第5話:騎士となる公女

波乱万丈の炎天祭も無事に終わりを迎えてから一週間が過ぎた。

表向きにフレイ・イリスは六歳にして騎士団に入団を果たした。


とは言えフレイはまだ子供であり、騎士団員として任務を遂行することは無かった。しかしその準備段階として本格的に戦闘訓練が始まった。


「よろしくお願い致します」


髪を束ね終えたフレイはそう言って一礼をする。

その相手は──イリス国騎士団第一位、ルアベルト・ヒューズ。現状、フレイを大きく上回る力を持ち、イリス国最強の騎士である。


「今日から私がフレイ様の教育者となるルアベルトだ。この子は私の息子、カリムだ。フレイ様より二つ年上の8つ。この子の希望でフレイ様と一緒に訓練を行う」


一通りの説明を終えたルアベルトはカリムの背中を優しく押す。


「カリム・ヒューズ。得意武器は弓。フレイ様と共に剣を学びたく無理を言った」


彼の自己紹介はたった数秒で終わった。

口下手ではあるが謙虚である、それがフレイの彼に対する第一印象だった。


事実、彼は言葉数が極端に少なく、表向きに感情を出さない子であった。

しかしルアベルトが父親である故に騎士道に通ずる謙虚さを備えていた。


「では早速訓練を開始する。軽く準備運動を」


ルアベルトの指示通りフレイは鞘に収めた真剣を両手で持ち、膝上の太ももに押し付けるように乗せて屈伸を行う。


次に両脇腹を伸ばすように左右に体を曲げ、その次は腹と背中を伸ばす。アキレス腱や足首、首や肩、腕や手首を柔軟させ準備運動を済ませた。


「訓練内容に移る前に先に二人に言っておく事がある」


そう前置きしてルアベルトは二人の前で仁王立ちして告げる。


「二人は個人的目標があるだろうが共通して達成しなければならない事がある。それはこの国の最強を志し、十二士となる事だ」


フレイの目標はむしろそこにあった。

しかしルアベルトの発言からはカリムの目標はそうではない事を予測するフレイ。


フレイはイリスに問われた事を同じように彼に心の中で問いかける。

あなたはなぜ、強くなろうとするの──と。


「では早速模擬戦を行おう。細かいことは模擬戦の最中に言おう。では先にフレイ様」


そう言われ、フレイは真新しい真剣を持ってルアベルトの前に立った。

その剣はフレイ専用に作られた特注品。装飾は一切としてなく、一般的な柄だ。そして特注部分の剣は一般とは大きく違って軽く、丈夫に、剣の幅を少し狭めたものだった。


片剣と細剣の間を取ったような形の剣。それでも片手剣の面影が強かった。

フレイはまだ慣れない柄を握り、鞘から剣を取り出す。


鏡のような綺麗に輝く剣。フレイ自身も見惚れてしまいそうな程だった。


「準備ができたら好きなようにかかって来い」


ルアベルトも鞘から剣を抜き、片手は鞘を握ったまま、片手で剣を構える。

そんなルアベルトは先手をフレイに譲る。


フレイはルアベルトの言葉に甘える事にし、遠慮なく模擬戦を開始させた。


腰の下げる魔法石を一切使用しない素の運動能力のみでフレイはルアベルトとの距離を積める。その速度は一般の大人たちと競争すれば余裕で勝利してしまう程の速度だ。


魔力なしでそこまでの走力を持っていることにルアベルトは多少の驚きと感心はあったものの、日頃から尋常ならぬ訓練を行なっている彼に取ってはあくびができてしまう速度だった。


