第11話 それは俺の厄日、もしくは誰かの吉日
とある休日の朝、台所で朝食の片付けをしているとニュース番組の占いが聞こえてくる。
内容曰く、どうやら今日の俺の運勢は最悪らしい。何事も上手くいかず、人間関係が悪化する可能性があるとか言っている。何の確証があって始まったのか分からん星座占いなんて信じるだけ無駄なのだが、気になるのも事実。ただこういった占いや診断なんてものは誰にでも当てはまる。よく聞くバーナム効果というものだ。だからこんなものに人生振り回されるのは阿保らしいと考えるべきだと思う。
しかしまあ、商売としては悪くない方法だと同時に思う。というのも、そもそもああいった占いなどが無くならないのはバーナム効果だけが原因じゃない。人間は自分の信じていることに対して都合の良い情報ばかり取る傾向が強い。例えその信じていることが本来、全くの的外れだったとしてもたった一つ都合の良い情報を得ると、ほらやっぱり、と変に納得してしまう。逆に都合の悪い情報は、例外として無視をしてしまう。こういった人間の心理も含まれている。
これを確か……確証バイアスなんて言うんだっけ……?
そういった人間の心理を使った商売なんていくらでもある。なんなら稼いでいる奴らのほとんどは人間の心理を上手く使っている。だとすると、商売とは心理実験の延長線なのかもしれない。
兎にも角にも、占いなどを信じるのは勝手だが、そんなもので人生の視野を狭めたくはないと常々思う。
「兄者~。今日、乙女座、最下位だってさ~」
テーブルで占いを眺めていた薫が話しかけてくる。
「マジかよ。それは萎えるな……」
「ラッキーアイテムは十円玉だってさ~」
「おいおい、そりゃあ運が良い。今、財布の中に十円玉が大量にあるから、それで不運全部さよならじゃん」
「いや別にラッキーアイテムを大量に持てば良いって訳じゃ無いから。プラマイゼロにはならないから」
えぇ……そうなの……? ラッキーとは一体……。
片付けを終わらせた俺に、何を思ったのか薫が唐突に花を見に行きたいと言い出した。
「花って……花屋?」
「ううん。ほら、あるでしょ? 日本庭園の」
「あぁ、あそこか。今の時季なら……ハナショウブか?」
「う~ん……どうだろう……。ハナショウブはもう終わりじゃないかな? アジサイとかじゃない?」
「そうか。なら混むと思うし、早く支度を済ませて出るか」
自宅から最寄りの駅で電車に乗り、そこから二駅過ぎて到着したのは日本庭園が美しい公園だ。
この庭園では大小色とりどりの花や木が植えられており、春から秋まで季節に合った花々を楽しめる施設だ。敷地も大きすぎることなく、地方の遊園地程度であるために半日以上は潰せる。そして園内の建物では季節に合った催し物もあるので、家族連れやお年寄りまで幅広い年齢層の客が利用する。
今の時季はアジサイが見ごろで、園ではアジサイフェアなるものが開催しているみたいだ。
「ところで妹よ。何故、花なんだ?」
「え? 駄目?」
「いや駄目じゃないぞ? ただ急だなぁって思って」
「う~ん、何となく心を落ち着かせたいなと」
「なんだそれ……」
園のゲートをくぐり、少し歩いたところで目の前に大きな池が現れた。その池をぐるりと一周するように道が敷かれ、その道を挟んだ反対側の一角にアジサイが道に沿うようにびっしりと植えられていた。
とても綺麗だった。図ってそうしているのか分からないが、植えられたアジサイたちは青色から桃色へと花壇の端から端に向かってグラデーションになっていた。もしこれが狙ってやっている事ならここの職員は相当、粋な人間なのだろう。
「すげぇな……」
「兄者! 近くに行こうよ!」
「おう、そうだな」
アジサイを間近で見る為、移動しながらアジサイの見事なグラデーションを目で追っていると、見知った人物を見つけた。
ふわりとしたスカートを身に付け、アジサイを眺める可憐な少女。花を覗き込むと肩から流れ落ちる長髪。そしてそれを耳に掛け直す動作は花とは違う美しさがある。
その少女は美しかった。そう、美しかったのだ……。
「あら? 危ない視線を感じると思えば……」
「お前……ここで何してるんだよ。宿毛」
そう、美しかったのだ……。こいつが口を開くまでは。
「ただの暇潰しだけど、何か?」
「いや、お前がこんなところに来るなんて意外だなと思って」
「意外? 私から言わせれば、道端に生えている草花すらも引き千切っているようなあなたが、ここに来る方がよっぽど意外よ?」
「そんなことやってねぇよ。お前は俺を何だと思ってるんだ」
「テロリスト」
あるぅえ? おっかしいなぁ……。パワーアップしてませんかー?
