」と、へディが指示を出す声がした。

 気遣いありがてぇ~~~。





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