第24話 夏の終わりは花火と共に

 やっちまったなぁ……。

 時刻は七時十分。つい一時間程前に亀水 咫夜たちと一緒に夏祭りへ出かけようと話していた。しかしそのことについて話した後、俺はアルバイトの疲労から仮眠をとったのだが、起きてみれば約束の集合時刻を過ぎていた。

 クールなポコの真似をしていた訳じゃ無いぞ? 本当に頭を抱えてるんだからな?


「どうしよう……」


 悩んでいるのは行くか行かないかでは無く、言い訳をどうしようかと悩んでいる。取り敢えず行きはするが、どうせ人も多くて合流するのは難しいだろう。なので帰って来た後の言い訳をどうしようかと悩む。

 長生達は兎も角として、宿毛や亀水にどうやって言い訳しようか……。亀水ならある程度は許してくれそうだが、宿毛が怖くてしょうがない。


「行きながら考えるか……」


 悩んでいてもしょうがない。貴重な夏の風物詩だ。これを味わってからでも遅くは無いだろう。おっと! 寝坊してるんだからもう遅いだろ、という突っ込みは無しでお願いしたい。

 着替えを済ませ、ポケットライトを片手に靴を履く。玄関には三好 京子と藍田 彩乃の靴だけが置いてあったが、どこにも姿が無かった。風呂でも入っているのだろうか。

 そんなことは置いておいて、俺は目的地の神社へと足を運んだ。祭りの開始時刻はとうに過ぎてはいるものの、俺と同じく神社へと向かう人はある程度はいた。

 親に手を引かれる子供の姿に懐かしさを感じながら、俺は神社の入口に到着する。


「あれ? 宿毛?」


 到着した俺は目を丸くした。

 そこに居たのは、俺が最も予想できない人物だった。驚く俺に宿毛は、意外にも不機嫌な様子は無く、いつも通り開口一番で毒を吐く。


「こんばんわ、松瀬川君。死んでいる方が明るいのね」

「生憎、生死に関わらず俺は暗い人間なんだよ。それと俺はまだ死んでねぇ」

「あら、そうなの。ずっと寝ていたから、てっきり永眠したのかと思っていたわ」

「寝坊したのは謝るよ」

「別に良いわ。気にして無いし」

「そりゃあ、ありがたい。にしても他の奴らも起こしてくれたって良いのに……」

「自惚れ過ぎじゃないかしら? あなたは自分の事を気にしてもらえる程、大した人間だと思っているの?」

「それもそうでした……」

「そんなことよりも。私に何か言う事は無いかしら?」


 言うこと? 寝坊したのはさっき誤ったしなぁ……。

 首を傾げる俺に、宿毛はため息をついて仕方なくといった様子で、袖を持ち上げて袂を広げて見せる。

 ああ、なるほど。浴衣の感想を聞かれてたのか。


「あーー……。良いと思うぞ?」

「はぁ……」


 俺の誉め言葉に対して不満そうなため息で返された。

 だってねぇ? あの宿毛さんですよ? どうせ褒めても可愛くありがとう、なんて言わないでしょ? そりゃあ雑にもなりますよ。


「行きましょ」

「あいよ」


 ああは言ったが実際、宿毛は黙っていれば美人なのだ。そんな人間が、その無防備なうなじを見せつけてみろ。日本男児たるもの、情が掻き立たない方が失礼というものだ。本人には決して言いたくは無いのだが、一目見た瞬間にため息が出そうだった。それぐらい彼女の浴衣姿は美しかった。

 普段は大きく優雅に踊る長髪も、浴衣を着ている今は結われて、しおらしく浴衣を引き立たせている。そして彼女の動き、一挙手一投足がさらに雰囲気を昇華させていた。今の彼女はまさしく大和撫子という言葉が相応しい。


