第1話:お転婆公女

王宮内を駆け抜ける綺麗なドレスを見に纏う幼女はその身なりに合わない全力疾走をしていた。


「お、お待ちください、フレイ様」


黒服を見に纏う執事の老男がその幼女の背中を、情けなくも息を荒げて追っていた。


「あ、おはようございます。フレイ様」


「うん、おはよう」


メイドの挨拶を元気よく返し、それでも足を止めない幼女に執事は呆れと同時に体力の限界で足を止める。


「お、お待ちくださ〜い」


膝をついて片手を伸ばす執事。

その声は幼女に届くことはなかった。


その幼女はフレイ・イリス。5歳であるイリス国第一公女である。


「ふぅ、爺やは・・・・・・」


フレイは周囲を見渡し、老男の執事が追ってきていないか確認する。


「来ていないな。ふう」


幼女は胸を撫で下ろす。


「お勉強なんてつまんないもん。外で遊ぶ方が楽しいし」


独り言をぼやきながら幼女は王宮内を散歩する事にする。


広すぎる王宮内はどこに行っても飽きない物ばかり。好奇心旺盛のフレイにとっては勉強中から抜け出し王宮内の散歩が日課となっていた。


「今日はどこに行こうかな〜」


独り言を溢しながらも高揚する気持ちを一杯に王宮内を歩き回るフレイはいつの間にか庭園に来ていた。


綺麗に剪定された草木に、バラ科の花がいくつも咲いていた。


そんな花を見て回っていると、フレイの母、シーラがいつも貴族とお茶会をしている場所、ガゼボに着いた。


今日は一段と日差しが強く暖かいために、フレイは丁度あった椅子によじ登り席についた。


大人用の椅子のためフレイは足がつかず、目線は机とぎりぎりで辺りを優雅に見渡せない。


「うーん、何かが足りない」


フレイはいつも母親が楽しそうにしている様子と今を比較して頭を悩ませる。


その時、机にアフタヌーンティーセットが置かれる。


「わぁ、お茶会だ」


その存在が大きく場を変化させ、それに興奮するフレイは椅子の上に立ち、机に手をつく。


しかしそれと同時に背筋に悪寒が走る。

これを用意した使用人がすぐ横にいる、と。勉強室に戻されるのではという予感を感じながらも恐る恐る振り返る。


「もう、ダメじゃないですか、ちゃんとお勉強しなくちゃ!」


そうフレイに叱るのはフレイと1番歳が近いメイドのリーナスだった。


「リーナス!えっとこれには深い訳があって・・・・・・」


「そんな言い訳どこで覚えたんですか?」


「父様が母様にいつも言ってた。それで母様も許してたから」


リーナスは言葉を失った。

親がこの手本とならず、親と言えるのか、と。


「いいですか。こう言う時は素直にごめんなさいと謝るのです。言い訳は返って相手を不快にさせるだけですから、分かりました?」


「はい、ごめんなさい」


リーナスに叱られフレイも素直に謝る。


リーナスは王宮に使えるメイド。年齢は16歳。フレイの付き人でもある。


「よろしい。そんなフレイ様にはこのアフタヌーンティーセットでお茶会をしましょう」


「わーい」


リーナスは喜ぶフレイを横目に自分まで嬉しく感じたのか笑みを溢しながら紅茶を淹れる。


適切な茶葉の分量と適温の湯を注ぎ、ポットの中を軽くかき混ぜて、蓋をして蒸らす。数分後、再度ポット内をかき混ぜて、茶漉しで茶殻を越しながら濃さの均一を意識し、最後の一滴まで注ぐ。


こうして美味しい紅茶は完成し、フレイの目の前に置かれる。


フレイは両手でティーカップを手にして、中の紅茶に息を掛け覚まして口に運ぶ。


「フレイ様、ティーカップは片手で取っ手をつまむ様に持ち、息を吹きかけては行けません。香りを楽しみながら頂くのがマナーです」


「わ、わかった。けど少し苦い・・・・・・」


フレイは角砂糖をポチャポチャと二、三個入れて音を立てて混ぜる。


「フレイ様、音を立ててはいけません。砂糖と入れる時も、かき混ぜる時も静かに」


「う、うん」


フレイはリーナスが鬼教師の様に見えてきた。


フレイはリーナスに言われた通りに紅茶を飲む。


紅茶本来の香りと砂糖の甘さと相まって、フレイの舌は美味しいさを感じる。


「美味しい〜」


思わず溢れた言葉。


「ありがとうございます」


その溢れた言葉にリーナスは嬉しそうに答える。


フレイは次にケーキスタンドに並べられた中段のスコーンを手にしようとする。

しかしその手を一回止めてリーナスに確認する。


「これもマナーがあるのか?」


「えぇ、下から順に食べるのがマナーです。あと、今回はフレイ様の分しかございませんが、同じ料理を食べてはいけません。他の人の分が無くなってしまいます」


「な、なるほど」


フレイはそう言われて下段のサンドウィッチからフォークを伸ばし、そして口に運び、次に中段のスコーン。最後に上段のケーキを食べ、一緒に紅茶も楽しみ、こうしてアフタヌーンティーをフレイは楽しんだ。



