第4話 音楽と本

 その後すぐに銀結晶たちでは抑え込めない災禍が滲み出したと呼び出されたが、へディと2人で問題なく収めた。

 簡易版とはいえ杖さまさま、非常に体が楽だった。

 その後昼食を頂き、婚儀までの段取りについて聞くために、俺はブレイザブリグに長く勤めているという銀結晶と侍従長が控えている青の談話室へと向かった。

 青の談話室は青を基調とした、落ち着いた趣の小部屋(相対的に他の部屋より小さいという程度の話)なのだが、暖炉から離れた壁一面に作り付けられた本棚が壮観で、思わず目を引かれる。

 リリーナの知識によれば、この世界の本や紙はそれなりに貴重である。

「リリーナ様、こちらにあるのは写本です」

 そう声をかけてきたのは、濃紺のドレス姿の銀結晶である。

「私は銀結晶のコレグリア・ヘゾと申します。光栄にもあなたの補佐を任じられております。何なりとお申し付け下さい」

 コレグリアはそういうと、優雅に膝を折る。あれ、さっき杖を持ってきてくれた銀結晶じゃないか。

 肌はチョコレート色で、髪は黒く爪も普通だが、両目の上半分が黒、下半分が銀色だ。

 その黒と銀の境界が光の加減で赤や緑にきらめき、目を見張る美しさだ。

 非常に背が高く、優にリリーナの頭一つ分は高い。180cmはあるんじゃないかな。背筋よく、雰囲気もキリッとしていてめちゃカッコいい。

「ええと、リリーナ・ポワンスワンです。コレグリアさん、よろしくお願いします」

 悲しき日本人の性により、この世界の礼儀作法を無視して頭を思いきり下げる俺。

 顔をあげるとコレグリアと、その半歩後ろに控えていた侍従長と思しき老紳士が驚き困惑したように視線を交差させている。

 う、しまった。

「銀の乙女が他者に敬称をつける事はありません。頭を下げるなどはもってのほかです。私の事はコレグリアとお呼びください」

「はい、へはは、す、すみません。その、おれ、わたしは何と言うか、銀の乙女に選ばれてから、少し変と言いますかね」

 言い訳にもならない言葉をへらへらと並べると、侍従長が発言権要求の意思を込めて咳払いをする。

「私は侍従長のジョス・ハングマンと申します。ハングマンとお呼びください。あまり思い悩みませんよう。銀の乙女の選別を受けてから、お人柄に変化があった、というような記録はいくらもございます」

「あそ、そうなんですか」

「代々の侍従長や側仕えの侍女が残して来た記録によれば、ですが」

 後に知るところによると、この時の俺は他にも転生してきた銀の乙女がいたのかと考えたのだが、この場合の人柄の変化というのは、居丈高になったり横柄に振る舞うようになったと言う、だいぶ残念な手合いの話らしい。

 リリーナの侍女であるコニーから、リリーナの人柄が少し変わったようだ、との一報を受け、2人は身構えていたので拍子抜けした、とは後のコレグリアの言である。

「あなたの身に起きた心の変化については、さほどお気になさる必要はございません、そういう事です」

 コレグリアが安心して、とでも言わんばかりにこちらに向かって頷いて見せる。

「さて、私は事前に今からハングマンの説明する内容を聞いているけれど、もう一度ここで一緒に聞かせてもらうから、後からでも疑問点は遠慮なく質問して頂戴ね」

 ありがたいことに、コレグリアはちょっと砕けた話し方をする人だった。

 と言うより、俺の様子から、かしこまるのはかえってよろしく無いと判断してくれたようだ。

 しかし、それに甘えるのはよくないだろう。

 かれんちゃんがもっている、リリーナのイメージを壊しては申し訳ない。イメージを壊すにしても、そこはかれんちゃんがすべきことだ。

 とはいえリリーナがどんな子なのか俺は知らないので、言葉遣いや所作は、なるべくリリーナの身についた自然な体の反応に任せておけば、そのうち慣れるだろうと期待しつつ。

 ひとまず俺の努力項目としては、なるたけ語尾にですます付けて、ていねいな言葉でしゃべっとく、ってところかな。

 その程度はさすがに社会人ですからねぇ。余裕っすわ。おほほ。


 さてさて、来月の夫選別から一年後の結婚までのおおまかな流れをハングマンがしてくれたわけが、本来それは、祭礼府という儀式やスケジュール管理をしている部門の役目である。

 ヘディ直属の侍従長である彼が、今回どうしてわざわざこの説明役を請け負っているのかと言えば、へディやその国婿たちを除いて、銀の乙女の婚儀に立ち会った経験がある、残されたほとんど唯一の人物であるからだった。

 儀式の内容を記した書物ではわからない細微に至るまで、ハングマンは記憶しているそうだ。

 記憶力に優れ、真面目で頭の切れる彼は尊敬されるとともに、影では“古文書”などとあだ名されているとかなんとか。

 それから二時間ほどかけて説明を受けてヘトヘトとなったが、ハングマンは同じ説明をヘディや銀結晶たち、精霊城のあらゆる日程や儀式の調整を行う祭礼府、その他関係各位にして回って来たのだというから、ご苦労様と言うより無い。

