第5話 ~そして一か月後~

 森厳宮しんげんぐうに戻ると、来客があった。

 森厳宮は精霊城の敷地の中でも比較的外側、5重の城壁の4番目の城壁内にある。

 逆に精霊城の城下町でも城に近い山手側には銀の乙女や銀結晶、これからは国婿の旅を共にしてきた一部の臣下や警備についていた騎士や兵たちが過ごす為の屋敷があり、銀の乙女の身内であれば訪問許可が降りやすい。

 精霊城に住居を移した後になると、親族であってもおいそれと面会は出来なくなってしまうため、夫の選別までの一か月の間は、銀の乙女の候補を国外から連れてきた身内がこうして訪ねてくる。

 銀の乙女も国婿も貴族や良家の子女から排出されるが、それは政治に深くかかわる知識や学が必要という点、単純に大掛かりな旅には大金が要されるという点、また、魔力が高い人が身を立てやすい世界であるため、結果的に貴族には銀の乙女や国婿の基本資質である魔力の高さが備わっているという点がその主な理由だ。

 リリーナも、自国のトウェストから大勢の護衛を付けてブレイザブリグまで旅をしてきたのだ。

 とはいえあまり大きな国ではない為、手痛い出費である。

「る、ルミネル」

「リリーナ、銀の乙女。本当におめでとう。疲れているだろうに、時間を取ってくれて感謝するよ」

「いやいや、とんでもない!」

 俺がとっさに返した一言に、若干怪訝な顔をしたこの客人は、ルミネル・ヘイワード。

 リリーナの父親のいとこの息子で、リリーナにとっては再従兄弟またいとこにして幼なじみでもある。

 普段腰に佩いている剣は、城内に入る際に預けたようだ。

 ルミネルの顔を見た途端、とてつもなく嫌な予感がした。

 こいつ、すんげー美形なの。

 淡い金髪、涼やかな緑の目、すらりとした体躯、なんか、あの、例えるならば、乙女ゲーの攻略対象様が服着て歩いてる、そんな風采だ。

 さすがはリリーナの再従兄弟と言ったところか。

「コニーから聞いた通り、なんというかその、疲れているみたいだね。顔色が良くないような。こうして顔を見れた事だし、私は早めに切り上げるよ」

 くそ、俺今そんなに変なこと言ったか?

「いいえ、せっかくですから、夕食に招待させてください」

 やばいと思った瞬間、リリーナに染み付いた礼儀作法が噴出してきた。

 俺の精神や反射行動がいともたやすくねじ伏せられる。まさか攻略対象を目の前にして、乙女ゲーモードにスイッチがはいったとか?

 心なしか、胸がトゥクントゥクンいってる。いや、気のせい、気のせいだから!

「ありがとう。君と少し話ができればと思っていただけだから、見ての通り晩餐服ではないのだけど、お言葉に甘えさせてもらおうかな。夫の選別が終わったら、君と食事の席を共にする事もなくなってしまうのだろうしね」

 大丈夫だよ、お前さんは攻略対象だから。という言葉は当然でない。

「ええ、きっとそうなのでしょうね。まさか選ばれるとは思いもよらないことでしたから。でも今日は来てくれてありがとう。あなたの顔を見られて、私もとても安心しました。ずっとこうしていてくださったらいいのに」

「私だってそうしたいけれど、いや、この話はもうよそう。気持ちが暗くなってはせっかくの料理も台無しだからね」

 寂しそうに微笑むルミネルに、リリーナの胸がキュンとする。

 キュン?

 キュンだと????!!!

 まっ!!!ちょっ!!!!

 俺はともかく、この世界の住人であるリリーナは世界のルールに束縛されている。

 そういえば、かれんちゃんは運動が苦手だというような事を言っていたが、ウルフとしては難なく戦い、迷うことなく魔法を行使していた。俺だって、幻象球に浮き出た災禍を治めるのに、理屈など必要としなかった。

 体が勝手に反応する。

 俺の意思など関係ない。体が勝手に反応するんだ。

 それが “正” だと言わんばかりに!

 ウルフが自然に剣を振るうように、俺は自然と攻略対象にときめいてしまう?

 そんな馬鹿な!どうしよう。

 やだよ!?マジでヤダよ!!