フレイは譲られた先手を小手調べで正面から剣を振るう。

圧倒的格上に足して小手調べというのもどうかと剣を振るってから思うフレイ。


それでもフレイはたった一振りの剣から多くの情報を得られた。

一つ、彼は手加減をしている。その証拠に今も尚、片手は鞘を掴んでいるから。

一つ、男性であり日々鍛えられた筋肉はフレイ一人など簡単に投げられるものである事。力比べに持ち込まれれば確実に負ける。

一つ、先の一振りでフレイ自身の情報をルアベルトに多く知られてしまった事。


どれだけの情報を見抜かれたが不明だが、フレイが得た情報以上にルアベルトは情報を得たのだろう。


それはフレイを見るその鋭い眼差しから察せれるものだった。


「いい剣筋だ。けどまだ隙が多いぞ」


そう言われフレイが振るった剣を弾き返す。

たった一振り、それだけでフレイは両腕が千切れた感覚に襲われた。


まだ幼いフレイの体は容易に飛んでしまう。


フレイは仰向けに宙を舞う体を後方に向かって回転させて、地面に着地する。


先ほど詰めた距離が元通りになったのだ。

フレイは諦めず、ルアベルトに剣を振るう。


遅い、遅い・・・・・・!


剣を弾き返さぬよう素早く振るう。フレイの思惑通り、ルワベルトはフレイの剣

に対して防御に徹している。


だがフレイはそれは強者の余裕である事を理解していた。


もっと速く、そして力強く!


「はぁぁぁ!」


声を荒げて渾身の突きを連続で繰り出すフレイ。


「なかなかいい動きだ。だが力み過ぎだ。力ばかりに頼りすぎると──」


そう言ってルアベルトはフレイの突きを剣の上で滑らすように捌いた。

フレイの重心は大きく前に傾いた。


「こうなる」


その様子を自身の身を持って体感したフレイ。

一方のルアベルトはその様はさぞ滑稽なのか嫌味な笑みを浮かべていた。


ルアベルトはフレイが転倒した瞬間に寸止めで剣を突き刺すつもりで剣を振り上げる。

だが、ルアベルトは寸止めにすることをやめた。

彼にとって何の根拠もない事。しかし彼の騎士としての経験上なのか、騎士としての勘なのか、どちらにしろ彼に取っては試すだけの価値は十分にあったのだ。


容赦無く振るわれる剣。

しかし背後から振るわれる剣の恐怖はフレイにはなかった。


フレイは転倒しそうな体制の中、右肘を大きく背後に引いて体を捻る。そして柄を持たない手は剣身に添えて、向かってくる剣を横から押し返すように、フレイはルアベルトの剣を細い剣の上を滑らせた。


フレイの転倒前にその剣は地面と衝突し、フレイ自身は剣を捌いた反動で地面の上を転がる。


転がるフレイはすぐに体を起こし、体勢を立て直す。


大人の剣を間一髪とはいえ、完璧に捌き瞬時に体勢を立て直す少女にルアベルトは鳥肌を立てていた。


体勢を立て直しまだ剣を構えるフレイ。


ルアベルトはフレイを試すため挑発をする。


「魔法は使わないのか?」


「これは剣の訓練ですので、てっきり魔法の使用は禁止かと思いました。それにルアベルト殿も魔法を使っておりませんので」


「私は魔法石を持っていない。しかしそれでも魔神を倒す力はある」


フレイはルアベルトの言葉がはったりではない事を知っている。

フレイの父、フィーロス・イリスが国王に就任したばかりのこと。炎天竜イリスが留守の間に魔神が出現。ルアベルトが率いる十二師を筆頭に前線で戦い、ルアベルトがその魔神を討伐したという伝説が今も語り継がれている。