 内容知りたいお前らが俺のとこに集まれよ、と100万回は思ったんじゃぁなかろうか。

 結婚式がなぜ一年後になるのかが微妙に疑問だったが、この一年間は銀の乙女と6人の国婿たちとの相性を量る期間であるとともに、単純な部分としては、ドレスなどの婚礼にまつわる品々の制作や諸々手配の準備期間という事だった。何せ大掛かりだから、一年後が現実的に見た場合の最速らしい。

 国も人々も色めき立ち、政治も経済も人間も物も大きく動く。銀の乙女はあらゆる意味で世界を揺るがす存在だ。

 ありがとう、またわからない事があったら助けて欲しいと告げると、「もちろんです、仕事ですから」と素っ気なく言ってハングマンは立ち去った。

「彼、あれで照れてるの。かわいいところのある人なのよね」

 コレグリアが内緒だけどね、とウィンクする。

 明日からは精霊の力を操る訓練と、現在精霊城で修業を積み、働いている銀結晶達との顔合わせがあるそうだ。現在100名ほどいるらしいが、今日は疲れただろうから、自分の好きなタイミングで森厳宮しんげんぐうへ帰って良い、ここにある本が読みたかったら好きに読んで構わないから、と告げてコレグリアも去った。

 さっき聞いた通り、この本棚の本はすべて写本で、原本は革張りの表紙に本文も羊皮紙の重厚な作りで、一冊当たりが大きくて重たく、気軽に読むには適していない。専用の保管室で厳重に管理されているという。

 せっかくなので本棚に近付いて見渡すと、ほとんどが歴代銀の乙女の伝記のようだった。

 リリーナがこれまで学んできたような事が、より詳細につらつら書き連ねてある。

 銀の乙女や銀結晶はあの幻象球や水盤を通じて世界中の精霊力をなだめすかすのが基本の仕事だが、直接外に出張らないといけない災害などもあり、その時ああ対処した、こうさばいたと言った事が書かれていて、要するに世界の精霊力がエラーを起こした際の取説となっている。

 なわけで、比較的良くある災害の記載があるものは読みこまれ、すっかりくたびれた様相の本も多い。

 そして、いつでも誰でも参照しやすいように、写本は様々な場所に置かれており、ご親切なことに、災禍の内容を項目分類した逆引き本も用意されている。

 これはじっくり読み込んだ方が良さそうだ。俺は分厚い攻略本が好きなんだ。

 そう思って手を伸ばすと、ふいに“音楽”が聞こえた。

 リリーナの知識にはなく、俺が良く知る音楽が、本棚の一角から聞こえる。

 これは、音がくぐもってこそいるが【HIDDEN POWERハイデンパワー】のタイトル曲だ。

 幻聴?いや、ベアクマートからのコールか?指輪を耳に近付けるが、違う。

 やはり本棚、本から聞こえる。

 音源を探す……あった。

 12代前の銀の乙女 “狐の毛皮” ハラン・ファンの伝記を取り出して無造作に開くと、音楽がクリアに響き、もともと文字が書かれていた紙面に一枚、トレーシングペーパーか、すりガラスでも重ねたかのように、文字がぼやけて読みにくくなっているが、何が挟まっているわけでもない。

