第2話 異世界転生仲介業者
「え?」
「な、何!?」
驚く俺たち、【
「どもども、ぼく、異世界転生仲介業者やらしてもろてます、ベアクマートちゅうもんです。お2人は、え~と」
そう言って声の主、“人影”がベアクマートと名乗った。声からして、おっさんかなという事しかわからない。
「え……こわ……影……?」
「異世界転生仲介業者??いや、怪しすぎんだけど、とりあえず姿を見せてくれよ……」
俺とウルフはその薄気味悪さに、自然と声が低くなる。
「あ~~、う~~~ん、姿、ですかぁ……ちょっとぼくらの姿、そちらさんの感性だと驚かしてしまうかもわからしませんので……うん、でも、したら、ちょっとお待ちくださいね」
そう言うと、影がガタガタと荒いモザイクがかかったように変質し、モザイクのキメが細かくなり、色がつき、そしてかたちを形成した。
「こんなんでいかがですやろ。こういう、マスコットキャラクター?お2人は日本人さんですさかい、こゆの、お好きでしょ」
目の前に、2頭身くらいのピンクぶちのパンダのような平たい謎生物が現れた。
声はおっさんのままだ。
なんか存在感が雑だな。
「へぁ~……いや、ま、あたしは嫌いじゃないけど……」
「元の姿、そんなにアレなの?」
「アレちゅうのもなんですかね、主観的な話ですけどね、ぼくかて最初皆さんの姿見た時は驚きましたよ。は~なんや、エライ体のパーツ少ないなぁなんてね、これで生きてかれるんかいな、なんて思ったもんですよ」
ベアクマートはハハハと笑いながら、どこからともなく手帳を取り出す。
俺らに比べると、ベアクマートは体のパーツがえらい多いのか……じゃあ、うん。この雑パンダのほうがいいという気がする。なにも贅沢は言うまい。うん。
ベアクマートは取り出した手帳のページをぺらぺらめくる。2人の中間にいるはずなのに、感じる距離がウルフより遥かに遠い。
「ええと、本題に戻りますね。銀髪の女性が秋山鉄平さんで、黒髪の男性は大路かれんさんで、おうてます?」
「え、はい、俺が秋山鉄平です」とリリーナ・ポワンスワン、こと俺。
「かれん、です」やや小声で答えるウルフ・ウェオルフこと、かれんちゃん。
ウルフの中の人、かれんちゃんていうのか。
「この度はこんな事になってしもて、えろうすんません。大変申し訳ないんですが、今のとこ、こないなった原因がわからんのですわ。何とか正常に戻す方法も考えていかなあかんとは思うとりますが、ただまぁお2人がご納得されとる様でしたら、このままちゅうのも問題ございませんので、どないしはりたいか、ちゅうご相談をね、させて頂きたいと。ただまぁ前例のない事ですさかい、今すぐにどうこう出来ひんちゅう点はご了承頂いて」
「ちょっと待て待て待て、ベアクマートさん?順を追って話してほしいんですよ。こっちは何が何だかわかってないんで」
「あぁさいでしたか、ほんなら失礼して、頭から説明さして頂きます。お2人は地球の日本で早世されました」
さらっととんでもないこと言われたぞ。死んだの?俺たち。
「死因についてはぼくの閲覧可能情報に含まれとりませんので、聞かれてもお答え出来かねます。ま、それで、それぞれの魂が異世界転生適合格でしたんで、ぼくら異世界転生仲介業者を介して適合した転生先へとお送りした、ちゅうわけです。ここまでは通常手順通りだったんですわ」
ベアクマートはここで一度ンンッと咳払いをし、胸の前で腕をクロスする。
「ですが、どうしたもんか、行き先がテレコになってまいまして」
「え!?」
「は!?」
「こんなん初めてで、ぼくらもどうしたらええのんか」
つまり、本来ならかれんちゃんがリリーナで、俺はウルフだったって事?
