第3話:炎天竜と公女

初夏。それはイリス国に毎年訪れる祝い時の合図でもある。


この日フレイ・イリス、6歳は初めて王宮の外、民たちが住まう市場に足を運んでいた。


「あまり遠くに行かないでくださいね」


これで何度目の念をリーナスから押されたのか、フレイは聞き飽きてしまい、生返事をする。


「分かってるよー」


フレイは賑わう市場を遠目で眺める。


多くの人で賑わい、たくさんの人の笑顔が溢れていた。

フレイの思わず好奇心が爆発しそうになるが、ついさっき、生返事をしたばかりなのでグッと我慢をした。


「いいですか、フレイ様。今回国王様から許可をいただいたため、式の準備までの間、市場で世間を見て学習をするのです」


まるで教員のような事を言うフレイの世話係のリーナス。

しかし彼女はそう言ってから笑みを溢して続けてフレイに言う。


「──まぁ、これは建前で。炎天祭、楽しみましょう。お小遣いも多めにもらってありますから」


リーナスの微笑みにフレイの好奇心は爆発する。


「リーナス、私、あれが気になる。早く行こ」


見た事のない食べ物や品物が並んでおり、フレイの好奇心を擽らせ、

リーナスの手を引いてフレイは市場を駆ける。


この日、猛暑の中、年に一度に開かれる炎天祭が開催されたのだ。



「炎天竜・イリス様の御成」


毎年変わらない形式で炎天竜イリスが謁見の間でもある大聖堂にて、パイプオルガンの演奏と共に人の姿で人目に触れるのだ。


紅色の髪と瞳をした15歳程度の見た目の少女がゆっくりと赤いカーペットの上を歩く。


フレイは初めてその姿を見たわけではないのに、なぜか紅蓮に輝く少女から目が離せなかった。そのわけは恐らくフレイの心境に変化があったから。


騎士団最強の十二師になることを志すようになったフレイ。強さを求める彼女に取っては炎天竜・イリスは絶好の機会であると感じたのだろう。


例えそれが無謀すぎる相手でもだ。


「炎天祭、開会の儀。炎天竜・イリス様からおことば・・・・・・」


司会進行が言葉を詰まらせる。


本来ならここで炎天竜・イリスが話をする予定なのだが、一人の少女によってその進行が止められた。


「フレイ様、お下がり下さい!炎天竜・イリス様の前です」


側にいたリーナスが小声でフレイを引き戻そうとするがフレイは聞こえないフリをした。


「イリス様、ぶれいをしょうちでお願いが、ございます」


「フレイ、式の途中だ。下がりなさい!」


フレイの父親である国王がフレイに叱りながら告げる。

しかしフレイは国王の言葉を押し切ってでも固い決意をしていた。


それを知ってか知らずか、イリスは片手を横に広げ、国王を静止させる。


「よい。ひとまず話を聞こう」


「感謝、いたします。私はイリス国国王フィーロス・イリスが娘、フレイ・イリス。私と模擬戦をしていただきたくぞんじます」


片言ではあるが貴族としての言葉使いは様になっている。だが式場にいる貴族らが騒然とし、その様を貴族達は気にも留めなかった。


「フレイ、身をわきーー


「いいだろう」


フレイの父、フィーロスが弁えよと唱える前にイリスが承諾した。


「い、イリス様?」


流石の事態に国王の妻、シーラも思わず声を大にして驚く。


「ただし・・・・・・」


イリスはそう言って、近くにいる護衛警備の二人の騎士の剣を勝手に抜き取り、一本をフレイに投げ渡す。


金属音が会場に響き渡る。その音は会場内を静寂に包んだ。


「模擬戦ではなく、真剣勝負だ」


「イリス様、娘はまだ6歳です。いくらなんでも真剣は・・・・・・」


「フィーロス、シーラ。貴様らがこの子の親であるなら責任を果たせ。親として子供の成長を見守れ。ここにいる者全員、手出しは許さぬ。一時も目を離すな。たとえ我が娘がどんな姿になっても、目を逸らすな」


