第10話 やっぱり青春は好きじゃない
西宮たちから敵意を貰った俺は、捨て台詞を吐いてその場から逃げた。
来た道をそのまま折り返していると、サラリーマンを見かけた。時間帯的にお昼休憩をしに出てきたのだろう。瞳が輝いていた。
こういう人たちを見ると自分が情けなく感じる。世の大人たちは、文句は言っても何だかんだ働く。会社に恨みを持ったり、それを理由に会社や社会を潰そうとは普通しない。しかし俺は度々、それと似たような考え方をする。
不真面目な俺は社会不適合者なのだろうか……。
「昼飯……どうしよう……」
腹の虫が鳴ったことで、まだ昼食を済ませていないのに気が付く。
駅の周辺なら何かしらの飲食店はあるだろうが、その駅まではまだ遠い。しつこく腹の虫が泣くので困った俺は少し周囲を見渡した。すると近くに公園らしき場所を見つけたので、薫が小腹が空いたとき用にと持たせてくれたお握り二つをそこで食べることにした。
ちょっとした丘の上にあるそこは、公園とは呼ぶに値しないただの広場だった。体育館のあった小山から少し下った場所にある為、眺めも良く、人通りも少ない。広場には誰も居なかった。
「運が良いな……」
俺は広場の端に設置してあるベンチに座る。樹木の下に設置されているから、景色と合わせてとても気持ちが良い。
「よし! 食うか!」
「松瀬川くーんっ!」
お握りを取り出そうとした直後、俺を呼ぶ声が聞こえた。後ろを振り向くと、広場の入り口から亀水が息を切らしながら走ってきているのが見える。
「どうした」
「どうした、じゃないよ! なんであんなこと言ったの!」
「あれが一番手っ取り早いと思ったからだ。取り敢えず……ほら、ここ座れ」
スペースを空けて、亀水をベンチに座らせる。亀水が息を整えるまで待ってから話を切り出した。
「よくここだと分かったな」
「そりゃあ、その全身真っ黒ジャージは目立つよ」
「悪かったな、絶望的ファッションセンスで」
亀水の悪意無いイジりに、わざとらしく不貞腐れた様子を見せながらお握りを齧る。すると何処からともなく可愛らしい腹の虫の音が聞こえてきた。亀水の方を見ると、彼女は恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めていた。
可愛いなぁ、おい。
「ほら」
「良いの?」
「小腹が空いたくらいだからな、二個も要らねーよ」
「あ、ありがと……」
沈黙。
食事にのみ口を動かした俺と亀水は、それぞれのお握りが無くなるまで喋らなかった。空の青、緑の匂い、風の音、俺と亀水の間にはそれしか無かった。そして亀水の口内から食べ物が無くなってからようやく話し始める。
「ご馳走様でした」
「お粗末様です」
「それで……なんであんなこと言ったの?」
「だから、ああした方が手っ取り早いから―――って聞きたいのはそういう事じゃないよな……」
「うん」
「……俺がこの世界で嫌いなものは三つあってな。一つは戦争、もう一つは蚊」
「蚊って……。じゃあ最後は?」
「俺自身だ……」
その一言で亀水 咫夜は何かを悟った。ベンチについた俺の手を握り、真っ直ぐに俺の顔を見つめる。
暖かかった……。走って来たからか、食事をしたからか、またその両方か分からないが、彼女の手には優しい暖かさがあった。
「だから……自分は傷ついても良いって思ってるの?」
頷く。
「何それ……。そんなの辛いだけじゃん……」
「理解できないならそれでいい。して欲しくも無いしな」
その場を後にしようと立ち上がった俺を、引き止めるように亀水は俺の手を強く掴んだ。
「なら……あたしが松瀬川君のことを、松瀬川君の分まで好きになるよ!」
何言ってるんだこいつ……。こんなの告白みたいじゃないか……。
「だからお願い……。あたしから逃げないで!」
* * *
「朝と変わらず人が多い……」
軽い昼食を済ませた俺は、駅に戻って来ていた。
建物に入り、改札口を目指す。その改札口の手前で見知った人物を見つける。
「どうした? 宿毛。こんなところで……。誰かを待ってるのか?」
「ええ、咫夜さんを待っているのだけれど……彼女はどうしたの?」
あいつ……。俺を追いかけることを事前に宿毛に言ってたのか……。
「あいつは少し寄り道するってさ」
「そう……。あなた分かってたのでしょう?」
「何がだ」
「西宮君の相談についてよ。あなたは彼の問題の本質をすでに見つけていたのよね?」
「確証は無かったけどな」
「何故、先に言ってくれなかったの?」
「だから確証は無かったって言ってるだろ。それにああいう奴らは、やる気が無いのにプライドは高い。だからまた卓球部なんかに入る。こういう奴らを変えるには誰かが敵にならないと変わらないんだ」
「だからって、あなたが傷つく必要は無いでしょう?」
そこで会話が途切れてしまった。
居心地が悪くなった俺は、改札に向けて足を踏み出した。しかし宿毛は、その俺の袖口を摘まんで引き止める。
「ねぇ、松瀬川君……」
「なんだ?」
「もうあんなことはしないで」
「無理だ」
俺は彼女の手を振りほどき、改札を抜ける。すぐにやって来た電車に乗ると、唐突に亀水の言葉がフラッシュバックした。
宿毛も亀水も、二人の言葉は素直に嬉しかった。特に亀水のは心躍るものだった。でも―――……。
「やっぱり
* * *
後日談————という程、大した話は無かった。
次の日、いつも通り学校に着いて自分の席へと座ると、西宮がやって来て卓球部を辞めたことを明かされた。それと同時にテニス部に入ったことも聞かされた。
「まあ、同じ球を打つ競技だし、多少はやったことあるから平気だよ」
そう西宮は嬉しそうに言った。確かに似たようなものだし、何より真面目な西宮なら上手くなることが出来るだろう。
「そうか。頑張れよ」
「うん! それと…………」
「何だよ。そんなモジモジして」
「その、昨日はありがとう」
「そこは普通、怒るとこだぞ?」
「あれは僕の為に敢えてああいう態度を取ったんだよね?」
「そんなこと無い」
「え!? ホントにそう思ってたの!?」
「い、いや……そういう訳じゃ……無いけど……」
「でも……それでも、松瀬川君の言葉で踏ん切りがついたよ。ありがとうね」
西宮は日直だからと言い残して、職員室へと消えて行った。
まさかお礼を言われるとは思っていなかった俺は驚いて固まっていた。そんな俺に、周囲に気づかれないように接近してきた亀水が、意地の悪い笑みを浮かべながらコソコソと話しかけてきた。
「上手くいって良かったね」
「お前……あいつに言ったのか?」
「さぁ~? どうだろうね?」
「確信犯じゃねぇか」
「だって、あのまま黙っておくのは嫌だもん」
余計な事しやがって……。それにこの感じ、宿毛も手を貸してるな? 全く……もっと上手くやれると思っていたのに……。残念だ。
因みにその後、卓球部は存続し続けたが、西宮や先輩たちが居なくなったことで好き放題した結果、俺たちが卒業するまで、ろくでなしが集まる部活として揶揄され続けることとなる。
めでたし、めでたし。
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