第40話 恋の切れ目は突然に
秋の冷ややかな風に頬を撫でられる今日この頃。いつもよりも騒がしい教室の片隅で、俺は独り寂しく突っ立っていた。
「松瀬川君、何してるの?」
ただ立っているだけの俺に話しかけてきたのは、クラスメイトの西宮 宗次郎だ。
余談だが、最近テニス部内での彼の評価がうなぎ上りになっているらしい。前回の体育祭でテニス部ながらあの要塞のようなラグビー部を降し、直近にあったテニスの大会で準優勝を収めたことで、彼は部の中で有名人となった。
俺としても上手くいっているようで安心だ。
「暇だから突っ立ってんだよ」
「もしかして……みんなの中に入りにくいの?」
今、この学校は一つの大きなイベントの準備に追われている。それは文化祭だ。開催日が近くなり、学校全体は文化祭の雰囲気一色となっていた。
因みにうちのクラスの出し物は喫茶店だ。ベタベタのベターで寧ろ笑えてくる。
そしてそんな騒がしい教室で俺は何をやっているのかと言うと、何もやっていない。
西宮君よ、勘違いするでないぞ? 私は決して、ボッチだからみんなの輪に入れずに教室の隅で突っ立てる悲しい奴じゃ無いぞ?
「現場監督だ」
「今さっき暇って言ったじゃん……」
くっ……。勘の良い奴は嫌いだよ……。
「仕事を貰ってこようか?」
「止めろ。そんなことをしたら俺が俺でなくなってしまう」
「そんなに働きたくないの?」
「それもある。だが一番嫌なのは、『え、別にこいつと仲良く無いし、関わりたくも無いんだけど……』って顔をされながら渋々構われることだ。それはさながら、何人かのグループを作った後に一人だけ溢れて、先生の指示で無理やり何処かのグループに入れらた時にグループメンバーから向けられる視線と同じだ」
「なんか……ごめん……」
止めろ。その悲しそうな表情は俺に効く。
「でもここでぼーっとしてるのも暇なんでしょ?」
「まあな」
「だったら―――」
西宮が何かを提案しようとした直後、教室の外で担任の三好 京子が俺に対して手招きしているのが見えた。
「すまん、西宮。用事が出来たから行ってくる」
「う、うん。行ってらっしゃい……」
西宮に断りを入れた後、廊下で待機している三好 京子に合流する。
「何ですか? 見ての通り今忙しいんです」
「見ての通り? 私の目から見ればお前は教室の隅で突っ立ってるだけの暇人だったが?」
「現場監督です」
「ふんっ、ふざけたことを抜かす。まあ良い。お前には手伝って貰いたいことがある」
「それは委員会としてですか? それとも俺個人としてですか?」
「両方だ。何故なら私からの依頼でもあるからだ」
「……拒否権は?」
「無い」
「ですよねー」
「当たり前だ。最近、無断で委員会を休んでたんだからな。その罰だ」
そう言われては断れない。まあ、さっきも言った通り、この人の前では拒否と言う選択肢はそもそも無いんですけどね。
そんなこんなで紹介したい人間が居るらしく、俺は三好 京子に連れられて三年生の教室のある階までやって来た。
「笹木ー! 笹木は居るかー?」
「今行きまーす」
軽やかな返事と共に一人の女子生徒が教室から出て来た。
「紹介するよ。彼女は
「よろしく」
「うっす、どうも……」
「んでこいつが私の奴隷の松瀬川だ」
「いつから俺が奴隷になったんですか……」
「そんなの最初からに決まってるだろ」
「えぇ……」
笹木 春華。第一印象としては、目元のはっきりとした気の強そうな人だ。
そう言えば風紀委員長は、この学校内で生徒会長に次いで権威があるだとか……。副会長を差し置いて風紀委員が二番って……。
これについては、あくまで噂なので疑問が残る。
「君が三好先生お気に入りの奴隷君かぁ」
「え? ええ、まあそうですね」
「先生から話は聞いてる?」
「いいえ何も」
「せ・ん・せー? 例え奴隷とは言え、説明する責任はありますよー?」
「いやーすまんな。だがこいつの事だから内容を知れば、ああだこうだと理由を付けて断る可能性が高いからな。すまんが説明してやってくれ」
おうおうおう! 今のは聞き捨てならねぇな? 京子さんよぉ? あたかも俺が常日頃からやってるみたいな言い方をしてー。流石の俺もそこまでじゃ―――……。そういや、やってたわ。担任の注意をひと月も受け流してたわ……。
「はぁ……。分かりました。松瀬川君」
「はい」
「あなたには文化祭当日、私と一緒に校内の見回りをして欲しいの」
「えっと……別に風紀委員は先輩だけじゃないですよね? そんなに人が足りないんですか?」
「先生」
「うん。実はな、今年から部活動単位での出し物が許可されてな。賑やかになったのは良いが、その分、人が必要になった。その為、例年通りの人数では足らんのだよ」
「そうなんすか」
「だから松瀬川君には当日、臨時の風紀委員として見回りの手伝いをして欲しいの。やってくれない?」
俺に拒否権は無いからなぁ。
「まあ、自分も暇してたんで。良いですよ」
「ありがとう。助かるわ」
こうして俺は、風紀委員として出張する事となった。
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