念を指すようにイリスは告げる。

その後、イリスはすぐに剣先を膝をつくフレイに向ける。


「剣を取れ。力を求む少女よ。我がその力を試してやろう」


その言葉にフレイは心から震え上がった。恐怖ではないのだろう。それはきっと武者震いなのだろう。

フレイはドレスの脱ぎ、下に着ていた戦闘服姿になり、お洒落した髪を解き、ポニーテールに結び直す。髪ゴムが弾く音を響かせてからフレイは迷わず震える手で剣を取り、震えながらも大きく息を吸って、ゆっくりと瞼を閉じた。

ゆっくりと息を吐いて高鳴る鼓動を落ち着かせてから剣を構え、そっと瞼を持ち上げ、イリスだけを直視する。


その鋭い眼光に何を感じたのかイリスは「良い眼だ」と溢すように言ってから剣を構える。


「かかって来い」


イリスは不適な笑みを浮かべながら合図を告げる。


「いざ、参ります!」


合図に答え、フレイは地面を蹴ってイリスとの距離を詰め、初手の一振りを行う。


縦に大きく振りかぶって振り下ろされる剣はイリスにとって片手で事足り程度だった。


炎天祭の式典会場に縁もないはずの激しい金属音が響いた。


たった一振りでフレイの実力に会場内全員が驚愕に満ちていた。


とてもじゃないが6歳児が成せる技ではないからだ。


大人用の剣をそれも全力で振り切るのは大人でも鍛錬なしでは長くは続かない上に一振りも難しい。


一振り出来たとしても剣に力が伝わり切らなかったり、体勢を崩すことが大半である。


それを6歳児が息をするように成したのだ。当然、驚愕を隠せずにはいられない。


しかし唯一の例外として人間社会の一般常識を知らぬイリスだけは、剣の才能がある事に少し驚く程度だった。


イリスはフレイの剣から伝わる体重の乗った剣の軸をずらすように右後ろにフレイの剣を逃した。


重心が前に倒れるフレイを気にもせず、イリスはその首目掛けて振り下ろす。


寸止めをして早々に試合を終わらせようかと考えていたイリスだが、予想外にも、フレイは体捻り剣で弧を描き、イリスの剣を弾き返す。


体を捻り仰向けに宙に浮くフレイは、その勢いのまま片手を着いて後転する。


尋常ではない運動神経。本当に6歳児か?

そんな疑問が浮かぶほどの才をイリスは感じていた。


一方で両親であるフィーロスとシーラは後転し終え体勢を立て直したフレイの背中を見て、首の皮一枚繋がった事に安堵し、逞しく育ったその姿に嬉しく思い、ごちゃ混ぜになる感情を抑えるのに必死だった。


そのもう一方でフレイは圧倒的格差に高揚していた。

私はもっと、強くなれる、と。


フレイはもう一度地面を蹴って飛び出し、イリスとの間を詰め寄る。


イリスはまた同じ構えと蹴り出しに単調的な攻撃であることを見抜き、次の一手で勝ちを確信


そう、楽観的に考え、油断をしたのだ。


フレイから見てもイリスを上手く罠に嵌めれたように映っていたのだ。


フレイはイリス目の前、直前、右足で地面を強く踏み、急ブレーキを掛けてから体内の魔力を巡らせる。


“身体強化”


