第25話 道化師は笑う。おとぎ話は続く

 突然だが、何故おとぎ話は、めでたしめでたしという形で終わるか考えた事はあるだろうか。俺はある。

 小さい頃、母に読み聞かせて貰った本はすべてがめでたく終わっていた。

 俺は疑問に思った。現実ではめでたくても人生は終わらない。結婚して子供が出来ても、周囲の人々がめでたいと騒いでもそこで物語は終わらない。勿論、リアルと二次元は違う。読み手が望んだからそう終わらせたのか、めでたいから終わるのか分からないが、いずれにしても現実ではない。

 これは俺の母親のチョイスが原因でもあるだろうが、何でもかんでも丸め込んで、はいハッピーエンドという話は嫌いだ。そういう話に限って問題を解決できた原因が『奇跡』という摩訶不思議な力だ。だから俺は奇跡という事柄を相対的に嫌いになった。物語はまだ終わらないのに、奇跡がそれを終わらせる。

 世の中は理不尽だと騒いでいる奴は、きっと本物の理不尽を知らない。本物の理不尽とは奇跡なのだ。そしてリアルに奇跡は存在しない。人生は奇跡では終わらない。

 あの特有の終わり方は、結局のところ子供向けの戯言なのだ。そう俺は結論を出した。


「行ってきます」


 奇跡を知らない俺の夏休みは終わった。

 絵に描いたような甘酸っぱい青春———とまではいかないが、それでも良い思い出作りにはなった。亀水と宿毛の二人とはあの後も何度か会ったが、それはまた別の話……。

 今は過ぎ去った夏を慈しみながら、普段の生活に戻るところだ。

 歩き慣れた通学路をひと月程ぶりに歩く。残暑の厳しい季節だが、陽キャ達には関係ない。太陽の子である彼らは日の光を浴びることでさらに勢いを増し、黒々と焼いた肌をさらけ出しながら騒ぐのだ。男は肌の黒さを見せびらかし、女は逆に肌の白さを見せびらかす。人種差別顔負けの肌マウント合戦が始まるのだ。

 日に焼けようが焼けまいが、お前らの肌は黄色なんだよ。そんなに白黒はっきりさせたいならペンキでも塗っとけ!


「しっかし、いつにも増して騒がしいなぁ……」


 普段よりも校門近くの生徒の数が多い。だがそれを踏まえても、やけにうるさく感じられる。

 それと気になる事がもう一つ。俺への視線が気になる。誰からなのか、何処からなのかは分からない。しかし普段よりも見られているように感じてしまう。

 何なんだ……? この胸騒ぎ……。

 この不快感の原因は意外にもすぐに判明した。

 下駄箱のある正面玄関、その先にある掲示板に人だかりが出来ている。気になった俺は、彼らの視線の先を見る。そこには一枚の紙が貼られていた。


「学校新聞……?」


 その内容を見た俺は絶句した。


『学校のアイドル、海で男子とデート。既に男女の関係か?

 :我が校で最も男子生徒に人気があるのは誰だと聞かれれば、恐らくその殆どが一年二組の亀水 咫夜さんと答えるだろう。そんな我が校のアイドル的存在である彼女に熱愛疑惑が浮上した。

 事の発端は夏休み期間中、学校から車で一時間半程の場所にある某海水浴場にて、男と楽し気に砂浜を歩く彼女を、偶然通りかかった記者が発見した。どうやら彼女は、友人とこの海水浴場に遊びに来ていたらしく、その男を含めた複数人で遊びに来ていた。その友人の中には、あの同じ二組の長生 内斗の姿もあった。

 しかし記者が発見した際は、その長生 内斗を含めた友人たちとは遠く離れた位置で、例の男と二人っきりで歩いていたのだ。その様子を見た時、記者は深い絶望に突き落とされた。記者も彼女のファンの一人である為、見知らぬ男と彼女の、まるで恋人同士のような和気藹々とした関係を目の当たりにして、衝撃を受けない方が難しかった。

 その翌々日、彼女を目撃した海水浴場から程近い場所にある神社で、再び彼女と例の男を発見した。

 当時、神社では夏祭りが盛大に行われていた。記者もその華やかさには胸が躍った。彼女も他の友人たちと来ていた。しかしその直後、二人は友人たちから離れて自然を装い合流。神社へと続く階段を二人で、それも男の方は彼女の足元をライトで照らしてエスコートして行った。

 記者よりも気の利く男に下唇を噛みしめながら、暗がりへと消えていく男女の後を追う。すると二人は神社にお参りをしているではないか。しかもこの神社、恋愛成就の御利益があるそうで、そんなところに男女がひっそりとお参りに来る。それはつまり、そういった関係だと言っても過言では無かった。

 生憎、その後は大雨に見舞われ後を追うことが出来なかったが、記者が最後に見たのは神社の更に奥へと向かう二人の姿だった。

 さて、読者の皆さんはある事が気になって仕方が無いだろう。そのある事とは、彼女の隣に居た男の正体だ。記者が独自に調べた結果、この男の正体は意外にも我々の近くに居たのだ。

 彼の名前は松瀬川 重信。彼女と同じ一年二組で我が校の生徒だったのだ。気になった記者は彼の素性を探った。

 彼は非正規の委員会に所属しており、彼女もその非正規の委員会に所属していた。恐らくそこで出会ったものだと推測される。彼女との関係は明らかになっていないが、上記の出来事から読者が予想する事は容易く出来るだろう。

 しかしこれ以上、彼の素性を暴くことは記者では出来なかった。果たして彼女と彼の関係はどうなっているのか。今後の彼女の動きに注目していきたい。』


 実際の写真が載ったその内容は、俺と亀水が付き合っているのでは無いのか、という内容だった。あの朝の妙な視線はこれが原因だったのだ。


「嘘だろ……」


 俺の呟きが集っている他の生徒たちの耳に入る。彼ら彼女らは一斉に俺の方を見て、各々違った反応を見せる。ある者はヒソヒソと仲間内で噂し合い、ある者は明確な敵意の視線を向ける。俺はそれらに耐えることが出来ず、逃げ出すように教室へと転がり込んだ。

 教室に着いて一息つくが、教室も大して安心できる空気では無かった。慌てて入って来た俺に一斉に向けられる大量の複雑な視線。教室の真ん中で、クラスの奴らに取り囲まれて困った表情を見せる亀水 咫夜。ここも地獄とそう変わらなかった。

 困り果てている亀水が、俺を見つけて気まずそうな表情を作る。


「終わった………」



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