「あの、ベアさん。魂、を送れるなら、今ここであたしら交換とかは出来ないんですか?」
「それが出来たらええんですけどね。ぼくらが扱えるんは、肉体から飛び出た魂だけなんです。せやからまぁ、例えばお2人に、この場で命を絶って頂いて、それで抜け出た魂やったら扱えますねんけど、そんなんしても転生先の肉体の命がないでしょ。死体二つと死霊二体作るだけで……それでどうにかこうにか死後の肉体に魂を入れたとして、新鮮なゾンビ作っただけになってまいますやん。そんなんバレたらぼくは一発免停ですわ!あはは!」
「あのちょっと待って、関係ないかもだけど気になって、ウルフとリリーナの魂はどうなったの?あたし、子供の頃からウルフの人生歩んだ感覚はなくて。途中で乗り移ったっていうか、横取りしたっていうか、記憶が流し込まれただけで……覚えてないだけで、赤ん坊のころからあたしはウルフだった?」
「あぁ、転生すると赤ん坊からスタートちゅうのがまぁ一般的ですけどね、この2人は人生の途中で魂のステージが変わった特殊パターンですわ。ウルフさんは強力な薬品か何かを飲まはって普通の人間の戦士から、超人的な力を持つ戦士に生まれ変わり、リリーナさんは精霊の儀式を経て、銀の乙女に生まれ変わはった。そん時、元々その肉体に宿ってた魂は、別ステージに行かはりましたんで、ご心配には及びません。そちらの担当はぼくじゃないですけどね」
「そ、そっか。魂の世界もいろいろあるんだな」
「よくわかんないけど、乗っ取りじゃないなら安心した~」
「ああじゃあ、その特殊パターンのせいでテレコに?」
「まぁ特殊ゆうても、こういうケースは例のない話でもないんで、テレコが起きた事は別に原因があると睨んどります。で、お2人のご意向ですが、このまま秋山鉄平さんはリリーナさんに、大路かれんさんはウルフさんとして生きてかれる事をご希望ちゅう事でええですかね?」
「……」
「……」
俺とかれんちゃんは顔を見合わせる。
どさくさで何も問題なかったことにしようとしてないか?このクソパンダ。
「いやご希望はしてないだろ」
「そうだよ、本来の転生先がいいよ」
2人の気持ちはひとつ。
「はぁ……秋山さんはウルフさんに、大路さんはリリーナさんになりたい、と」
何でお前がため息交じりなんだ。
「いや当たり前だろ。6人の男との結婚控えさせられた中年男の気持ちがわかるか?」
恋愛感情はなくても良いと言われても、乙女ゲーの主人公として攻略対象に出会うのは正直怖いものがある。
「そうだよ、あたしだって体動かすの苦手だし、おっさんなのがすでに無理だし、めっちゃひげ生えてんのほんとウケるんですけど」
「わかりました。ほなこちらでも調査は進めさせて頂きますが、お2人もご協力ください。世界の“内側”にテレコの原因があった場合、ぼくら“外側の存在”には調べがつかないことがあるので。それと万が一、そちらの方で恣意的に生まれ変わりの手順が踏めるとか、肉体から魂を抜いて生霊化する方法なんかがめっかりましたら、ご連絡くださいね。喜んで差し替え致しますんで」
そう言いながら、ベアクマートがメモ帳にさらさらと何かを書き込むと同時に、右手の小指に細く白い指輪が出現した。
ピンク雑パンダのベアクマートがデザインされている。イラッ。
「名刺代わりにお持ちください。そちら身に着けといてさえくれれば、いろんな情報が勝手にぼくの方に流れてきますんで、なるべく着けといてくれると助かります」
「監視されるみたいでなんか嫌だな」
「どうしても嫌なときは外して頂ければええだけです。落っことしてもすぐ近くに戻りますんで、気軽に外して頂いて結構ですが、些細なことから原因が判明するっちゅう事もあり得ますんで」
「仕方ないかぁ」
ウルフが小指の指輪をいじる。
リリーナと違い、ウルフの指輪はごつく、迫力あるリアルな熊の意匠だ。
俺もあっちが良かった!!
