第17話 君への気持ちは暑さの所為
夏だ! 海だ! 水着だ!
そんな時期が僕にもありました……。
「暑い……。暑すぎる……」
俺は今、焼いています。焼きそばを。肌じゃ無いぞ?
「店員のお兄さん。焼きそば一つください」
「はい」
今いる海岸は、俺の家から車で一時間程の距離にあり、今の時季には大勢の人々がこの美しい砂浜を目当てにやって来る。
というか多すぎる……。普段、海に行かないからこれが多いのか少ないのか分からんが、俺にとっては多すぎる。ここまで人が多いと、日差しの熱なのか人の熱なのか分からん。挙句の果てに鉄板も使ってるから更に暑い。
世の中には夏に行く場所、海派か山派かという論争があるみたいだが、俺は断然、山派である。それは何故か。変な輩に絡まれないからだ。日になるべく当たりたくないというのもあるが、それよりも山に遊びに来るのは落ち着いた人が多い。皆、癒しと涼を求めて来ているからな。それと比べて海は陽キャの極みのような人間がうじゃうじゃ居やがる。先ほど焼きそばを買ってくれたお姉さんもすぐそこでナンパにあっている。おー怖い怖い。
だから俺は海には行きたくない。というか海以前に外に出たくない。
「焼きそば、おいしいですよー。かき氷もありますよー」
額の汗を拭いながらせっせと働く。そんな俺の首元に冷たい物が押し当てられた。驚いて振り向くと、そこにはとても美しい女性が居た。
「水分補給はしっかりね?」
「あ、どうも」
俺の為にわざわざペットボトルを持って来たこの女性は、この海の家の店主で三好 京子の友人である藍田 彩乃さんだ。美しく整った顔立ちに、砂浜に負けず劣らずの白くて綺麗な肌。そして男の情を掻き立てる驚異の胸囲。俺が一生懸命に働くのもこの人の影響あってこそだ。
長く伸ばした髪を簡易に纏めたその人から水を受け取る。喉がカラカラだった俺は勢いよく水を飲んだ。そんな俺に彩乃さんは体を寄せて耳元でこう囁く。
「お姉さんのお水、美味しい?」
「言い方」
誘うように笑う彩乃さんは、その糸目を少し開けて瞳を覗かせる。
「休みたかったらいつでも裏に来て良いのよ? お姉さん、待ってるから」
「いえ、まだやれるんで遠慮しときます」
「んもぅ、いけずぅ」
怖い怖い怖い! この人、確実に俺のこと食おうとしてる! 本気の眼をしてる!
そう。この人も三好 京子と同様に外面に反して中身が駄目な人だった。類は友を呼ぶとは言うが、この人は三好 京子や新聞部の知り合いとは違うベクトルでの危険人物だ。
本人曰く、年下の男の子、特に中高生をこよなく愛しているそう。さらに性根が腐っている、またはそういった態度を取る子が堪らなく好きだと言う。それこそ襲ってしまう程に……。
あれ……? 俺……生きて帰れるのかな……?
そういや怖い人はもう一人居たんだった。
「ありがとうございましたー」
俺の隣で笑顔で接客をしている人。笑顔が似合わないと言えば? そうだね。宿毛さんだね。
普段では御目に掛かれない爽やかな笑顔を振り撒きながらテキパキとお金と人を捌いていく。
「すげぇな……」
「口を動かすよりも手を動かしたらどうかしら?」
折角、褒めてやったのにこいつは……。
「何かしら?」
「いいえ。なんでもありません」
「そうだぞ、松瀬川君。サボっちゃ駄目だぞ?」
「……なんでお前ら居んの?」
横合いから口を挟んだ主は、長生 内斗だった。
「亀水から誘われてね。君も来るって言うから楽しみにして来たんだ」
「俺もお前が来てくれて嬉しいよ」
嬉しそうにこっちを見るな。今言ったのは皮肉だからな!
嫌な事に長生 内斗と明井 奈々、酒井 僚太もバイトに来ていた。亀水が声を掛けたらしい。それもそうだ。亀水 咫夜の好きな人は長生 内斗だ。海水浴という一大イベントに声を掛けない訳が無い。それに怪しまれないように他二人にも声を掛けるのは当然だろう。
「他の二人はどうしたんだ?」
「僚太は向こうでパラソルを立ててるし、明井は店の奥で着替え中。亀水も一緒だよ」
「そうか」
噂をすればなんとやら。店の奥から明井 奈々と亀水 咫夜が着替えを済ませて出て来た。
「じゃーん! どう? ナイト。私の水着は」
「似合ってるよ、二人とも」
「フフン!」
明井 奈々は自信たっぷりみたいだ。だが亀水は逆に自信が無さそうだ。背中を丸めて手でモジモジと遊んでいる。
「ど、どうかな……?」
亀水は俺に向かって上目遣いで頬を赤く染めながら聞いてくる。
正直、眩しすぎて良く見えない。光の加減とかそういうのじゃなくて、あまりにも刺激が強すぎて直視できなかったのだ。
普段、服で護られている彼女の肌が露わとなり、ピンクを基調とした水着がその美しい肌を更に美しく見せる。彼女の恥ずかしそうな表情も素晴らしいが、何よりも彼女の胸部が良くない。背中を丸めて前屈みになっている所為で、彼女の魅力的な胸元が余計に強調されて刺激が致死量に達しそうだ。
このままでは亀水 咫夜に殺される。
「良いんじゃねぇの?」
理性の危機を感じた俺は、目線を逸らしてなるべく平然を装ってぶっきら棒に答える。
「むぅ! 何その反応、ひどーい。もう知らない!」
「えぇ……」
頬を膨らませた亀水は、不機嫌に海へと向かった。明井 奈々もそれを追って店を出る。その去り際に最低だと言われた。
うっせぇ。
「最低ね」
「宿毛?」
「私も休憩に入るから、あとはよろしく」
「宿毛さん!? まだ休憩には早いんじゃ―――」
「何?」
「いえ……何でもないです……」
事の一部始終を見ていた宿毛から軽蔑の目を向けられた。
俺一人でどうやって店を回せってんだ? そんなに今の駄目だったのか?
困惑している俺に長生 内斗が同情の言葉を掛けてくる。
「君も大変だね」
「うるせぇ……」
「手伝おうか?」
「……好きにしろ」
「素直じゃないなぁ」
女子ってよく分からん。
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