第2話:騎士団志望公女
「1、2、3、1、2、3」
手拍子と共にリズムを刻まれる。
そのリズムに合わせて見に纏うドレスをヒラリと舞わせる。
重いドレスを着て、ぎこちない社交ダンスをする一人の少女の名はフレイ・イリス。6歳になったイリス国第一公女である。
少女は最後のカウントに乗って、ドレスの裾を持ち上げ会釈してダンスを終えた。
「ふむ、通しで舞えるようにはなったものの、まだまだですね。今日の練習はここまで」
「ありがとうございました」
クリハはそう会釈をして更衣室に移動した。
「あつい、それにおもい・・・・・・」
少女はその道中で決して講師の前では言えない愚痴をやっとの思いで溢した。
更衣を終えたフレイの迎えたのはリーナスだった。
「お疲れ様です、フレイ様。お茶の準備ができています」
「ありがとう〜、リーナス」
溶けてしまいそうな声でフレイはリーナスの案内に従う。
「随分とお疲れですね?」
「うーん。すごくつかれた・・・・・・」
体を動かすことが好きなフレイだが、礼儀作法が大の苦手であるゆえに社交ダンスも苦手意識があるみたいだ。
そんなフレイの目の前に紅茶が置かれた。
「どうぞ」
「ありがとう」
フレイはカップの取っ手を摘むように持ち、紅茶の香りを楽しんでから、紅茶を口に含んだ。
「ふふっ」
そんなフレイを微笑んで見ているリーナス。フレイは気になって仕方がなかったようだ。
「何か変だったか?」
「いえ、随分と様になっていると思いまして」
「うーん」
どうやらフレイは気が付いていないようだ。事実として少し前まで砂糖無しでは舐めなかった紅茶を今では無糖で楽しめるようになっているのだ。
「リーナスがいれる紅茶はおいしいからかな?」
「まぁ、御口が上手ですね」
「でも、まだ茶葉の違いがわからない」
「それは
「そうなの?」
「えぇ、焦らなくても大丈夫ですよ」
「わかった」
そう言ってフレイは残りの紅茶を初夏を運ぶ風に吹かれながら楽しんだ。
そして紅茶を飲み終えたフレイは静かに立ち上がり、王宮を背に歩き始めた。
しかし気配を消しきれなかったのかリーナスはそんなフレイに気が付き、声をかける。
「フレイ様、どちらに?」
「ギクッ!」
リーナスに声をかけられ思わず肩を上下させたフレイ。
「ちょっとやぼ用が、あって・・・・・・」
「そんな言い訳どこで覚えたんですか?」
「お父様がお母様によく言ってた」
その質問には正直に答えるフレイ。
「国王様ったら」
それを聞いたリーナスは思わず頭を抱えた。
リーナスは教育に悪いことは謹んで欲しいと呆れていたのだった。
「それじゃ、私はこれで」
そう言ってフレイはリーナスに背を向ける。
「フレイ様?騎士団に入りたいのならまず座学からですよ?」
そう言いながら忍足で騎士団の方へ向かおうとするフレイの襟をリーナスは公女と知って掴んだのだ。
「騎士団の入団試験の合格基準は座学200満点中八割の160点以上、実技は100点満点中、九割の90点以上です。フレイ様、この前の座学の100点満点中、幾つでした?」
冷や汗をかくフレイに般若の如く形相で背後から睨むリーナス。
「・・・・・・28点(ボソッと)」
それを聞いたリーナスはため息をついた。
「尚更この空いた時間も座学に当てるべきなのでは?」
「わかったよ、リーナス。座学も頑張るから、とりあえず離して」
リーナスは不貞腐れたフレイの様子を見てもう一度ため息をついてからフレイの襟首から手を離した。
そしてリーナスは片付けの続きを始めた。
フレイはその様子を見て思わず笑みを浮かべていた。
"身体強化"
脳内で詠唱し、体内に巡る魔力を自覚してから魔力の巡りを速める。
「──!」
しかしリーナスはそれにいち早く気が付く。
いや勘違いをする。
リーナスはフレイの世話係。故にフレイの身の安全の確保のため、戦う事はできないものの知識だけはあったのだ。
魔力反応?それも王宮内で?それにとても近くから。・・・・・・まさか、フレイ様の命を狙った暗殺者?
