第49話 それでも俺は好きとは言えない

 宿毛を振り、明院寺と別れた翌日の早朝。校門で珍しい顔を見つける。


「亀水……」

「あっ……。松瀬川君」

「その……おはよう……」

「うん。おはよう」

「珍しいな、亀水がこの時間に登校するなんて」

「そうだね。今日はちょっと寝坊して……」


 立ち止まってぎこちなく会話をしている俺たちを、他の生徒達が怪訝な眼をしながら過ぎ去っていく。

 気まずいなぁ……。


「あー……。教室まで一緒に行かないか?」

「え? う、うん。良いよ」


 まるで休日の昼間に居るナンパ野郎みたいな誘い方をして顔が熱くなるのを感じる。

 亀水は亀水で、俺との接し方が分からないのか俺の誘いにあたふたしながら答える。

 俺と亀水は、人一人分の距離を空けて、共に下駄箱へと向かった。

 今の状況に居心地の悪さを大いに感じるが、そんなことはこの後すぐに気にならなくなった。何故なら俺達の目の前に異様な人だかりが出来ていたからだ。


「ね、ねぇ、松瀬川君。あれ……」


 亀水が指さす方向、たむろする生徒たちの見ている物に、俺の視線は向けられる。その正体にはすぐに気が付いた。少し遠いが、それが何で、彼ら彼女が何に驚いているのかも分かった。


「学校新聞……」


 内容は遠くていまいち読めないが、その見出しは読むことが出来た。

 そこには『学校と保護者会の闇! 一部生徒に横暴か』と書かれてあり、更にその記事の下部には相談委員会のメンバーの顔写真が掲載されていた。


「松瀬川君、これって……」


 動揺する亀水を尻目に、俺は記事の内容を読もうと目を凝らす。

 記事には、保護者会内の歪なパワーバランス。学校側との密接な関係性とそれを利用した生徒側への圧力。それらに対する学校側の対応等々、記事には保護者会と学校への不信感を煽るような内容だった。

 そしてそれらに現実味を持たせる最たる例として、俺たち相談委員会の解散が挙げられていた。

 明院寺め……やるなぁ……。これなら俺たちの味方にはならないし、ただ問題を問題として提示しているだけになる。それに非公認とは言え、一つの委員会が解体されると言う事実を加えることで、他の委員会に所属している生徒、延いては部活動に入っている生徒にも危機感を持たせることが出来る。

 相変わらず卑怯な奴だ。


「おい、松瀬川。亀水。ちょっとこっち来い」


 学校新聞を眺めていた俺と亀水は、眉間に皺を寄せた三好 京子に呼ばれて校長室へと向かう。

 扉をノックした後、部屋に入ると宿毛と騒ぎの張本人である明院寺が椅子に座らされていた。


「座りたまえ」


 禿げた頭皮に青筋を立てた校長が、俺たちに着席を促す。

 こりゃあ、こっぴどく叱られるのが目に見えるぜ……。


「人も揃った事だし、本題を話そう。君たち……これは何のつもりだねっ!」


 校長が鬼の形相で机を強く叩いた音に、宿毛と亀水は肩をビクつかせる。


「こんなふざけた記事を出してっ! 許されると思っているのかっ!」

「こ、校長。流石に落ち着いてください……」


 横で控えている教頭が、怒り心頭な校長を宥める。


「明院寺君だったな? 君の出す新聞にはいつも冷や冷やしていたが、今回に限っては度が過ぎている! 君は一体、何を目的にこんなものを出したんだ!」

「特に何も」

「何も!? 大した目的も無いのに、こんな馬鹿げた記事を書いたのかね!」

「ええ、そうです。私はあくまで問題を問題として取り上げただけに過ぎません。もし、そちらが私に責任を求めるのなら、それは間違いです」

「何が間違いか! 君の新聞の所為で、すでに校内で騒ぎになっているんだぞ? どうしてくれるんだ!」

「簡単ですよ。無理矢理、抑え込めばいい。騒ぎと言っても生徒たちが決起する訳でも無いんです。私を休学にし、掲示している新聞を破棄すれば良い。でも、もしそんな事をすれば、今より更に不信感や不満は出て来るでしょうね」

「貴様……! それと! 君たちも駄目だと言っているだろう!」


 話題が相談委員会である俺たちに振られる。

 完全に委縮してしまっている宿毛と亀水に変わり、俺が答える事にした。


「何故、駄目なんですか?」

「あれは本来、教員か専門の者がやるべき仕事だ。君たち学生がやるには、まだ未熟なんだよ」

「未熟ですか……。それは委員会の活動記録を確認した上でおっしゃられているのですか?」


 校長はバツが悪そうに目を逸らす。

 俺の言った委員会の活動記録とは、そのままの意味で、委員会で行った活動内容を日誌に纏めたものだ。

 俺たち相談委員会も、申請が通る事を見越して活動初日から取り続けた。そしてその記録は毎月、担当の教員を通じて教頭、校長へと渡る。


「我々、相談委員は公認されていないとは言え、その存在意義を実例を以て証明しているでしょう?」


 俺の芯を突く言葉に、校長は肘をついて目頭を押さえる。そして大きく深呼吸の様な溜め息をついて、諦めたように片手をひらひらとさせる。


「分かった分かった。これ以上、学校側からあれこれ口を出すのは止める。それで良いな?」


 良しっ! 学校側が折れた!


「駄目です。学校側が良くても、保護者側からの同意も後々のわだかまりを無くすために得る必要があります。なので、臨時の保護者会を開いて欲しいんです!」


 更に追い立てて意見する俺に、校長は軽く受け流すように承諾した。そんな校長を心配してか、黙っていた教頭が口を挟む。


「良いんですか? 校長」

「ここで意地を張っても仕方ないだろう? 元々こちらは申請を通す予定だったんだから、今更だろ。もとはと言えば、あちらが言い出したことだ。知った事か」

「えぇ……」


 ドン引きする教頭を差置いて、校長は俺達に向き直る。


「今週の土曜に臨時の保護者会を開こう」

「え? 出来るんですか?」

「出来る。ここまで騒ぎになったんだ。どうせ、明日にでもなればあちら側から苦情が入る。そのときに提案すれば簡単に乗るだろう」

「えっと……じゃあ、俺たちの処遇は……」

「特に無しだ。学校側は今回の騒ぎに対して、様子見という立場を取る。この記事に書いてあることは大方、会ってるし、明院寺君の言う通り、無闇にこちらが動けば、返って悪化する可能性がある。だから様子見だ」


 そんなこんなで、俺と宿毛に亀水、明院寺の四人は無事、取り調べから解放された。



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