無詠唱と共に発動する魔法はフレイの体を、運動能力を強化させる。

ブレーキをした事に後ろに傾いていた重心をもう一度前に持ち直して、ブレーキをした右足に力を込めて、イリスの背後に向かって飛び込んだ。


それは思いの外上手くイリスの背後をとり、今度は左足でブレーキを掛けながら、フレイは片手で握る剣を右方向に振りながら、左手で重心を保つ。


6歳児であることに油断をしていたイリスは一瞬にして目の前から姿を消し、背後で剣を振るう少女に驚愕以外に何も感じなかったイリス。

魔力を自覚するだけでなく、それを使いこなす。剣だけでなく魔法まで才を持っているのか・・・・・・少し楽しめそうだ。


イリスはそう思いながらも反射神経のみでフレイの剣を防ぎ、力一杯に押し返す。


フレイは力の差をすぐに理解をし、重心を保つことが不可であると推測し、重心を保つ事を放棄し、受け身を取るためにも剣を両手で握りなおす。


イリスの押し返す力に対し、6歳児の体はあまりにも軽すぎたために、フレイは高さ三メートルまで宙に浮いてしまう。


自由落下でうまく着地する見込みを速攻で立てるが、イリスがフレイの元に寄ってきた。フレイの着地と共に振るうつもりなのはフレイにも予測できた。


フレイは即座に別の方法で着地する選択をする。


剣を引き、フレイの着地同時、それは大きな隙を見せた瞬間でありイリスは迷わず剣を振るった。


フレイの足はまだ地面に届いていなかった。このままではフレイの体が上下に切られてしまう。


しかしフレイの足は何かを踏み、イリスの頭上を飛び越えた。


“結界魔法”


フレイは結界を足場にしてイリスの剣を飛んで避けたのだ。


しかしフレイの中ではこれは酷く誤算だったのだ。

なぜならフレイが扱える魔法は共魔法である“身体強化”と“結界魔法”の二種類のみなのだ。

属性魔法は魔法石が無ければ使用できない。


魔法石を持たぬフレイはこれ以上の魔法を使うことはできず、無策となってしまったのだ。


しかしフレイは今、この瞬間、勝ちをぎ取れば誤算など有耶無耶になると考え、跳躍から着地後、すぐにイリスに反撃を行う。


さっきよりもさらに身体強化を自身に施し、さっきよりも素早く、イリスに連撃を行った。


どの方向からの素早い剣撃も受け流されてしまっているが、フレイが優勢である現状に勝利を見出していた。


このまま攻め切る!


その闘志をフレイは瞳に灯す。


イリスはその瞳に鳥肌を立て、その事に自信に問いかける。

これは高揚か・・・・・・違う。歓喜・・・・・・いや違う。

悪寒・・・・・・悪寒なのか?何に。少女に対して。

なぜ・・・・・・6歳児が持つべきではない闘志の瞳と強さを求む感情に、だ。


納得の回答を得られたイリスだが今もフレイに攻め続けられていた。


何度も、何度もフレイは素早く剣を振り、優勢を保ちながら、四方八方、イリスを中心に高速移動しながら背後を取っては剣を振り、受け流されを続ける。


──次で決める!


その決死の覚悟でフレイは大きく踏み込んだ。


そしてもう一度唱えた。


「──身体強化」


その呟くようなそれでいてはっきりとイリスに聞こえる声でフレイは詠唱した。


それを聞いたイリスは背後に神経を集中させた。

数秒後、そこにフレイの姿は現れなかった。


フレイはその場から動いていなかったのだ。


──はったりだったか。


「はあぁぁぁ!」


甲高い声を上げ、力を振り絞るフレイ。その姿に少し焦るイリス。しかし今更焦っても手遅れだった。フレイはすでに剣を振り始めていたのだから。フレイの剣は間も無くイリスの喉先で止まり、勝ちを成してしまう。


イリスはそれでも良いかと思ったが、先の闘志の瞳が脳裏に走り、思い止まる。

その時、フレイの剣はわずか数十センチまで迫っていた。


──行ける!そう確信したフレイ。


その瞬間、イリスとフレイの剣の間に、何もない空間から炎がフレイの剣を阻み、フレイの剣を、フレイの手を炎で包まれ、フレイの全てを炎が飲み込もうと襲ってくる。


「あっ──!」


フレイは急いで後方に飛び、襲ってくる炎から逃げ切った。

炎はすぐに消えてなくなった。


イリスの炎属性の魔法である事を必死で理解しようとするフレイだが、痛覚が敏感な幼女の体にとっては、それも初めての軽度の火傷が酷く手を焦がし痛み、膝を付いて涙を浮かべずにはいられなかった。


イリスはこれ以上の戦闘は不可と考え、最後にフレイに問う。


「フレイよ。お前はなぜ力を求める。なぜ戦う。本来なら元気に遊び、勉学に励む年頃だ。なぜ強くあろうとする」


フレイは溢れ出る涙を必死に堪えながら、声を振り絞った。


「十二士に、なるためです」


十二士?何の事だ。イリスは疑問符を浮かべる。しかしこの国の騎士団の上位十二人の称号である事を思い出したイリスは続けてフレイに質問を重ねる。


「なら十二士になってどうする。その先、力を求めた強さを手に入れその終着点は何だ?」


「・・・・・・」


子供には難しい質問だったか?

