第26話 道化師は笑う。おとぎ話は続く
放課後、いつものようにカウンセリング室に集まった俺たちは、例の件について話し合う事にした。
「はぁ~、疲れたよ~」
「ずっと質問攻めだったな」
「そうだよ、ずっとだよ~」
「私の方にも、あなた達の関係を聞いてくる人が何人か居たわ」
「そりゃあ大変だったな」
「あなたは大丈夫だったの?」
「ああ。俺に直接、関係を聞いてくる奴は居なかったな。初めて友達が少ないことが功を奏したよ」
「何故、誇らしげ!?」
「まあ、精々、殺意と嫌悪の混じった鋭い視線を向けられたり、たまに廊下ですれ違った人に肩をぶつけられた位だな」
「それは……」
「駄目じゃん……」
なんだその反応は! 普段より少し悪化しただけだろ。だからその同情するような目を向けるな! 虚しくなるだろ!
「しかし困ったなぁ。ここまで大きな騒ぎになってると委員会活動にも支障が出そうだ……」
「そうね。どうにか沈静化は出来ないかしら……」
「あたしに聞いてきた人たちには、はっきりと違うって言ったんだけど……。全然、信じてくれて無さそうだった」
まあ、だろうな。こんなのは日本人の大好物だし……。
そんな事は誰もが自覚していることだ。例えばニュースや雑誌には、必ずどこかの芸能人のスキャンダルが載る。下手をすれば内容全てが芸能人関係になっていたりする。
だからこんなの今に始まった事じゃない。
「う~ん……」
「騒ぎが収まるまで待つのは……駄目かな……? ほら、人の噂も七十五日って言うし……」
「それは却下だ。この問題の本質は俺と亀水の関係だ。これは噂では無い。事実だ」
「そう……だよね……」
確かに彼女の言う通り、問題を放置する、無視するというのも手だ。しかしそれでは一番困るのは彼女だ。
今の彼女には『彼氏持ち』というラベルが周囲の人間によって張られている。しかし実際には彼女は彼氏を作っていないし、俺とは違う人物を好きになっている。このラベルを剥がすには周囲の人間の意識を変えなくてはいけない。これを放置してしまうと、彼女はずっと俺という彼氏を持っていることにされ、本命である長生 内斗に告白が出来ない。
これは解決しなければいけない。彼女の依頼としても、俺の罪滅ぼしとしても……。
「にしても一体、誰があんなのを書いたんだろう……」
「気になるのか?」
「うん。誰かが分かれば、その人に頼んでどうにか出来ないかなって思って」
「それは無理ね」
「え? なんで? 鈴ちゃん」
「宿毛、お前も気付いてたか」
「ええ。あんな卑怯な事をするのは彼しか居ないもの」
「だな」
「え? 二人とも知ってるの? それは一体———」
誰なのかと続く彼女の台詞を、口に手を当て見せることで切る。彼女の台詞を止めた理由、それは先ほどから感じる気持ちの悪い気配がカウンセリング室の外から伝わるからだ。
俺は扉に張り付いているであろう人物を、ここへ呼び入れることにした。
「そこで聞いてるんだろ? お前の話をこれからするんだ。入って自己紹介でもしたらどうだ?」
俺の軽い挑発に、扉の外の人物は意外にも乗って来た。
ゆっくりと音を一切立てずに入って来たのは、へらへらと薄い笑みを張り付けた男子生徒だった。
「やあ。久しぶりだね」
「えっと……松瀬川君、この人は……」
「こいつの名前は
「一年三組の明院寺です。よろしくね、亀水さん」
「ど、どうも」
「宿毛さんも、久しぶり」
「……」
無視をする宿毛に、ピエロは大げさに肩を落とす。
「あのさ、ボク部長になった覚えないんだけど?」
「よく言う。半ば無理やりに奪ったくせに」
「え!? え? この人、何したの!?」
「やだなぁ。何もしてないよ~」
「こいつ、入部したての頃に顧問を含めた新聞部の裏を晒そうとしたんだ。個人情報を次々と手に入れるこいつに、恐れをなした当時の部長たちが、その座を譲る代わりに止めるように交渉したんだ」
「要らないって言ったんだけど……。そしたらみんな止めちゃった」
頬を引きつらせる亀水だが、こいつの武勇伝に彼女が知らないものがある。それは学校の教員を辞職させたというものだ。だが今話す必要も無いからまた後程、話すようにしよう。
「それで? 自己紹介は終わったけど?」
「それでじゃねぇよ。全部聞いてたんなら焦らさず答えろ」
「あの記事の事?
突然の
違うぞ? 俺とこいつはそんな仲じゃないぞ? こいつが勝手にそう呼んでいるだけだからな?
「だってそうだろ? ボクはあくまで事実を皆に伝えたに過ぎない。今、君たちが置かれている状況は、周囲の人間が作り上げた価値観そのものだ。だからボクがどうこう出来る訳が無い」
「だが、お前がトリガーになったのは事実だ。そこはどう責任を取る?」
「取らないよ。取る必要も無いし、取る気も無い」
明院寺 道家は生粋のくそ野郎だ。こいつが誰かのことを話せば、必ずその誰かは不幸になる。それくらい他人のことに興味が無い。興味があるのは人間社会の動きだけ。
こいつは群れの中から意図的に外れ、死んだ上で尚も動くゾンビのような奴だ。そして群れの外側から自分の欲を満たすことに全力を尽くす。こいつにとっての欲とは即ちデータだ。外から群れに刺激を与え、そこから得られたデータを快楽物質として取り込む化け物。例えるならネズミで実験を行う科学者で、こいつにとって人間社会はネズミでしかない。
そんなろくでもない人間が、責任なんて取るはずが無いのである。
「でも現に今、あたし達は困ってるの。あたしと松瀬川君がそういう関係じゃないって新しく新聞で出せないの?」
「何故?」
道家は無邪気に首を傾げる。その表情は心底、理解が出来ないというような表情で、奴の瞳には亀水 咫夜しか映っていなかった。一見、馬鹿そうな表情にも見えるが、生憎こいつは馬鹿じゃない。群れの外に居ながらも、他人のことを誰よりも理解しようとする。奴は本当に理解できていないのだ。その上で完全に理解しようとする。これはある意味、彼なりの誠意の表れなのだ。
奴の誠意であるこの表情が、もし子犬がしていたなら何でも許してしまうが、こいつは子犬では無い。正真正銘の化け物だ。
「何故、ボクがそこまでやらなくちゃいけないんだ? そもそもボクは君たちが付き合っているなんて書いてないし、君たちを味方する理由も無い。自惚れ過ぎじゃないかい?」
「そんなこと……」
「無駄よ、咫夜さん。彼は自由なの。私達が触れられるほど容易い人間では無いし、触れるべきでは無いの」
「そんな……。ならどうすれば……」
「もう良いかな? この後、別の取材があるんだ」
「ああ。もう用事は無い。さっさと失せろ」
「君が呼んでおいて、その態度は酷いよー」
「早く失せろ」
「そんなに怒んなくても良いのに……。ボクは君の事を尊敬してるんだからさ」
「聞こえなかったのか?」
「おぉ! 怖い怖い。それじゃあ殺される前にお暇するよ。じゃあね」
そう言ってピエロは、俺たちの前から音も無く立ち去った。
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