「俺の為に待ってくれてたのか?」

「そうよ」


 なんの捻りも無い彼女の返しに少しばかり驚く。


「亀水は?」

「先に長生 内斗たちと一緒に行ったわよ」

「ははぁ~~ん。さてはあいつらと一緒に行くのが嫌で待ってたのか?」

「違うわよ。言ったでしょ? あなたを待っていたの」

「え?」


 彼女にしては珍しい素直な回答だった。

 そんなに俺と行きたかったのか? 何故? というか何故こんなに素直なんだ? もしかして浴衣の所為? 日本人女性は浴衣を着ると素直になるの? ならみんな浴衣着てくれよ。


「松瀬川君。焼き鳥は要らないかしら?」

「え? 奢ってくれるのか?」

「そんな訳ないでしょう? むしろ買って来て欲しいのよ」

「もしかして……俺を待ってたのって、パシリとして使う為か?」

「馬鹿ね。見て分からないのかしら……。並んでいるから別れて買いに行って欲しいの」


 宿毛が指さした方向には、お洒落なキッチンカーが停まっており、その店には氷の一文字が吊られていた。そのキッチンカーにはそこそこの列が形成されていて、その並んでいる人たちはどれも女性ばかりだ。


「俺、あんなところに行きたくないぞ?」

「そう言うと思ったから焼き鳥を買いに行って欲しいと言ったの。お金は後で渡すから行ってきてちょうだい」

「あいあいさー」


 彼女の指示通り財布を片手に屋台に向かう。しかし運悪く焼き鳥は売れてしまっていて、買うには今から焼いてもらうしかない。頼まれた以上、ここで引き返すにはいかないので待つことにした。

 待つこと五分。焼きたての焼き鳥を受け取った俺は、既にかき氷を買い終えた宿毛と合流する。


「さっきより人が増えてきたな」

「もうすぐで花火が打ち上がるからでしょうね」


 ふと道往く人々に目を向けると、カップルが多く見られた。見る人皆、はぐれないように手を繋いでいる。


「なぁ、宿毛。混雑してきたし、はぐれないようにしないとな―――って居ねぇし!」


 目を外した隙に、隣に居た大和撫子はどこかに消えていた。

 あれ? やっぱりあの宿毛は夢だったのかな? いやいや! そんなことを言っている場合か! 

 この混雑具合では宿毛を見つけるのは難しい。試しにメールで居場所を聞いてみるが応答なし。彼女がこの後どこに向かうかも聞いていないので、当てずっぽうで動くにはリスクが高すぎる。

 どうしようかと周囲を見渡していると、神社の本社へと続く石階段が目に留まる。


「人は少なそうだし、高いから人探しには丁度良いか……」


 人混みを掻き分け進むと、目的地の階段に辿り着く。


「あれ? 松瀬川君?」


 後ろから掛けられた声に振り向くと、そこには浴衣を着た亀水が居た。


「鈴ちゃんは? 入り口で待ってたと思うんだけど……」

「ああ、合流はしたんだが……今さっきはぐれてな。そう言う亀水も長生達と一緒じゃなかったのか?」

「実はあたしもはぐれてさ……」


 苦笑いを浮かべる亀水。

 そんな表情でも彼女は可愛かった。浴衣という特別な装いを身に着けているおかげで、今の彼女は何倍も可愛かった。

 あれ? よく考えれば、今の俺ってハーレムなのか? いや、そんなこと無いわ。両手に花ではあるが、片方は綺麗すぎて俺が持っていると場違いだし、もう片方は綺麗だが毒と針を持っていてそもそも掴めない。ただただ肩身が狭いだけだった……。


「松瀬川君、これ見て」


 悲しい現実を勝手に味わっていると、亀水が唐突に声を挙げる。彼女が指す先には年季の入った看板があった。


「どれどれ。ほう……。ここは恋愛成就の御利益があるのか……」


 カップルが多かったのはその為か……。


「松瀬川君。一緒にお参りにいかない?」

「行っても良いが……。俺がお願いすることは無いぞ?」

「あたしが行きたいから良いの! それとも女の子を独りであの暗がりに行かせるつもり?」

「分かったよ。一緒に行くよ」


 そうして渋々ながら石階段を亀水と共に上がる。持って来たポケットライトで彼女の足元を照らしながら登ること六十段程、石製の鳥居を潜ると目の前にそこそこの大きさをした本社が現れた。