「フレイ様、私の元へ。今すぐ王宮に避難を──」
そんなリーナスの言葉に耳を貸さずフレイは地面を蹴っていた。
そして一般人ではあり得ない速度でフレイは騎士団の方へ走って行ったのだ。
「今の魔力、フレイ様の?まさか・・・・・・、でも・・・・・・、まだ6歳ですよ?まさかもう既に魔力を自覚しているのですか?」
一般的に体内に存在する魔力を自覚するのは10歳以降と言われている。
その一般常識がリーナスを困惑に貶めていた。
しかしそんな困惑よりも早くフレイの元に行かなければならない事をリーナスは思い出し、メイド服のロングスカートの裾を持ち上げ、駆け始めた。
リーナスを置いて騎士団に到着したフレイ。後方にリーナスの影がない事を確認後、フレイは外で訓練中の騎士団の元に駆け寄る。
「お、フレイ嬢、今日も一緒にやってくか?」
「うん」
フレイはそう言って着ていたドレスを脱ぎ、下に来ていた運動服に早着替えする。
「フ、フレイ嬢、更衣室あるからせめてそこで着替えないか?」
「ん?でもこの方が早いだろ?早く始めよう?」
「そう言う問題じゃ・・・・・・」
そう言って頭を書く男は騎士団の一平兵の教官を務めるルイ・スイ。
しかし気にしても仕方がない相手であるのでルイは諦めることを選択した。
「それでは訓練を始める。まずは素振りから!」
ルイは度が効いた声で指示を出す。
「「1、2!1、2!」」
一平兵が声を合わせて素振りをする。
「1、2!1、2!」
そんな中一人、公女の声が目立って響く。
フレイが木剣を握るのはこれが初めてではない。しかしそれでも片手で数えられる程度にしか触っていないが、一平兵を遥かに上回る程、様になっていた。
ルイの目には溢れる才能に何度見ても驚きを隠せないみたいだ。
そして二十の素振りを終えた一平兵たち。
「次は模擬戦だ。3人1組で一人が審判をしろ」
「「はい!」」
「フレイ嬢は私と模擬戦をしよう」
「分かりました」
そう言ってフレイはルイと対峙した。
一方でルイはたった三日で様になった素振りができるようになっているフレイに表には出さないものの酷く驚いていた。
そして今、何の躊躇もなく木剣を構え、6歳の幼女から闘志を感じ取れることに冷や汗を掻いていた。
恐ろしい剣の才能を感じる・・・・・・。
一平兵の教官に長く就いているルイはその経験から、フレイから滲み出る恐ろしい才能を感じ取っていたのだ。
ルイは木剣を構えてフレイに「好きなように飛び込んで来い」と言った。
フレイは静かに頷き、瞳を閉じて暗闇の中で深い深呼吸をする。
そしてゆっくりと持ち上がる瞼から鋭い眼光がルイに鳥肌を立てた。
フレイは地面を蹴ってルイに飛びかかり剣を振る。
「やぁ!」
そう叫ぶフレイ。
フレイにとっては精一杯の一振りをした。
しかしそれは大人であるルイにとっては酷く遅く、威力も柔そのものだった。
半分も満たない力でルイはフレイの剣を弾く。
体制を崩しながらも何度も剣を振るうフレイ。
相手が6歳の女児であることを思い出し笑止するルイ。
しかしそんなルイは何度も木剣を振るうフレイに違和感を感じた。
体制を崩すために足、武器を落とす小手、致命的攻撃となる胴、確実に決着が付く、首と頭部。
一度として攻撃箇所を教えた覚えがないルイは、固唾を呑む。
さらにフレイが振るう木剣の威力が徐々に上昇していた。
一振り一振り、学習を行っているのか?
ルイはそんな6歳児には不可能な事を考え込む。
しかし常識的にそれはあり得ないとすぐに脳内で否定する。
なら、残る考えは一つ。無意識で学習しているのだろう、と。
本当に恐ろしい才能だ。
ルイは思わず笑みを浮かべてフレイの剣をフレイ諸共後方に弾き返して口をひらく。
「フレイ嬢。お前さんの本気を見せてくれ。そして取れるなら俺から一本取ってみろ」
「わかった」
体制をなんとか保ち続けるフレイは言った。
フレイは足を前後に大きく開き、両手で握る木剣を、左肘を右後ろに、右脇を開いて、柄を持つ右手から肘までが地面と平行にして木剣を自分の顔の横で高く構えた。
変わった構えだ、そう思いながらも腰を落としてフレイの攻撃を受ける体制を取るルイ。
フレイは何も言わずにルイの元に飛び込んできた。それも先とは比べ物にならない程絵で、だ。
あまりの速度にルイは思わず一歩退いてしまう。
どこからこの速度が出せる。子供のそれも6歳の幼児の筋肉量で5メートル間を一瞬で飛び込むなどあり得ない。もしかして、既に魔力を・・・・・・
驚愕をするルイを知って知らずか、フレイはすかさ木剣をルイの心臓部を目掛けて突き刺す。
しかし構えからして突き技を繰り出すことを予測していたルイはフレイの剣を受け切ろうと考える。
しかしフレイはこの事を攻撃前から予測しており、突き技をせず、木剣を高く振り上げた。
本当に恐ろしいものだ才能っていうものは。
たった6歳の女の子が二段構えをすることに驚きを通り越して呆れるほどだ。
しかしルイの、大人の反射神経で容易に高々と掲げる木剣を防ぐことができる。
ここまでだな。しかし本当に凄まじい才能を持っている。これからの成長が楽しみだ。
なんて早とちりの勝利に浸るルイ。
フレイは高々と振り上げた木剣を勢いよく振り下ろす。
圧倒的体格差でフレイの剣が弾かれ、フレイが尻餅をつく図が見えるルイ。
しかし現実は違っていた。
フレイの木剣をルイの木剣と少し擦り、ルイの木剣の横を通り過ぎた。
空振りか・・・・・・?
なんて思ってフレイの様子を伺うルイ。ルイは目を丸くした。
フレイの右足は芝生を強く踏んでいた。
まさか・・・・・・
そして縦に振り下ろした木刀を左上に振り上げた。
ルイは咄嗟に身を引いて剣を突き出す。
子供用の木剣では尺が足りない事はわかっていたが本能ときに防御の姿勢をとったようだ。
しかしこうしてフレイが脇腹を突く事は不可能になった。そんな事を考えるルイはその後、唖然とする。
──ッカン。
乾いた音が響いた。
ルイが構えていた木剣が弾かれたのだ。
弾かれる自分の木剣を見てルイは思う。
若者の才能は恐ろしい。その一時一時ですぐに成長をしてしまうのだから。
フレイはルイの剣を弾いたのを確認後、さらに一歩、前に踏み込み、振り上げた剣を横向きにルイの脇腹に剣を添えて、見事にルイから一本、勝ち取ったのだ。
この日、騎士団内では第一公女の話で持ち切りとなる。
一方でフレイは勝手に騎士団に行ったことをリーナスにこっ酷く叱られた。
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