第36話 間違った選択
放課後。俺は久しぶりにとある書店に寄り道した。
そこは幼い時から度々通っている場所で、何かと考え込む俺の唯一の心のオアシスだった。
「最近、来てなかったなぁ……。どんな新入りが入荷してるか楽しみだ……」
心躍りながら店内に入ろうと踏み込んだ瞬間、聞き馴染んだ声が俺を引き止める。
「あれ? 兄者?」
振り向いた先には、我らが妹の薫ちゃんが居た。
う~ん、制服姿も可愛いぜ!
「おう! 奇遇だな、薫。それから―――」
手を振る薫から、その横に佇む女の子に目線を向ける。
薫と同じ制服なのを見るに友人か? でも何処かで見たような……。
俺の視線が余程気持ち悪かったのか、その女の子は俺の視線を怖がるように肩をビクつかせた。
「あー、紹介するよ。この子は同級生で友達の花ちゃん」
「ど、どうも……」
「そんで、こっちが兄の重信です」
「あ、どうも」
ぺこぺこと互いに頭を下げあう俺たちを見て、薫がクスリと笑う。
「実はね、兄者。兄者は覚えてないだろうけど、中学の時、花ちゃんとは何度もあってたんだよ?」
「あ、薫ちゃん! そのことは……」
「ん? そうなのか? それはすまなかった」
う~ん……。中学時代か……。思い出したくも無いが、頑張って思い出してみよう。はな、ハナ、花……。そんな名前、当時聞いたこと無いなぁ。
すると、花ちゃんと呼ばれたその女の子が、困った表情を浮かべながら毛先を弄る。俺はその動きと癖のある長髪を見てハッとなった。
「あっ!」
思わず大声が出てしまった。
突然、店先で大声を出した俺を、店員が店の中から不審に思って覗き込む。俺は恥ずかしさで熱を帯びる顔を誤魔化しながら言葉を続けた。
「君は……君があいつの妹か!」
この子の名前は明院寺 花。そう、俺の言うあいつとは道家の事。即ち彼女はあの明院寺 道家の妹なのだ。
「ど、どうも……。いつも兄がお世話になってます……」
* * *
立ち話もあれなので、俺と薫と花ちゃんは場所を近くのファストフード店に移した。
「あいつに妹が居るって聞いた時はびっくりしたなぁ」
「兄はあまり自分の事は話したがらないので……。もう少し素直になってくれたら良いんですけど……」
「そうだよね~。分かるよ、花ちゃん。うちの兄者も全然素直じゃなくてねぇ。考えを察するだけでも一苦労だよ」
薫ちゃん? 幾らお友達の前だからってちょっとお口が軽いんじゃないの?
「薫ちゃんも苦労してるんだね……」
「全くだよ! もう……」
あの? 君たち? 道家は兎も角、ここに本人が居るんですけど?
愛する妹にダイレクトアタックされた俺は、いじけながら注文したハンバーガーを口に運ぶ。
一方の薫は、花ちゃんと楽しそうに写真を撮っていた。恐らくSNSにでも上げるのだろう。
けっ、写真なんか撮ってないでさっさと食いやがれ。
「あ、そう言えば兄者」
「何だよ」
「朝より機嫌が良くなったね」
「まあ……考えることが一つ減ったからな」
「ふぅん……」
薫はジッと俺の顔を見つめる。あまりにも動かないので隣の花ちゃんが心配している。だが薫は十数秒間、俺の表情を読み取り続けた。
「兄者……。嘘は駄目だよ」
我が妹は何かを悟ったらしい。もしくは鎌をかけているのか……。どちらにせよ、正直に話す気は無い。
「嘘じゃねぇよ」
「嘘だ」
「違う」
「違わない」
「違わないことは無い」
「じゃあ、なんでこの時間にここに居るの? 委員会は?」
「今日は休みだ」
「嘘だ」
「……」
突然始まった俺と薫の険悪なムードに、花ちゃんは居心地悪そうに俺と薫を交互に見つめる。
薫はあの時から俺に対して敏感になった。双子程では無いにしろ、やはり兄弟姉妹も見えない何かで繋がっているのかもしれない。きっと彼女の中には、彼女自身も説明できない何かが引っ掛かっているのだろう。
しかしこのまま話をするには場所が悪い。
「薫。今は―――」
「分かってる。でも今話さないと、また兄者が壊れそうだから」
「……過保護だな。元々、形の無い物が壊れる訳ないだろ」
「そういう訳の分からない事を言うって事は、やっぱり何かあったんだ」
「あの……私、席外した方が良いかな……?」
「ごめんね、花ちゃん。でも居て欲しいな。兄者が逃げないように見張ってて欲しいの」
「う、うん。分かった……」
何だか花ちゃんが可哀そうに思える。今度、何か奢ってあげよう……。
「それで、兄者。今度は何をしたの?」
「別に何も―――」
何もしていないと言いかけると、薫の眉間に皺が少し寄った。
あぁ、これは本当に逃げれないやつだ……。
「分かったよ。……ちょっと、とある人と仲違いしてな。それも一方的に俺が引き離したんだ」
「やっぱり何かしてるじゃん……」
「でもこれで良かったんだ。俺から離れることがあいつの幸せに繋がる。だからもう済んだことなんだ」
薫は何を言おうか悩んでいるようだった。
そりゃそうだろう。こんな少ない情報だけで何か気の利いた言葉を掛けるのは無理に近い。薫にはなるべく迷惑を掛けたくない。だから敢えて踏み込みにくいように言葉を減らした。
だが第三者には関係の無い事だった。そんな俺の誘導を知らぬとばかりに花ちゃんが踏み込んで来る。
「その……あまり話が見えてこないんですけど、いくつか質問しても良いですか?」
「ああ」
「お兄さんはその人の事が嫌いなんですか?」
「いや、そんなことは無い」
「ならどうしてそんなことをするんですか?」
「それは……」
「それから、お兄さんはちゃんとその人の事を理解してるんですか?」
どうだろうか……。
「お兄さんは本当にそれで良いんですか?」
「………」
言葉が出なかった。
自分より二つ下のこの子に、ここまで切り込まれるとは思っても見なかった。そしてそんな彼女の質問に、ほとんど答えられなかった俺自身がなんだか恥ずかしく感じた。
「あ、えっと……すみません。ズケズケと一方的に質問してしまって……」
「いや、気にしなくて良いよ。花ちゃんは何も悪くない。それにしても流石はあいつの妹って感じだな。痛い所を突いてくる」
「花……ちゃん……」
俺の言葉を聞いた花ちゃんは、何故か自分の名前を繰り返し呟いている。
一体どうしたのだろうか。あの兄と比べるのは嫌だったのか?
「薫。俺は先に帰る」
「あ、逃げるな」
「逃げはしない。ただ時間は必要だろ?」
「まあ……そういう事なら……」
そうして二人よりも先に帰路につく為に立ち上がった俺に、花ちゃんがこれまでにない勢いで食らいついてくる。
「お兄さん!」
「ん? どうした?」
「あの……また会えますか?」
「おう、勿論。次会った時は今回の詫びをさせてくれ」
「はい!」
そう言って普段通りの足取りで店を出た。
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