 賽銭箱に賽銭を投げ入れ、二礼二拍手一礼。特に願うことが無い俺は、亀水の恋愛成就を願った。過去に過ちを犯した彼女だが、ちゃんと人として変わった。そんな彼女に対してもう、どうこう言うつもりは無い。だから俺は素直な気持ちで彼女の幸せを願った。

 だからこそ気になる。彼女はちゃんと自分の幸せを願ったのだろうか。


「そういえばこの奥にもまだ続いてるよね?」

「ん? あぁ奥社か。それがどうかしたのか?」

「そこなら花火も綺麗に見えるんじゃないかなって思って」

「まあ……大した距離じゃ無いし、行くだけ行ってみるか」


 そう歩き出して数分後、目の前に社が見えてきた途端に大きな音が鳴った。花火にしては光も無く、連続で鳴っている。


「これは……雷か?」


 俺がそう言った直後、見上げた頬に雨水がポツリと触れる。かと思えば、急激に大量の雨が降ってきた。

 俺と亀水は慌てて奥社の軒下に避難した。


「急に降ってきたね」

「全く……。多分、通り雨だとは思うが……」

「これじゃあ花火、上がらないかもね……」


 止みそうにない雨を眺めていると、どこからか放送が鳴っていた。激しい雨音で聞こえにくいが、耳を澄まして聞き取る。どうやら花火大会は中止らしい。

 楽しみにしていた花火を奪われた俺たちは揃って肩を落とす。

 最悪だ。遅刻はするし、仲間とはぐれるし、服は濡れる。挙句の果てには花火も見れない。とんだ夏祭りだ。


「浴衣……」

「借り物なのに濡れちまったな」

「うん……」


 なかなかどうして、可愛らしい浴衣姿が濡れるだけでこんなに色っぽく感じるのだろうか。何故、濡れた服を着た女性を見ると、男はそれを色っぽいと感じるのだろうか。普通の服では感じないし、女性自身に対しても個人差はあれど色っぽさを感じるのは少ない。

 あれか? 俺たち男は水に色っぽさを感じているのか? 水に濡れるという事がエロスの本質なのかもしれない。

 我ながら素晴らしい事を考える。論文でも出そうかな……。


「松瀬川君ってさ……。好きな人とか居るの?」

「居ない。今までもこれからもずっとな」

「それは分からないでしょ? これからの人生長いんだし……きっと好きな人の一人ぐらい出来るよ」

「いいや、そんなのは出来ない。作っちゃいけないんだ」

「それは……あたしと関係がある?」

「無い……とは言えない。でもお前に責任は無いし、そもそも性根は腐ってたからな。だから自分のことが嫌いな人間が、他人のことを好きになることは無いんだ」

「そう……かな……?」

「そうだ」


 この世の誰もが幸せになっても良い権利を持っている。それがどんなに孤独な奴でも、どんな凶悪犯でも、過去にいじめをしていた彼女でもだ。俺も例外では無い。しかしあるのと使うのでは別問題だ。彼女たちは使って良い。でも俺のような、自分のことが憎くてしょうがないような奴は駄目だ。自分のことが悪で、この世で一番嫌いだから自分のことを疎かにする。それはいつか必ず他人を不幸にしてしまう呪いだ。

 そんな呪いまがいなものは自分の中で閉じ込めてしまうのが良い。とても理に適っているだろう。なのに彼女の表情は曇っていた。何かを複雑に感じ取っていた。それは罪悪感からなのか、それとも他の何かなのかはっきりとは分からない。

 そんな亀水の表情とは裏腹に、空には星が瞬いていた。


「お! 止んだみたいだ」

「ホントだ!」

「宿毛達も戻ってるみたいだし、俺たちも戻るか」

「そうだね」


 そうして彼女との話がすっきりとしないまま帰路につく。

 古民家に戻ると皆、手持ち花火で遊んでいた。どうやら三好先生と彩乃さんが用意してくれていたらしい。亀水もその楽しそうな輪に入って笑顔を見せた。

 こうして俺の夏は小さな花火たちと共に終わったのだった。



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