第23話 夏の終わりは花火と共に

 三日目、四日目と無事に終わったその日の夜。全四日間のアルバイトが終了して、後は明日の朝に帰るだけとなった俺たちは、最後の晩餐を終えてリビングで集まって談笑をしていた。


「そういや今日、お客さんに聞いたんだけど、近くの神社で夏祭りがあるらしいよ」


 そう切り出したのは明井 奈々。バイトで接客を行っている際は、積極的に客とコミュニケーションをとっていた。

 夏祭りかぁ……。

 夏祭りと言えば何を思い浮かべるだろうか。空に撃ち上がる美しい花火、あるいは色とりどりの屋台。りんご飴に綿あめ、浴衣に淡い青春……。色々と思い浮かべるだろう。因みに俺は屋台の一つ、カタヌキを思い浮かべる。地域によってはヌキなんて呼ばれているでん粉で出来た板状のあのお菓子だ。

 小さい頃、あれに命を賭けている奴は少なくなかった。理由は分からないが、何故か出来もしないのに一番、難易度の高いカタヌキに挑戦し、初手で粉砕。持参した針金でやろうとしても駄目。結局、有り金すべてをカタヌキに溶かしてしまう。そんなことを経験した人も居るだろう。

 因みにソースは俺。


「花火も上がるってさ」

「え! いいじゃん! みんなで行こう!」

「行くべ、行くべ」

「そうだな、みんなで行こうか。二人はどうする?」


 突然、長生 内斗が話を振って来た。リビングの端で収支の計算をやっていた宿毛とそれを眺めていた俺は、互いに顔を見合わせる。

 亀水のことを考えればお邪魔になるので行かない方が良いのだが、正直なところ俺は行きたいと思っている。

 というのも、俺はこう見えて祭り好きであるのだ。普段は比較的、落ち着いている俺だが、祭りになると何故か開放的な気分になり活動的になってしまう。これが気持ちいい。

 しかし、調子に乗って騒いでいると、普段から顔を合わせている人間から冷たい視線を食らう事になる。これを彼らの目線で例えると、普段はコソコソとしているキモオタが、野外ライブで好きなアイドルグループが出て来たときに、全力で合いの手をしているという構図なのだ。そりゃあそんなものを見れば興が冷めるのも仕方ない。

 ただ一つ言わせてもらいたいのは、陰キャやキモオタだから気持ち悪いのでは無い。一般の人間だって誰しも熱中することはあるだろう。熱中する物が目の前に現れたとき、皆テンションが上がる事だろう。だから彼らが気持ち悪いと感じるのは、熱量が異常だからでは無く、見た目の所為でも無い。普段の生活とのギャップ、温度差がそう感じさせるのだ。

 だからそういう人たちを見かけた際は、暖かい目で見てあげてください。私はもう、あの冷めた目で見られたくないので大人になりました……。雰囲気を味わえればそれで良いんです……。


「どうしましょうか……」

「どうする?」

「私は別に行きたいとは思わないのだけれど……」

「そうか? 俺は折角だし、行ってみたいけどな」

「そう? あなたがそう言うのなら私も行くわ」

「だとさ」

「それじゃあ一緒に行こうか」

「賛成ー!」


 するとそこに三好 京子と藍田 彩乃がやって来た。


「何話してるんだ?」

「あ! 先生。近くでお祭りがあるらしくて、みんなで行こうって話してたんですよ。先生と彩乃さんも一緒に行きましょうよ」


 亀水のその提案に二人は違った反応をする。三好 京子は眉の間に皺を作り、さも嫌そうな表情を作る。一方で藍田 彩乃はだらしなく口を半開きにして恍惚とした表情を見せる。


「うわっ……。凄く嫌そうな顔……」

「嫌では無いさ。ただ次の日の事を考えてしまうんだ」

「なら次の日に響かないようにすれば良いんじゃないですか?」

「それが出来る程、若くは無いさ」

「はあ……」


 亀水は首を傾げた。

 その亀水から引き継いで酒井 僚太が彩乃さんへと質問を飛ばす。


「彩乃さんは行くんすか?」

「そりゃあ勿論! 浴衣を着た男の子が見れる千載一遇のチャンスだもの。グヘヘ」


 彩乃さーん。口から色々漏れてますよー。口元拭いてくださーい。


「彩乃、お前は駄目だ」

「えぇー、何でぇー」

「去年、お前それで警察にお世話になったろ」

「だからあれは、迷子の男の子に話しかけてたら突然———」

「あーはいはい」

「ねぇーーー! 聞いてよぉーーー!」

「そういうことだから。お前らだけで行くと良い」


 そう言う三好 京子の目は何故か悲しそうに見えた。悲しそうで悲しみを含んでいない表情で、例えるなら孫を見る老人のような目つきだった。

 こんな表情を見せるくらいだ。本当は行きたくて仕方なかったのだろう。けれども出来ない。彼女は俺たちと一緒に居る限りは教師でいなければならないからだ。

 彼女も大人らしく自身の立場を理解している。時には横暴で暴力的で、立場を利用した命令をしてくるが、それは場の秩序を保つためであり、自分に任された役割を全うしようとする覚悟の表れでもある。

 三好 京子は腐っても教師だ。何だかんだ教師で居てくれるから、俺たちは安心して社会を学ぶことが出来るのだ。


「浴衣、着たいよね~」

「あたしも思った」

「どっか借りれるとこ無いかな?」


 三好 京子の数少ない大人の行動に目元を拭っていると、亀水と明井たちが盛り上がっていた。どうやら彼女たちは夏祭りに浴衣で行きたいらしい。

 でも、今からじゃそんな簡単には―――。


「ああ。それなら私のを使う?」

「え!? 彩乃さんのですか?」

「うん。家の知り合いが呉服屋でさ、いっぱい余ってるのよね」


 あるんかーい!


「ありがとうございます! でも、着付け……どうしよう……」

「それなら安心。こう見えて私、着付けの資格持ってるの」


 持ってるんかーい!

 凄いなこの人。ほんっっっとうにこの人、中身は駄目なのに外側は良いんだな。むしろこのギャップで惚れそうだよ。


「どう? お姉さん凄いでしょ?」

「引っ付こうとしないでください」


 やっぱ無しッ!


「それじゃあ、七時に現地に集合ね!」


 亀水の声掛けに各々が返事をする中、俺はあることを思った。

 七時か……。あと一時間以上、時間があるし……疲れて眠いから仮眠を取ろう。そうしよう。



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