「じゃ、ちょっと繋ぎすぎてしもたんで、いったん遮断させてもろて……あ、そういえば、大事な事をお伝えしとかなあきませんでした。お二人共、これは警告ですがね、自分らが異世界から来たとか、これから異世界に行くとかは他には言わん方がええですよ」
「いや、普通に言わないよ」
「そんな事言い出したら変なやつ確定でしょ」
俺たちは半笑いだったが、ベアクマートの口調は真剣味があるので態度を改める。
「理由は?」
「はい。そんなに数がいてるわけやないですけど、ヤドカリちゅうのがおりますねん」
「ヤドカリ?」
俺とかれんちゃんの声がハモった。
「ヤドカリちゅうのはですね、ぼくらのいる世界の“外側”と、お二人がいるような“内側”の、両方で存在できるやらしい連中です」
ベアクマートは考えるように、一度言葉を切る。
「外側では小さい……ん〜、非常に弱い存在でして、それを嫌ってか、内側に行きたがる奴がたま~におるんです。ただ、内側だとそのままでは長くは生きられない。まぁせいぜい半日ですから、難儀な連中です」
「それで?」
「内側で長く生きるために、ヤドカリをする。内側に生きるものの肉体を、乗っ取るんです」
「きゅ、急に怖い話になるなよぉ」
「ヤドの調達は通常、いわゆる神隠しと呼ばれる、世界の穴に落っこちた人を狙って行うんです。行方不明になって、戻ってきたら別人みたいやったって話、聞いた事ありません?」
「うんうん、ホラーだとわりと定番の話かな」
俺はホラーはちょーっと苦手だから詳しくないけど、そういう展開は確かに怖い。
「それはつまり、ヤドカリに乗っ取られたちゅう事です。ただ、神隠しの穴で待ちぼうけやと、なかなかヤドが見つからんでしょ。ヤドカリは異世界の匂いに敏感です。内側にいるヤドカリは、常に次の新しいヤドを探しとるみたいでして、異世界の匂いがする相手に近づいて来ます。内側にいるヤドカリは、その世界の普通の住人と何ら変わらんように見えますが、そんな話を耳にしたらまず取り憑かれる……付きまといをされると考えてええです」
うげー、怖い。怖いのやなんだって。夜中トイレいけなくなるだろ。
「取り憑かれたら、乗っ取られるってこと?」
「ヤドカリが乗っ取るのは異世界へ落ちて、世界の外側に転げた瞬間か、瀕死で弱り切って、魂が肉体から出かけた瞬間です。準備無しにそこ狙われたら、ぼくらも防げません」
「やだぁ怖すぎるよぉ〜あたし、絶対喋らない」
ウルフがキュッと身を縮める。
うう、ウルフのかわいい仕草はほんとに見ててキツイ……。
「気を付けるよ。ありがとうベアクマート」
普通に喋る事はないと思うが、たとえネタでも口にすべきではないな。
「ほな、今度こそ遮断しますよって」
ベアクマートがそういうと、ウルフの姿が薄まり、リリーナの顔が鏡面に浮き出始める。
「あ、リリーナ!言い忘れたけど、気を付けてほしい事があって!ヘディ様は」
ぶつん
え???
なに???????
そりゃないよ、ウルフ、かれんちゃん!
ヘディって、今現在、銀の乙女をやってる人だよな?
何だろ。
え~~~ッ!そーゆーのやめてくれよ、めっちゃ怖いんだけど!
気になる。気になる!!
だが。
儀式に始まり、コニー、ウルフ、ベアクマート。
この広く薄暗い部屋で口を開く者が誰もいなくなり、うるさく主張するのは取り残された、強い強い疲労感だけだ。
思考力が失われていく。
寝よう。
眠ろう。
もしかしたら、全部夢かもしれないよな?
瞼が急激に重くのしかかるが、ふと、ウルフが口にした「回復アイテムのビスケット」という言葉が脳裏に浮かんだ。
俺は瓶からビスケットを一枚取り出すと、口に放り込む。
甘くて、香ばしくて、サクサクで、秋山鉄平が死んだなんてとても受け入れられなくて、不覚にも泣けてきた。
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