第16話 君への気持ちは暑さの所為

 夏真っ盛り。

 クーラーとアイスが手放せない今日この頃。俺は避暑地であるリビングでごろごろと時間を潰していた。見ても無いテレビでは、どこぞの元テニスプレイヤーのおっさんが、もっと熱くなれよと叫んでいる。

 気温は三十五度。これ以上熱くなったら死んでしまう。おっさん頼む、地球の裏側に行って来てくれ。

 そんなことを考えながら何もせずにボーっとしていると、何やら慌ただしい足音が近づいて来る。


「兄者! ってうわ、寒っ! クーラーの温度、下げ過ぎだよ」

「どした? 薫」


 タンクトップにショートパンツという際どい服装の妹がやって来た。

 薫さんや、そんな恰好をされるでない。お兄ちゃんが目のやり場に困るでしょ?


「あぁ、これ。はい」

「うん? 俺のスマホがどうした?」

「スマホ、鳴ってたよ? ここで夏休みの勉強を終わらせようと向かってる最中に気づいた」

「ん? ホントだ」


 二階の自室に放置していたスマホを受け取り、画面を点けると担任で顧問の三好 京子から不在着信の通知が来ていた。それも五分おきに何回も……。

 怖すぎだろ……この人……。


「これ……掛けないと怒られるやつだよな……」


 通知から殺意の波動が滲み出ているのを感じたので、俺は仕方なく三好 京子に電話をした。

 二度目のコールで繋がる。


「あ、もしもし。なんか通知、滅茶苦茶来てたんですけど、何の用ですか?」

『取り敢えず家の玄関、開けろ』


 家の玄関? 何故こんなクソ暑いときに玄関を開けなくちゃいけないんだ。クーラーの冷気が逃げちゃうだろ。もしかしてそれが狙いか? 全く、あの人はどれだけ他人の幸せというものが気に食わないんだ。彼氏が出来ないからと、生徒にその腹いせを行うのはどうかと思う。

 玄関を開ける。

 そこに立っていたのは、鬼の形相でこちらを見つめる三好 京子だった。


「あぁ……。うっす……。こんちわ。今日も良いお日柄で……」

つら、貸せや」


 本人からと電話越しからの二方向から、殺意の波動を食らった俺は死を覚悟した。


「あ、はい……」

「てめぇ、今日の予定を忘れてないだろうなぁ?」


 あーー……。スゥーーーー……。そう言えば今日はバイトの日でしたね……。


* * *


 時は遡ること二週間前、夏休み直前の最後の委員会の日。


「お前らこの日、予定空けといてくれ」


 久しぶりにカウンセリング室に顔を見せた三好 京子は、開口一番にカレンダーに印を付けながら言う。


「え、もしかして夏休みもここに来ないといけないんですか?」

「心配するな、松瀬川。ここに来る用事は無い。ただ……私の知り合いが海の家をやってるんだが、そいつに人手が足りないと泣きつかれてな……」

「それで私たちを労働力として派遣すると?」

「ああ。バイトとしてだから給料も出るし、私も同行するから安心。どうだ?」

「先生! 海の家ってことは、海で泳いでも良いってことですよね!?」

「ん? ああ、もちろんだ」

「やったぁ! あたし行くぅ~。鈴ちゃんも行こ?」

「まあ……私も暇だから行っても良いけれど……」

「やった! 松瀬川君は?」


 えぇ~バイト~? 行きたくねー。別に金に困ってる訳じゃ無いし、暑い屋外に出るの嫌だし。何より海って陽キャの溜まり場じゃん。パツキンのガングロ兄ちゃんがうじゃうじゃ居るんだろ? 行きたくねぇよ、そんなとこ。


「松瀬川君、行こ?」


 学校のアイドル様に、こんなくりくりした目で哀願されたら男は黙ってられねぇよな! 仕方ねぇよな!


「分かったよ……」

「すまないな。それじゃあ当日、駅前に集合で。時間は追って連絡する」


* * *


 とまあ、そんな感じで夏休みに海の家でバイトをすることが決まったのだった。


「いやぁ、完全に忘れてましたー。これも暑さの所為ですかねー。ハハハ」

「言い訳はいいから、さっさと準備をしろ。こちとら二時間も待ってるんだ」

「はい……」


 支度を超特急で済ませ、薫に数日間いないことを伝えて車に乗り込む。三好先生が運転するレンタカーのバンには、既に亀水 咫夜と宿毛 鈴が乗っていた。


「遅いよ」

「すまん……」

「法律も守れない上に時間も守れないなんて……」

「おい。いつから俺が法律を犯してることになってるんだ?」

「いつから? そんなのこの世に生まれた瞬間からに決まってるじゃない」


 唐突に存在を否定されたんだが?

 そんな澄ました顔で俺を罵倒している宿毛だが、余程楽しみなのだろうか、彼女の隣には既に浮き輪が膨らませてあった。

 何だよ。ちょっとは可愛らしいところがあるじゃねぇか……。


「何かしら? そんな恐ろしい目つきでこちらを見ないでくれる?」


 前言撤回。やっぱりこいつには可愛いという言葉は似合わない。

 バンには多くの荷物が積まれていた。それもその筈、バイトは三泊四日。そして俺を除いた面子は女性三人、その各々が遊ぶ気満々。そりゃあ座るとこが無くなるくらい荷物が多くなるのも仕方が無いと言える。


「あれ? 俺の席は?」

「あなたの席はここよ」


 宿毛の指す場所、そこは浮き輪の所為で通常よりも狭くなった席だった。

 まさか、浮き輪を膨らませてたのって……俺と物理的に距離を取る為ですか……?


「あのー、宿毛さん? 浮き輪の空気、抜きませんか?」

「嫌よ」


 嗚呼、やっぱりこいつには可愛いという言葉は似合わない。



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