それが伝説の空想の物語ではなく事実である事はフレイが幼い時、フィーロスに語り聞かされたのだ。


フレイはルアベルトが何か力を隠している事を予想する。

それがスキルである事を結びつけた。


魔神を倒すほどのスキルであれば固有スキルであることは間違いと推測。


スキルを見破る事ができるのは初手の不意を突いた一撃。

そこで失敗すればスキルを看破するのは難しい。


フレイは腰を深く落とし、剣先に神経を集中させた。


息を深く吸い込み、吸い込んだ息をゆっくり吐く。


身体を巡る魔力を意識し、身体強化を自身と剣に施す。

同時に腰に下げる魔法石に魔力を込め、力を具現化させる。


急激に魔力の増幅を感知したルアベルト。

その魔力量はすでに大人を超える量であり、子供には身に余る量であり、自身を崩壊しかねない量だった。


しかしフレイはそれを完璧に制御している。


そして密閉空間であるはずの訓練室に風が流れ、フレイの剣に収束していた。


そんなフレイはルアベルトが瞬きした瞬間、姿を消した。


消えた。一体どこに。


ルアベルトは目視でのフレイを捉えるのを諦め、気配で察知するようにした。


何も感じない。何処にもいないだと?


ルアベルトはフレイの気配が全く感じ取れないことに驚き、焦っていた。


そんな中、ルアベルトの頬に細い糸のような、穏やかな風が頬を撫でた気がした。


ルアベルトはその直感に従って振り返り、剣を振るう。


振るった剣の先にはフレイの姿があった。

騎士の直感というのは今まで積み上げてきた経験上で成るものだ。

外れることは滅多にない。


そう滅多に無かったのだ。


ルアベルトが剣を振るうと防御に剣を構えるフレイ。剣と剣が衝突するかと思いきやフレイの剣もフレイ自身もルアベルトの剣がすり抜けたのだ。


幻影だと・・・・・・。


そしてあまりの事態に思考が追い付かずでいるルアベルトの背後から風魔法を纏う少女、フレイの姿があった。


ルアベルトはしてやられた、と思うと同時に心の底からフレイの剣術と魔法の才に感心した。


その才に評価してルアベルトは己の力を発動させた。


固有能力ユニークスキル・空間支配


無詠唱で発動されたスキルは無防備でいるルアベルトに剣を突くフレイの動きを止めたのだ。


フレイはあと数十センチの間が埋められず、どれだけ力を込めても剣がびくとも進まない事に驚きを隠せなかった。


そして二人は同時に察した。

フレイはルアベルトのスキルが空間に干渉するスキルである事を。

ルアベルトはフレイがスキルの空間支配を理解した事を。


フレイは続けて剣を振るい、魔法を酷使しようと考えるが、それより先に──


「ここまでにしよう」


ルアベルトが口を挟んだ。


「私をここまで追い詰めたのだ。上出来だ。特にさっきの幻影魔法で裏を突く作戦は良かった。訓練場全体を風魔法で満たし、自身の気配を隠すのも良かったぞ」


フレイは先の一撃までの一連の作戦を全てルアベルトに理解されている事に少し悔しさを感じていた。


「だが今のフレイ嬢は正面からの剣がダメだ。まだ幼いから体が仕上がっていない上に相手が大人だったから仕方がないが──


「では父上、ご提案なのですが」


ルアベルトのアドバイスに割り込んできたのは先からずっとフレイの訓練を見ていたカリムだった。


「この後、一度休憩を挟んだ後、僕とフレイ様で模擬戦をするのは如何でしょうか?年も近い僕なら、正面からの太刀打ちに丁度いいと思います。如何でしょうか?」


カリムの提案はフレイにとっても魅力的だった。

年の近い世代の剣を見た事がないフレイにとっては好奇心がくすぐられるのだ。


「二人がそれでいいなら構わないぞ」


「ど、どうしますか?フレイ様?」


カリムは少し緊張した様子でフレイに尋ねた。

もちろんフレイはその提案に頷く。


「もちろん、構いませんが、年下に負けても泣かないでくださいね?」


生意気にもフレイはカリムの心身を考慮した。


「ご心配なく。フレイ様が僕の実力など当に超えていることは存じております」


それを聞いたフレイはふと疑問に思ってしまったのだ。

その言い方はまるで最強になることを諦めているような言い方だ。


なら、貴方は何を追い求め、強くなろうとしているのですか、と。

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