アフタヌーンティーを終えたフレイはリーナスと共に王宮内を散策していた。

空は雲ひとつない。それゆえに今日の日差しは特に強かった。


リーナスは気を利かせてフレイのために日傘を広げた。


「ありがとう」


「いえ」


いつもならこんな日差しなど気にも留めないのに、王宮の庭には飽きてきたのか、憂鬱にフレイは感じていた。


そんな彼女の耳に甲高い衝突音が届いた。


フレイは周囲を見渡す。


「フレイ様?」


そんなフレイの様子に違和感を感じたリーナスは声をかける。


そんなリーナスを気にも止めず、フレイは耳を澄ます。

またフレイの耳に衝突音が聞こえてきた。それも一度ではなく何度も。その衝突音の背後に微かに人の声もした。


フレイはその音の方向を幼いながらにして理解したのだ。


フレイはリーナスの手を振り払って、駆け出した。


彼女の好奇心に火が付いたようだ。

全力疾走でその音の方向を駆けるフレイ。その後を動きずらいロングスカートのメイド服の裾を持ち上げて同じく全力で駆けるリーナス。


彼女の足は限界を知らぬ全速力を出し、王宮の外にまで出てしまう。


そこは王宮のすぐ隣にある建物。


フレイは父からそれが何かを聞いていた。


第一区画には王宮の他に別の建造物が存在する。

それは騎士団所。


フレイは思わず見惚れてしまう。


騎士団所と王宮の間に存在する大きな訓練場で多くの人たちが木剣を持って、この暑い中汗を大量に流しながらも研磨し、お互いに技量を高め合う、そんな姿に。


木剣どうしの衝突は暑さのせいか、もしくは仰ぎきれない晴天のせいか、心地良すぎる音をフレイの中で奏でていた。


そんな晴天の中、フレイの周りは影に包まれた。

フレイは急いで上空を見渡す。


空は変わらず晴天。しかしその晴天を舞うように飛翔するドラゴンがいた。そしてそのドラゴンに騎士が跨っていた。


ドラゴンが通過したことで起きた風にフレイは襲われる。


少女であるフレイにとっては強すぎる風だった。


風が止んだ瞬間、フレイはまたその竜騎士を目で追ってしまう。


竜に跨る騎士は騎士団内で上位十二位、十二師と呼ばれる最強の称号を持つ持つ者だ。


逞しいその背中。強さをその背中と竜で体現する騎士。

フレイは目を輝かさずにいられなかった。


「フレイ様ー!」


見惚れていたフレイを現実に引き戻すリーナスの声がフレイの耳に届いた。


フレイは振り返り、彼女が流す汗と、上下に激しく揺れる肩に。

フレイがみる景色が大きく変化した。


「もう!勝手にどこかに行かないでください!」


「ごめんなさい」


「・・・・・・?」


素直に謝ったフレイに違和感を覚えたリーナス。


「転んだりしませんでしたか?怪我はありませんか?」


「大丈夫」


「・・・・・・」


やはり違和感では済まされない変化がフレイに存在した。


「何かありましたか?」


「ううん」


リーナスの問いにフレイは首を横に振った。


フレイは知っていた。騎士団の入団試験はお世辞にも簡単とは言えない物であることを。ま

しては竜騎士、騎士団の上位に十二位、十二師にならなければならない。


フレイの中で高まる騎士団への憧れは今後の彼女に大きな変化をもたらした。


「リーナス、勉強を教えて」


「──ッ⁉︎」


唐突の発言にリーナスは驚きを隠せなかった。


「もしかして頭でも打ちましたか?どうして急に勉強を?あれだけ嫌がっていたではありませんか」


フレイはそのリーナスの問いに答えなかった。

状況が全くとして理解できないリーナス。


フレイはただ訓練場を見続ける。


「リーナス」


「はい・・・・・・?」


この日、彼女は大きな一歩を踏み出した。それは紛れもなく成長であり、大人になる階段の一歩を踏んだのだ。


「私、十二士になる」


その言葉と共に飛翔するドラゴンが通りかかり、またトップが吹き、彼女の髪をなびかせた。

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