「リリーナ?」

 ぬあああああああ!!!こらっっ!ルミネル!優しくそっと肩に手を添えるな!

 ルミネルの温かくしっかりした、すらりと長い指、意外と厚い大きな手に優しく触れられると、リリーナの胸は早鐘のように鼓動は小鳥がうんたらかんたらみたいな事になっちゃうでしょうが!!!!

 あとな、ルミネルの手の詳細解説もいらんわ!!

「大丈夫です。心配かけてごめんなさいルミネル。大丈夫だから」

「そう?」

 にこりと微笑むルミネルはとても魅力的だ。なんなら周囲に、キラキラとしたエフェクトがかかり、花びらが舞い散っているような気さえする。

 昨今のゲームでは特に珍しくも無いが、かれんちゃんの口ぶりでは、おそらく攻略対象全員にcvがついてる、推定フルボイスゲームの【ETERNAL SILVERエターナルシルバー】の攻略対象なだけあって、そのしっとりとした落ち着きある声を聞くだけで、耳から胸、脳にかけて、そわそわ~っとした心地よい何かが通過する。

 すてき……すて、き……に、見えるッ!聞こえる……ッッ!!こんちくしょう!

 俺は女性アイドルも好きだが、男性アイドルとかもまぁまぁ好きな方ではある。

 でもその好きは、イマジナリーフレンドを応援する感覚というか、こういう、こういうコレジャナイのよな!

 その後は無難に食事をして何とかやり過ごした。

 フラグ、立ってないよな!?

 大丈夫だよな!?

 ぜいぜいはぁはぁ!

 いや、好感度を上げる事そのものは極めて大切なんだよ。

 それはいい、それは分かっているが、俺が男を好きになる事なんてない、そもそもありえないから、攻略対象からの好意さえ上手くかわせれば、政治面に気を付けてさえいればいいんだから、ぶっちゃけ楽勝なんじゃねーかと軽く見積もり、自分自身であるところのリリーナ・ポワンスワンが俺自身に及ぼす影響を甘く見ていた。

 いや、正直に言ってしまえば、彼女本来の人格や感情など、完全に度外視していた。一番重要なポイントだったにもかかわらず、だ。

 完全に、甘かった。

 ハッキリわかった。今の俺はどうあがいてもリリーナ・ポワンスワンなのだ。

 魔力や精霊力のいいとこ取りだけなんか、出来ないんだ。

 油断したら、好きになっちゃうんだ。


 うわあ、どうしよう、怖い。怖いよ。


 頼む、保ってくれよ、俺の正気!!


 ウルフになれるまで、それまでは!



 夕食を終え、歓談ののち何事もなくルミネルを送り出し、コニーによって体をきれいに整えられて、まだ時間としては早いが、いつでも眠れるようにベッドが整えられた。

 攻略対象の事で悩みすぎるとあの笑顔のドツボにはまりそうだったので、いったん頭から排除しよう。

 ルミネルとの歓談の最中に竜精晶の話が出たので、その場でコニーにも伝えていたのだが、彼女はさっそくリリーナが比較的よく過ごすであろう各部屋の風通しが良い場所に、竜精晶の置き場としてクッションの入った籠を設置して回ってくれていた。

 卵なら、ずっと温めておくべきかと思っていたが、伝わってくる精霊力の雰囲気から、どうも風通しの良さを求められている気がしたのだ。

「寒かったら教えてな~」

 俺は竜精晶を指先でそろそろと撫でる。

「うーむ、にしてもなぁ」

 ヘディはいい人そうに見えた。が、ウルフかれんちゃんの言葉『あ、リリーナ!言い忘れたけど、気を付けてほしい事があって!ヘディ様は』からメタ的に推測すると、やっぱりおそらく腹黒キャラなのではないか。

 だとしたら表面上いい人そうなのはうなずける。

 けれど、銀の乙女という役割から考えて、ヘディがリリーナを貶める必要などあるだろうか?