「兄者、兄者」
「ん? あぁ悪い。紹介するよ、同級生の宿毛 鈴だ。それでこいつが俺の妹の薫だ」
薫が俺の服の裾をぐいぐいと引っ張って来たので紹介してやったが……大丈夫か? 宿毛の奴、妹にも毒舌を吐くんじゃないだろうな?
「よろしくね、薫さん」
「いつも兄者がお世話になってます」
あるぅえ? 俺のときと態度、違い過ぎじゃないですか? 宿毛さん?
「兄者は普段、変な事はしていませんか?」
「うーん、元々が変だからある意味してないわね」
「やっぱり……。兄者、駄目だよ? 他の人に迷惑をかけちゃ」
「かけてねぇよ」
薫さん? お兄ちゃんの事、そんな変な奴だと思ってたの? お兄ちゃん傷つくんだけど?
「宿毛さん、ここで会ったのも何かの縁ですし、一緒に園内を見て回りませんか?」
「お? エンだけに?」
「兄者は黙ってて」
「あ、はい。すみません……」
「どうですか?」
「ええ。構わないわよ? 私も暇してたから丁度良いわ」
「やったぁ!」
もしかしたらと思っていた俺の心配は無駄だった。薫と宿毛は以外にも馬が合うようだ。にこやかに笑いあう二人の姿はアジサイ以上に尊い。
こう見ると、意外に宿毛も美人なんだなぁ……。普段は不愛想で、笑ったとしても見下すような笑みしか見たこと無いから分からなかった。
「ね? 兄者もそう思うでしょ?」
「ん? すまん。ぼーっとしてた」
「えぇ……」
「松瀬川君、ついに脳みそが老いたのかしら?」
「いや、誰にだってそういう時はあるだろ」
ホントに一言余計だな、こいつ……。
「それで? 何話してたんだ?」
「だから! 鈴さんの服装が可愛いよねって」
「ああ、そう。良いんじゃねぇの?」
「ほら、無駄でしょう?」
「相変わらずファッションに疎すぎるね、兄者」
「うるせぇよ。別にいいだろ、死ぬ訳じゃ無いだから」
「出た! 兄者の屁理屈!」
「もう少し気の利いた言葉は出ないのかしら……」
気の利いた言葉ってなんだよ……。取りあえず褒めれば良いのか?
「宿毛。お前……スカート、履くんだな」
その瞬間、場が凍り付いた。この時の心情を松瀬川 重信はこう語った!
いやぁ、もうすぐ夏だというのに秋をすっ飛ばして冬が来たのかと一瞬、錯覚しましたよ。口は災いの元とは言いますがね、口だけで疑似的に気温を変えれるなんて……俺、アメコミのスーパーヒーローにでもなろうかなぁ(笑)……なんて。
何くだらんこと考えてるんだ、俺……。
「「は?」」
「ごめんなさい許してくださいホントにすみませんでした! 悪意は無いんです! 褒めようとしたけど何を褒めたら良いのか分からずに出た言葉があれなんです! 本当にすみませんでした!」
「有り得ない……。兄者が褒めようとしたこともだけど、その上で出てきた言葉があれって……。有り得ない……」
「松瀬川君……流石にちょっと……」
「いや、違うんだ! 普段、お前サバサバしてるだろ? だからまさか学校以外で……それもこんな可愛らしいスカートを履くなんて思わなくてさ」
「かわ………。ま、まあ良いわ。あなたが言葉選びが下手な事なんて今に始まったことじゃ無いもの。許してあげる」
俺の必死の弁明が伝わったのか、宿毛は怒りを鎮めてくれた。
ふぅ……。これで首を
「許す代わりにお茶を一杯、奢って貰えるかしら?」
そう宿毛が指した方向には園内にある建物があった。この建物では度々、催し物が開かれている他、園の花々を眺められる茶屋があり、茶菓子や軽食、おいしいお茶を頂ける。
まあ、お茶一杯で許されるなら安いものだ。
「分かったよ」
そうして俺たちはアジサイを楽しみながら茶屋へと向かった。
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