そう思うイリスを一方にフレイはその質問を考えていた。


私は強くなって何がしたいのかな。力を手に入れたそのしゅうちゃくてん、終わりって意味だよね。力を手に入れて何を終わりにするかって事だよね。

終わり・・・・・・か。


「難しい質問だったな。勝負は終わりだ。今すぐ治療をしてもら──


「まだです!」


息が詰まるような戦いが終わるのだと誰もが安堵し、騒然とし始める会場に甲高い声が響き渡り、静寂を包み込んだ。


「まだ、負けていません!」


涙を浮かべながらも痛みを堪えながらもフレイはイリスに剣を向けた。


「私は、まだ、負けてません!」


枯れるほど泣いたのか、あるいはその瞳に宿る闘志が涙を枯らしたのか、フレイは目尻に泣き跡だけを残していた。


今も、火傷の傷は痛むはず。幼児が耐えられる痛みはとうの限界を迎えている。

しかしフレイはそれも耐えなければならない理由がある。

それはイリスも感じ取っていた。


フレイは一度深呼吸をし、痛みで震える手を押さえ込んでもう一度大きく息を吸って、もう一度大聖堂にその声を響かせた。


「私の名はフレイ・イリス。この国の公女であり、十二師を志す者。私は今も力を、強さを追い求めています。そこに終わりなどありません!」


フレイの声のみが大聖堂内を反響する。

誰もがフレイの声に耳を傾ける。


「私は、ここにいる者、民を含む、全ての人をあらゆる脅威から守るために、この国を更なる安寧あんねいの地にするために終わりのない、力を、強さを求めるのです。そのために今、ここで負けを認めることはできません」


イリスはフレイの言葉に酷く自信と似ていることに少し驚く。

しかしフレイの意思とは反対に体は限界を迎えている。

フレイが納得する方法で早々に勝負を決着させるべきとイリスは判断し、手のひらに炎を作り、口を開く。


「それは力無ければただの戯言だ」


イリスは手のひらをフレイに向けて魔力を爆発させるように放つ。

魔力は魔法石によって属性が付与され、豪炎がフレイを襲う。


フレイは即座に結界魔法を展開する。

フレイの周辺は豪炎に包まれ、赤いカーペットは灰すら残らず消し飛ぶ。


展開する結界魔法はフレイの魔力量では当然防げる炎ではない。


すでに罅割れ、熱風と一緒に炎がフレイの身を焦がすのだ。


「フレイ!もうやめなさい!十分、あなたは十分に戦ったわ!」


見ていられなかったのだろう。シーラが豪炎に包まれるフレイに悲惨な声を上げる。


「そうです。フレイ様お一人で抱え込まないでください!」


シーラに続いて声をリーナスも声を上げる。


「私はお母様もリーナスも守りたいのです」


フレイの苦し紛れの声が豪炎から響く。


しかしイリスの想定ではすでに魔力が尽き、気絶をしているはずだった。

結界魔法で全力で防御したとしても、声を出せるほどの余力など残るはずがない。


イリスは違和感を覚えていた。

それはフレイの様子だけでなく大聖堂の空間にもだ。


──風?


豪炎が放たれる熱波とは別の風がイリスの髪を靡かせていた。


「どれだけ痛くて辛くても、守りたい人達がいるから、公女として、騎士として──


イリスが放つ豪炎が乱れ始めた。同時にフレイの魔力量の上昇を感じ取れた。そしてイリスは一つの仮説を立てた。



──剣を取って最後まで戦うのです」


その強い意志に反応してイリスとフレイの魔力が衝突し、豪炎が消し飛んだ。

イリスは自分が建てた仮説が的中した事に微塵も喜べなかった。


「フレイ?」


「フレイ様?」


シーラとリーナスの呼びかけにフレイは反応しなかった。その代わり、その場に立ち上がって、微笑みを返した。


「まさか、フレイ・・・・・・」


イリスの背後でシーラの隣にいるフィーロスが驚愕していた。

それもそのはず、この日フレイ・イリスは史上最年少にして魔法石を手に入れたのだから。

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