 それに確か、かれんちゃんはババア等の悪口的ニュアンスを含むでもなく『ヘディ様』と言ってたんだよな。もっとも、悪役がカリスマ的魅力を持ってる場合、「〇〇様」とファンから呼ばれるケースも実際多い。

 なんだかよくわからないが、とにもかくにも注意だけはしておこう。

 それから、本だ。一体どういう条件であの現象が起きたのかがわからない。

 あの本を持ち出せるか試しに聞いたが、同じ内容の写本は森厳宮にはもちろん、精霊城内のいたるところにセットで置かれており、場所が入れ替わるのは少々…と、難色を示された。多分銀の乙女特権で持ち出しは出来ると思うが、陰で厄介シルバーとか呼ばれたら悲しいからやめておこう。

 確かに参照したい時、つまり緊急時に所定の位置に無いと困るだろし、羊皮紙の本よりはるかに軽いといっても布張り表紙のあの本もそれなりの重さがあった。

 それに、青の談話室でしか発生しないなら、本だけ持ち出しても意味はない。

 しかし青の談話室や特定の本じゃなくても発生条件が揃うならば、機会を失うのももったいないからなぁ。しばらく考えて、思い出す。


「リリーナ様、およびですか」

「あ、コニー。来てもらって悪いね」

「ああもう、あの、そう謝られてしまいますと、立つ瀬がございませんので、ああいえ、私がしっかりしないと。はい、ではご用件を伺ってもよろしいですか」

 自分を奮い立たせながら仕事をするコニー。

 コニーが慣れ親しんだリリーナではなくて、何やら面目ない気持ちになる。攻略対象以外にはやはりリリーナモードは発動しにくいみたいだ。

「う、うん。その、ここに来る時に、荷物の中に詩集を入れたでしょ、小さいやつ……」

 そう言うと、コニーの顔にぱあっと笑顔がさした。

「ええ、ええ、やっぱりお嬢様はお嬢様です。大切な詩集でございますものね、こちらにしまっておりますよ。お休み前に目を通す事が多くていらっしゃるから」

 そういうと、ベッド脇のサイドボードの引き出しから、文庫本サイズより一回り小さく、細くしたような形の詩集を取り出す。

 実家でもサイドボードにしまっていたからな。さすがはコニーだ。

「ありがとう」

 この詩集は全てのページが絹布けんぷで出来ており、絹糸で文字が縫い取られているというとんでもなく手間のかかったものだ。

 リリーナは子供の頃、誕生日プレゼントとして母親からこの詩集を与えられてから、内容をすっかり覚えた今でもほとんど毎晩欠かさず読んでいる、彼女の宝物だ。

 小さいし軽いし、持って歩くには最高じゃないか。

 ありがとう、リリーナママさん!


 ◆


 コレグリアが気を利かせて、精霊力操作の修練は、森厳宮しんげんぐうで行おうかと提案してくれたが、俺は頑なに精霊城へ通って修練したいと申し出ていた。

 理由は森厳宮にいて、ルミネルとエンカウントするような真似は避けたいからだ。

 自分の中の慕情を少しも育てたくはない。

 ただの先送りだという事は重々承知しているが、荒療治とでも言えばいいのか、6人同時に遭遇した方が、案外感情が相殺されて、恋愛感情やときめきが粉々になってくれたりしないだろうか、という泡沫のごとき期待がある。

 だって6股って俺の倫理観には絶望的に合わないんだもん。

 勿論そんな事はコレグリアには言えないから、ヘディの傍で学べる事は多いはず、とか、精霊城で働く他の銀結晶達の顔や名前を早く覚えたい、打ち解けたいなどと、実際その方が良いと思う事を理由に挙げた。

 コレグリアは「そんなにやる気を見せてくれたら、私も張り切ってしまおうかしらね~」と笑い、実際すぐに精霊城内の訓練場を準備し、銀結晶達にも通達して、訓練でまんべんなく顔を合わせられるように手配をしてくれた。

 いやぁ、有能だなぁ。ありがたやありがたや。

 精霊力の訓練以外にも座学や、魔法の使い方なども教わった。

 精霊力と魔法、一体何が違うのだろうかと思っていたが、精霊力とは魔法の根源的な部分であり、うまく説明できないが、『海』が精霊力だとすると、そこから魚を取ったり塩を作ったりするのが魔法だ。

 銀の乙女は、『海』そのものを操る存在なのだ。そう考えると、存在の規格が違う事が良くわかる。

 銀の乙女は精霊力を自在に操ることができる、最強の魔法使いではあるのだが、それゆえ魔法を使うと精霊力が派手に乱れる要因ともなる。

 銀の乙女は精霊力を精霊力のまま扱う方が、向いているのだそうだ。

 荒波を鎮めるのは得意だが、漁獲量を守るのは下手、というイメージだろうか。

 滅多なことで魔法を使うな、と厳重に釘を刺された。

 ちえっ。

 とはいえ全くダメというわけではなく、自分自身に向けた魔法なら、よっぽど強い魔法でない限りはあまり問題にはならないそうな。

 それじゃあ空を飛ぶ魔法はあるか聞いたら、あるにはあるが、空を飛ぶ魔法は強力だからおいそれと使えないと言われた。

 ちえーーーっ。無双のおいしそうなとこ、全部だめそうじゃないか。


 そしてまだまだヘディの足元にも及ばないが、なるべく仕事の手伝いもする事にした。

 ヘディの何に気を付けるべきなのかがわからない以上、近くにいて人となりを観察した方が良いし、それは差し置いても、おばあちゃんを一人で働かせて自分は何もしないというのは、俺はちょっと嫌なんだよな。

 訓練生には訓練生で出来る事もあろう。

 結果、ヘディにも助かると言って喜ばれては、おやつのご相伴に預かったりしている。

 そうやって日々を張り切ってきたが、結局夫選びの前日になった本日まで、再び【HIDDEN POWERハイデンパワー】の音楽が聞こえることもなければ、ベアクマートからのコールも無かった。

 あのピンクパンダ野郎、仕事してんだろうな?


「リリーナ、あなたが熱心で、本当にありがたいわ」

「ええ、ヘディ様。リリーナは本当に努力していますよ」

 水盤を落ち着かせた後、一息つくためにヘディとコレグリアの3人でお茶を飲みながら、そんな話になった。

 褒められるなんて、社畜時代はほとんどなかったからこそばゆい。

「いえいえそれは、コレグリアが本当によくしてくれているからですよ。他の銀結晶の皆さんも、親切ですし」

「しかもこの謙虚さですよ。銀結晶以外にも、侍女や衛兵たちにもリリーナは好かれています」

 かぁ~~っ!うれしい!はずかしい!うれしい!

 一か月もの間、我ながらとにかく頑張ったから、こうした評価は素直に嬉しい。

「私も夫たちに最近顔色が良いと言われました。あなたのおかげで心配ごとも減って、良く眠れるの」

 へディは最初にあった時よりツヤツヤした頬を持ち上げてニコリとするが、逆にコレグリアの顔色が優れないようだ。

「コレグリア、あなたの郷里からいつ役が解かれるのか、帰郷はいつになるかと使者が訪ねに参ったそうですね」

「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」

「構いませんよ。あなたに重要な仕事を任せていますから、助かっているのはこちらです」

「感謝いたしますわ。故郷へ帰っても、政争に利用されるだけです。ここでなら、自分の意思で働けますから」

「そうね。そうなのでしょうね」

 この話はここで終わったが、銀結晶も色々複雑らしい。

 銀結晶は短くて3年、長くて5年程度精霊城で修行して、故郷に帰るのが通例だが、コレグリアは今年で6年目になる。

 一応今年に限っては、精霊城にいる銀結晶は、銀の乙女の婚儀を取り仕切る側に立つ栄誉があるため、まだ良いかもしれないが、それが終われば彼女の祖国がしびれを切らすだろう。

 銀結晶も様々な事情を抱えているが、早く帰って婚約者と結婚したいだとか、帰れば望まぬ結婚が、などと、やはり結婚にまつわる悩みが多いそうだ。

 もちろん結婚の望む望まぬの話を、6人の夫を持つ事になる銀の乙女にする無神経な輩はいない。

 銀結晶になる前と後で考え方が変わるケースも多いそうだ。

 しかし俺としてもコレグリアがそばにいてくれたら、どんなに心強いか。

 へディとその周囲を見ていればわかるが、銀の乙女と対等に接する事が出来るのは銀の乙女だけ。国婿こくせいたる守人たちも、対等とは到底いかない。

 コレグリアみたいな人は貴重だ。

 竜精晶も一緒に可愛がってくれて、最近は殻が透けて中の竜がうっすらと見えるようになってきて、たまに感じる拍動がたまらないと、愛おしんでくれている。

 こう言う情のある人だから、コレグリアが強く望む相手と出会えたら良いのかもな。これから出会いには最高のタイミングが来るわけだし。

 ブレイザブリグが活気付いている。

 もっとも、彼女がそもそも結婚を望んでないとなったら、事情はもう少し複雑だが。

 しかし、俺には素朴な疑問がある。

 銀結晶と言う呼び名、なんか道具、アイテムみたいじゃないか?

