第37話 雛鳥はその羽で力強く飛び立った
とある昼休み。一階の渡り廊下付近の自販機前で、俺は珍客と対峙していた。
「松瀬川 重信……だよね?」
「それ以外の誰かに見えるのか?」
珍客の正体は明井 奈々だ。彼女は頬を赤く染めながらぎこちなく俺に話しかけて来た。
いっつも目の敵にしている癖に、だよねって今更確認するか? コミュ障かよ……。
「……うるさい」
そう強がりを見せる彼女だが、その先の言葉が出ない。手遊びをしながら目線をあちこちに動かしている。
こいつ、どんだけ俺と会話したくないんだ。さっきから俺と一度も目が合って無いぞ?
「用があるなら早くしてくれ。昼飯を食べ損ねる」
「う、うるさいわね。分かったわよ」
なんだこいつ。うるさいしか言わねぇじゃん。そんなに俺の声は耳障りか?
それからもモジモジとする明井 奈々だったが、意を決したのか一度深呼吸をしてようやく口を開いた。
「その……ナイト、好きな人居るのかなって……」
「は?」
「だから! ナイトに好きな人が居るのか聞いて来て欲しいの!」
はぁ!? なんだそりゃ。あー、そう言えば明井 奈々は長生 内斗が好きなんだったな。てことはあれか? これは恋する乙女がやりがちな、好きな人に告白したいけどその人に断られるのが怖いから事前に勝ち筋があるのかどうか知りたい的なあれか?
「自分で聞けよ、そんなこと」
「は、恥ずかしいじゃん!」
「えぇ……。そんなにあいつの素性が知りたいなら新聞部に頼んだらどうだ?」
「嫌よ。あれとは関わりたくないし」
それは俺も同感だ。あいつに頼むと碌なことにならないからな。
「何で俺なんだよ」
「だって……ナイトとちょくちょく話してるっぽいし、あんた相談委員って委員会に入ってるんでしょ? だから……」
「残念だが、俺と長生は仲が良いわけじゃない。だから俺以外の二人に頼む事を推奨する」
「でも……タヤはナイトの事が好きかもしれないから言いにくいし、あいつとはそもそも仲良く無いし……」
宿毛の事をあいつ呼ばわりか……。怖いもの知らずだな。
「私だってあんたみたいな最低な奴に頼みたくないけど、あんたならどんな相談にも乗ってくれるって僚太も言ってたし……それに、どうしても知りたいの!」
酒井 僚太にも相談———はしてなさそうだな。あくまで紹介してもらったって感じか……。
「生憎、俺は今、委員会活動をやってないんだ」
「そこを何とか……!」
「だが……まあ、個人的に気にもなる」
「え! な、なら……」
「ああ。聞いて来てやる」
「マジで! やった!」
「ただし、俺の質問に一つ、答えろ」
「えぇ……」
なんだこいつーー! パシリになってやるんだから良いだろ、これくらい。我儘な奴だなぁ……。
「本気であいつの事が好きなのか?」
「当たり前でしょ? そうじゃないとこんな事、頼んだりしないわよ。特にあんたにはね」
こいつ一々腹立つなぁ。宿毛とは別ベクトルでのチクチク具合だ。
「質問ってそれだけ?」
「ああ。だから約束通り、今日の空き時間にあいつに聞いてみるよ」
「それじゃあよろしくー」
用事を済ませたからか、普段通りの冷めた態度で遠ざかっていく明井 奈々。俺はその背中を見送ること無く、ブラックコーヒーを自販機から取り出しながら独り呟いた。
「恋か……」
* * *
今日最後の授業は移動教室だ。教材を手に目的の教室へと向かう途中、トイレに入ると件の長生 内斗とバッタリ会ってしまった。
個室の扉が全て開いている事を確認すると、用を足している長生に例の話を振る。
「なぁ、お前って好きな奴いるのか?」
「何だい? 急に」
「いや、何となく気になっただけだ」
「う~ん、悩むなぁ……」
「悩む程の事か? 答えるか答えないかの二択だぞ?」
「それについては答えるよ。でも僕が悩んでるのは正直に答えるか、嘘をつくかで悩んでるんだ」
「そこは正直に答えろよ……」
「正直に答えて君に何かあるのかい?」
「俺が喜ぶ」
「……君ってそっちの趣味があるのか?」
「違うわ!」
互いに便器に水を流し、手を洗いながら話を続ける。
「それは誰かからの依頼?」
「さあな」
「ふ~ん。質問の答えだけど、居るよ。好きな人」
「そうか……」
お手洗いを済ませ、揃って目的地の教室へと向かう。勿論、物理的な距離を空けて。
「さっきの答え。あれにお前の意思はあるのか?」
「君は……。エスパーか何かかな?」
「お前に言われたくねぇよ。それで? どうなんだ?」
「君の依頼主はきっと僕に近しい人間なんだろう。だったら『居る』と答えた方が、僕にとっては楽だ」
「嘘をついたわけか……」
教室に入り、それぞれの席に着く直前、長生 内斗は爽やかな笑顔を見せながらこう答えた。
「僕はこう見えて、我儘な人間なんだ」
その笑顔はまさに無邪気そのものだった。奴は無邪気に何かを求めているようだ……。一体、何を……?
あいつのことを考えても仕方が無い、そう割り切る。そして席に座る俺を睨むように見ていた明井 奈々に対して、俺は静かに首を横に振った。
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