 なんだ?インクが滲んでいるのとも違う。

 音楽がどんどん大きくなり、テンポの速い戦闘曲へとシームレスに切り替わる。

 それと同時に、文字が次々浮かび上がる……


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「うっはー、あ~も、マジしんどい」

 ウルフはそう言いながら、火炎の魔法を生成すると、次々と立ち上がる骸骨兵を焼き払い、火を逃れた何体かをロングソードで軽々と薙ぐ。

「雑魚っぽいから良かったけどさ~、とりあえず普通にビビったよね」

 そう言いながらもウルフの足は止まらない。

「楽勝でもキモい事は変わらんのよ。あ、待った待った、この魔法よさげじゃない?」

 言うが早いか、ぶわりとウルフの体を中心に光のバリアが球体状に現れ、その光に触れた骸骨はボロボロと崩れ去っていく。

「あたり!いぇい!いいねぇウルフ君、いい魔法持ってるじゃな~い!」

 気持ちに余裕が出てくると、崩れたのは骸骨だけで、その身につけていた装備品は無事に形をとどめて転がっている事に目が行った。

「おう、ドロップアイテムってやつ?あ~つかさ、こん中から依頼人の息子さんの形見探すの?さすがにちょっとだるいわ、すまんけど」

 骸骨の残した装備品の山を眺めてげんなりする。

「うん、あ、でも待って。この剣とかちょっとボロいけど、適当に拾って町に持ってけば売れるのかな。売れたら何か甘いの食べたいなぁ、きれいな宿にも泊まりたいしぃ」

 そんな事をぼやいていると、不意に悪寒が走る。とっさに足元に転がる木盾を蹴り上げると同時にズダンと重い音が響き、矢の突き刺さった盾が吹き飛んだ。

 矢の飛んできた方向を見れば、骸骨兵数体が弓に矢を番えており、そしてその背後の土が盛り上がったかと思えば、3mはあろうかという、武装した巨大な骸骨が立ち上がった。

「そーきましたか、いやコラ、デカい骨、あんたの首にかかってるネックレスが形見じゃね?あ、じゃ、もしかして依頼人の息子さん?なんてゆーか、育ちがいいですねぇ…?」

 ウルフはそう言いながらも、足元に転がっていた弓と矢を拾い上げ、次々と矢を射て、弓兵を粉々にしていく。

 しかし巨人の骨には撃ち込んでも、ほとんどダメージは通っていなさそうだ。

 ウルフは弓を投げ捨て、巨人の骨に向かって走りながら光のバリアを2重、3重にかける。

 巨人の骨は手にした斧を振りかぶると、空を切るうなりをあげて振り下ろすが、ウルフは飛び込み前転の要領でそれを難なくかわし、回転の勢いのまま飛び上がると、空中で体勢を整え、勢いよく剣を打ち付けた。

 バゴン、グシャ、と派手な音がして、巨人の大腿骨が折れて砕けると巨体は倒れ、ダメージを負った箇所が光のバリアによってさらに細かく分解されていく。

 勝負ありだ。

 周囲に残っていた骸骨の戦士たちもバラバラと崩壊を始める。

「ごめんだけど、これ、もらうよ」

 ウルフは巨人の骨が身に着けていたネックレスを取り上げると、青白い光に包まれた青年の亡霊が現れる。

『あぁ、私は死の恐怖によって、戦場にとらわれていたのだ……父さん、母さん、私は帰ることができなかった……』


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 戦闘が終わり、戦闘曲が徐々に遠のいていくと同時に、本が元来の、12代前の銀の乙女 “狐の毛皮” ハラン・ファンの伝記としての姿を取り戻す。

 パタン。

 俺は呆けて本を閉じた。

 ……かれんちゃん、体が大きく育つことを「育ちがいい」とは言わないと思うぞ。

 それはともかく。

 今のは、【HIDDEN POWERハイデンパワー】で初期にほとんどのプレーヤーが踏むおつかいイベント、『息子の形見』だろう。

 あの後は息子の亡霊が両親へあてた手紙の置き場所を伝えてくれるので、ネックレスとその手紙を持って両親のもとへ行くと、結構いい謝礼がもらえる。

 初期に踏むイベントのわりに難易度が高く、初見殺しとしても有名だ。

 しかし。

「かれんちゃん、結構楽しそうだな~」

 あれが本当に現在の【HIDDEN POWERハイデンパワー】世界だったとして、だが。

 いや、間違いなく、あのカスカスに軽薄なしゃべりは絶対確実にかれんちゃんだろうけどな!

「しかも、普通に能力値高くねぇか?アンチ・アンデッド・サークルって光魔法レベル結構上げないと使えなかったはずだよな」

 正規の方法じゃ、開始二日目の初期に使うなんてまずありえない。しかも、魔法の重ね掛けは不可能だったはずなのに、3重掛けとは、ルール違反じゃないか。

 だが、俺だってすでに【ETERNAL SILVERエターナルシルバー】の正規ルートやイベントを外している可能性が高い。乙女ゲーなのに攻略対象に会うのがスタートから1か月後なんて考えられるか?

 俺がプレイした経験のある美少女ゲームは、どれもこれも初日でメインヒロインと邂逅する。でなきゃ話が始まらないんだから当然だ。

 おそらくゲーム上は ~ そして一か月後 ~ のテロップで飛ばされるはずの期間なのかもしれないが、そんなテロップは流れない。俺はすでに ~ そして一か月後 ~ のテロップの内側を生きるというルール違反を犯しているのだろうか。

 俺は【ETERNAL SILVERエターナルシルバー】のルールを知らず、かれんちゃんは【HIDDEN POWERハイデンパワー】のルールを知らない。

 魔法の重ねがけが出来ないというルールを知っている俺には出来ないことも、知らないかれんちゃんには出来るのかもしれない。

 俺たちは転生したのだ。もう、これがゲームであるなんて考えない方が、身の為という事なのかもな。

 ルールの崩壊したゲームは、もはやゲームとは呼べないだろう。

 それにしても、あっちの世界の様子を思わぬ方法で覗き見してしまった。

 こちら側から覗けるという事は、向こう側からも然りだ。

 あんまりだらしない姿はさらさないように気をつけねばいけないが、かれんちゃんウルフも楽しそうだったことで少し安心したという事もあるし、どの道しばらくはこのまま生きていかなくちゃならないんだから、俺も俺なりにエンジョイしつつ、リリーナの地位や名誉や女子力的な奴をあまり損なわないよう、頑張ってみようじゃぁないか。





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