 もっとなんか、ほら、銀、銀の使者〜とか、言い方あるでしょ。

 本人たちが気にしてないとか、栄誉を感じてるとかなら良いけどさ。

「さて、リリーナ。今日はもう森厳宮へお戻りなさい。明日は早いでしょう」

「私も早くに迎えに行くから。大丈夫」

 コレグリアが俺の手を固く握ってくれる。

「は、はい」

 辛い。胃が痛い。明日はついに夫が決まる。6人の夫が。

 そんな簡単に、7人の小人みたいに言わないでほしい。

 俺はしおしおと森厳宮へと帰っていった。

 腹いせに、幻象球に浮き出た災禍を極限まで消し去ってから。


 森厳宮の自室では、コニーが実家から持ってきていたドレスやアクセサリーを出して、明日の準備を万端に整えていた。

「本日ルミネル様がいらしたのですが、先程入れ違いにお帰りになられまして、こちらをお預かりしています」

 コニーは俺に蝋封のされた手紙を渡すと、テキパキと外出着を脱がし、晩餐用ドレスに着せ替えられる。

 すっかり慣れてしまった自分がこわい。

「そ、そうなんだ」

 挨拶に来てくれたんだろうな、ちょっと悪いことをした。

「明日はルミネル様も国婿選出の儀式場においでになるそうです。ルミネル様と、リリーナ様双方のご実家のご意向との事で」

 封筒の中身はまさにその事が書かれており、双方の父親の署名が連名でされている。

 リリーナの意思でルミネルを夫に選べないのかと。それが叶えば未来永劫国が安泰であると。

「ですがコニーは、かねがねリリーナ様とルミネル様はお似合いだと思っておりました。仲もおよろしいですし、同郷の夫君なら、なにかと安心できますもの」


 その後は妙な無気力に襲われて、夕食を半分残し、コニーや他の侍女たちに心配されながら、よろよろとベッドに向かった。

 この無気力感の原因は、わかっている。

 ルミネルだ。

 リリーナ はルミネルに淡い想いを抱いていた。

 ルミネルが夫選びに参加してくれる事は喜ばしいが、自分の意思ではなく、家の意向であると言う点に苦しさが込み上げてくるのだ。

 ルミネルに会わないように避けていた間も、実は結構辛かった。リリーナとしては会いたくてたまらない相手なんだよな。

 だからこそ全力で避けて来たわけだが。

 鼻の奥がツンとして、涙が込み上げてくる。

 ヤバい。まずい。却って想いが募ってしまっているのかも。

 なるべく顔を合わせて耐性を付けておくべきだったのだろうか?

 いや、でもそこで万が一、「家の都合もあるが、これは自分の希望でもある」とか言われてみなさいよ。完堕ちする可能性を否定できない。

 間違ってない、最善だったはず、俺は間違ってないぞ!

 少し外の空気を吸いたくなって窓を開けると、夜のひやりと落ち着いた空気が流れ込んできて、気持ちがいい。腕に竜精晶がぬくくてちょうどいい。

 広大な庭の先でなにかが光った気がした。

 暗くてよく見えないが、火が残っていたりしたら大変だ。少し身を乗り出すと、竜精晶がトントンと拍動した。

「あっ、ごめんね。驚いたよね、落としたりしないから」

 俺は姿勢を戻すと、なにかが光った場所に目を向ける。

 そこはすでに暗い。

 外の明かりを見間違えたのだろうか。

 ボヤじゃなさそうでひとまず安心する。

 もしかしたら明日が億劫なあまり、一悶着あってうやむや〜と言う都合の良い流れを内心求めているのかもしれないが、そんな事はもちろん起きない。

 俺は諦めて眠る事にした。

 失態だけはなんとか避けなくては。






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