第22話 主人公のお前と脇役な俺

 その日の夜、少し困ったことが起きた。宿毛が熱中症で倒れてしまったのだ。

 俺たちはこのバイトの期間中、彩乃さんが所有する古民家を拠点にしているのだが、その古民家に帰って来た直後に宿毛は倒れた。幸い症状自体は軽症で、倒れはしたが怪我も無い。今は安静にしてもらっている。


「どうだ? 体調の方は」

「ええ。大分、楽になったわ。ありがとう」

「そうか。そりゃあ良かった。食事はどうだ? 食べれそうか?」

「ええ」

「なら今持ってくる」


 宿毛曰く、普段はあまり運動をしていないのだとか。だからスタミナが無くて倒れたと彼女は言うが、それを理解しているならもっと自分の体は大事にしろよと思う。宿毛らしくない。いつものあいつなら自分自身の事でも客観的に見ているから無理はしないはずだ。これも暑さの所為だろうか。暑さで疲労していることに気が付かなかったのか、それとも何か頑張る理由でもあったのだろうか。

 どちらにせよ宿毛が無理をするのは初めて見た。


「持って来たぞ」

「あら。松瀬川君」

「彩乃さん。どうっすか? 宿毛は」

「そうね。体温も下がったし、手先もしっかり動いているから大丈夫よ。あとはよろしくね?」

「はい」


 それじゃあ、と彩乃さんは部屋を後にする。俺は寝ている宿毛の傍に腰を落とし、食事をしやすいように上体を起こす手助けをしてやる。


「その雑炊は三好先生が作ってくれたもの?」

「いや、俺が作ったやつだけど……」

「えぇ……」


 なんでそんな不服そうなんですかね? 病人が文句言うんじゃねぇよ。


「毒なんて入ってねぇよ」

「作った本人が毒の塊だから移ってないか心配なの」


 俺はいつから毒手の使い手になったのだろう……。


「冷めるからさっさと食え」

「仕方が無いわね」

「どうだ?」


 一口、二口、三口。口は動いても返答は返って来ない。宿毛はただ黙々と俺の作った雑炊を食した。結局、感想を貰えたのは雑炊を完食した後だった。


「普通ね」


 これである。完食しておいてこの態度、実に宿毛らしい。まあ、そんな減らず口を叩く余裕がある程度には回復したと喜んでおこう。


「そりゃどうも」

「……意外ね。あなたが料理をするなんて」

「俺の両親は共働きで、妹と二人っきりてのも少なくなかったからな。妹の看病だって今まで何度も看て来たし、将来ひとり暮らしもあり得るから多少は出来ないとな」

「意外としっかりしているのね」

「だろ?」

「性根は曲がっているのに」

「一言多いわ」


 まあ、俺も妹には色々と世話を掛けたしな。

 中学の頃、自己嫌悪の炎で焼死しそうになっていた俺を救ってくれたのは、妹の薫だけだった。文字通り命の恩人だ。


「それで……他の人たちはどうしているの?」

「あいつらは部屋で休んでるし、先生と彩乃さんはリビングにいると思うぞ?」

「そう……。彩乃さんから聞いてのだけど、あなたが私の看病をしてくれてたって……」

「まあな。この面子で一番お前の事を理解してるのは俺だろうし、その……亀水との仲直りで背中を押してくれた礼もあるしな」

「そう……ね……」

「なんだ? 俺じゃあ不服だったか?」

「いえ、そうじゃないわ。ただ、その……ありがとう……」


 そう言う彼女の頬は赤みがかっていた。目線も合わせず、どこか恥ずかしそうだった。


「不本意だけれど……」


 彼女の後に続く言葉に、俺は肩を落とす。

 そっちかー……。てっきり恥ずかしくて頬を染めているのかと思ったけど、屈辱の方だったかー。てかどんだけ俺に礼を言うのが嫌なんだよ、こいつ……。

 水を一口。気分を切り替えた宿毛は、昼間の俺と亀水の仲直りについて聞いてきた。


「それはそうと。咫夜さんとは仲直り出来たのかしら?」

「昼間のあの態度を見れば一目瞭然だろ。何を今更」

「仲直りできたのは分かるけれど、そうでは無いの。捻くれ者のあなたが、どうやって彼女との関係を戻したのか気になったの」

「どうって言われても……」


 大したことはしていない。ただほんの少し素直になっただけだ。そしてそれをどうにかこねくり回して言葉にしただけの話。


「別に、お前のことは悪く思って無いんだって伝えただけだ」

「よくもまあ、そんな言葉で許されたわね」

「ああ。亀水に言われたよ、今回だけだぞってな」

「本当に。彼女に感謝するべきね」

「全くだ」

「何故、誇らしげなのかしら……。兎にも角にも、上手く仲直りが出来て良かったわ」


 そう彼女は笑った。庭園で見せたときとは違って、優しさに溢れた大人びた笑顔だった。あのときの無邪気な笑顔も魅力的だったが、今の普段通りに落ち着いたこの笑顔の方が俺は似合っていると感じた。

 俺はその笑顔に少しドキリと心が跳ねるが、忘れてはならない。こいつは宿毛 鈴だ。感じた胸の弾みを誤魔化す為に視線を泳がせた。すると壁掛けの時計が目に入る。


「もう元気そうだし、そろそろ部屋に戻るわ」

「分かったわ。この埋め合わせはいつか……」

「ああ」


 食器を持って部屋から出ようとしたそのとき、宿毛は俺の背中に声を掛ける。


「松瀬川君」

「なんだ?」

「私も、あなたのこと……悪く思って無いわ」

「ああ、そうかい」


 その言葉で胸を撫で下ろす。

 どうやら俺は他人と上手く付き合えているみたいだ。少しだけ気分が晴れた。



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