第38話 雛鳥はその羽で力強く飛び立った
秋の夕暮れが木々を更に紅く染める頃、学校の中庭に二人の学生が対面している。
一方は長い髪を可愛らしく纏め、スカートを短く履いた女子高生。もう一方は制服をかっちりと着こなした高身長の男子高生。そんな二人の間にはただならぬ空気が流れていた。
彼女と彼との関係は実に羨ましいものだった。異性でありながらも互いに信頼し合う友人で、互いに安心を与える良い群れだった。
しかし、この友人というバランスが今、崩れそうになっている。原因は彼女の内に芽生えた彼への恋心と、そんな彼女の気持ちを受け取れない彼の願望との差。
今、彼女が口を開けば恐らく、いや確実に今の関係は崩れる。同性とは違い、異性との友情は崩れやすく築きにくいものだ。それを彼は知っている。だが回避しようが無かった。彼女の内に恋と言う病が発病した時点で、彼と彼女との友人関係は詰んでいたのだ。
彼は今の彼女との関係が崩れるのを恐れた。しかし人間らしい彼には問題に対して無力だった。今、彼はきっと、人間とはそう簡単に変われるものでは無いという事を強く実感している事だろう。
確かにそうだ。だが変わる事が出来ない訳じゃない。ただ変わるのに大きな衝撃が必要なだけだ。
俺は彼とその周囲の関係に衝撃を与えてしまった。手を貸してしまった。だから俺は最後まで彼とその周囲の人間を救わなくてはいけない。彼女の覚悟と彼の苦痛を最後まで見届けなければいけないのだ。
「はぁ……」
彼こと長生 内斗は大きな溜め息をつく。あいつの目の前に、彼女こと明井 奈々はもう居ない。あいつは破壊を選んだ。選ばざる負えなかった。
明井 奈々は群れから切り離されたのだ。
「お疲れさん」
「君か……。 見てたのか?」
「まあ、アフターケアは大事だろ?」
「そうだね……。ほんと疲れたよ……」
そりゃそうだろう。こいつにとって拒絶とは、他人を殺すのと同列なのだから。
本来、拒絶とは自己防衛の手段であるのだが、こいつはこれを悪と断ずる。善悪関係なく内包することが奴の、らしく生きるという事なのだろう。
「酷い有様だったな」
「ああ」
「追いかけてやらないのか?」
「僕では無力だ」
今、長生 内斗は苦しんでいる。彼女からの好意と自らの願望の板挟みによって。だが彼の痛みは誰にも理解されないだろう。何故なら傍観者は常に弱者の味方だからだ。
「松瀬川君……。一つ、依頼を頼みたいんだ」
「何だ」
長生 内斗は顔を伏せながら言葉を続ける。
「彼女を救って欲しい……」
「俺で良いのか?」
「君で良い……。君のやり方でやってくれて良い。だから頼む、彼女を助けてくれ」
「……分かった」
実に感動的だ。
傷ついた自分は後回しに、傷つけてしまった他人をまず先に助けるとは……。こいつはどこまでも優しい。
だが俺は違う。こいつのように優しくは無い。傷つけることでしか救えない不器用な人間だ。それを知っても尚、こいつは俺に頼って来た。そこまで追い詰められているという事なのだろう。
断る理由は無かった。
「すまない……。また君に助けてもらうなんて……」
「勘違いするな。俺は、俺のやり方で明井 奈々を助けるだけだ。お前を助けた覚えは無い」
「ははっ……。君は厳しいなぁ」
「普通だ。誰もがお前のような人間だと思うな。お前は精々、そこで項垂れて待ってろ。最低な俺が、最低な方法で状況を打開してやる」
長生に予防線を頼んだ後、俺は明井 奈々を追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます