第7話 やっぱり青春は好きじゃない

「おいーっす!」

「おいっす」

「こんにちは」


 亀水 咫夜が相談委員に入ってしばらく経った。俺と彼女の関係は奇妙で、教室では全くの赤の他人として振る舞い、放課後こうして委員会活動を行う際は友人として接する。なんともサッパリとした関係だ。

 こんな関係になったというのも、入った翌日から亀水が教室で絡んで来る頻度が増えたからだ。注目を浴びたくない俺は、彼女に教室ではなるべく絡まないようお願いをした。何故か彼女はやたらと俺に関わろうとしており、頑なに首を横に振った。

 しかし俺の平穏の為にここで引くわけにはいかないので、しばらく説得を続けてようやく彼女は首を縦に振ったのだった。渋々だが……。

 これで俺の学生生活の平穏は保たれる、そう思っていたのだが別の問題が浮上した。それは―――、


「ねぇ、松瀬川君。今度の日曜日、どっか遊びに行かない?」

「用事があるから無理だ」

「え~、いっつもそれじゃん」


 それは彼女の距離感がおかしいという事だ。教室で絡んで来ていた頃はそうでも無かったのに、ここだけの絡みになった途端に妙に近くなった。それも精神的にも物理的にも。


「あのー……近いんだけど……」

「何読んでるのかなーって見てるだけだよ」

「いや、見ないで欲しいし離れて欲しいんだけど……」


 うっ……! それ以上近づくな! いい匂いするだろうが!


「彼の言う通り離れた方が良いわよ? 咫夜さん。その男、痴漢魔だから」

「おい、ちょっと待て。なんで俺が常に痴漢してることになってんだ」

「しているじゃない。その目で私を視姦しているじゃない」

「俺の目つきが悪いのは元からだし、そもそもお前なんて視姦する場所が無いだろ」

「今なんて?」


 おっと! 今、プロの鍛冶師もびっくりな鋭い視線が飛んできたな。一流のハンターは目で殺すというが、どうやら俺は死んだみたいだ。


「そうかな? あたしは松瀬川君の目つき、割と好きだけどなぁ」


 何っ!? 今なんと申された!?


「そうかしら……。中々に恐ろしい目つきだと思うけれど」


 おい、そこのぺったんこ! 黙ってろ! 亀水様のお言葉が聞こえんだろ!


「あなた今、失礼なことを考えて無いかしら?」

「そんなことねぇよ。それより俺の目つきが何だって?」

「え? 割と好きって……」


 生まれて初めて好きなんて言われた……。この目つきのせいで彼女づくりに失敗し、挙句の果てには友達すらも作るのに精一杯だった……。警察にも話しかけられるし……。


「うわ……この男、泣き出したわよ……」

「うぅ………」

「よしよし、辛かったね……。あたしは独特で良いと思うよ?」

「独特……? それ褒めてねぇじゃーん。 独特なんて言葉、何回も言われたわ……。しかも視線を合わされずにぃ……」

「か、可哀そう……」

「痛々しいわね……」


 俺が過去の出来事に心を痛めていると、カウンセリング室の扉がノックされた。彼女たちとの茶番もそこそこに呼び入れる。

 全く……嫌な思い出だぜ……。


「失礼しまーす……」


 弱気な声で一人の男子生徒が恐る恐る入室する。太枠の大きめ眼鏡をかけた小柄な男子生徒は、何故か涙目な俺を見て困惑していた。


「彼の事は気にしないで。こちらにどうぞ」

「あ、はい。お邪魔します……」


 オドオドしながら面談用の椅子に座った男子生徒に宿毛が話しかける。


「ここに来たという事は相談しに来たという事で良いのよね?」

「うん」

「先生は今、会議中だから私達が相談に乗ることになるけれど……。いいのかしら?」

「うん。同級生の方が話しやすいし、問題は無いよ」

「そう。それで……えっと……」

「西宮君だよ。西宮 宗次郎君、そうでしょ?」

「う、うん。亀水さんや松瀬川君と同じクラスなんだ」


 スゥーーー……、そうだっけ? 西宮……西宮……。あ! 思い出した! 俺の席の真後ろにそんな名前の奴いたわ。授業を真面目に受けてて、先生からの問いにも積極的に挙手をして答えてるな。そのせいで授業中の居眠りがしづらくて困っとるわ。貴様には分かるまい。ウトウトと気持ちよくなっているときに、教師のお前を呼ぶ声と共に視線がこちらに集まるあの恐怖……。びっくりして膝ガタしそうになるわ。


「松瀬川君? もしかして僕のこと……」

「ん? ああ、もちろん知ってるよ。ハハハ、同じクラスの奴の顔ぐらい、さすがに覚えてるよ」

「本当かしら……?」

「おおっと! 西宮殿は何を相談しに来られたのかな?」

「それなんだけど……。僕、卓球部に入ってて、三年生の先輩たちが居なくなったら、残るのが僕たち一年だけになっちゃうんだ」

「二年生はいないのか?」

「うん。うちは弱小だからね、部員自体も少ないんだよ」

「じゃあ次のキャプテンは一年の中から選ばれるのか」

「それがね、今の部長から次のキャプテンはお前だって言われて……」

「それが何か問題なのかしら?」

「う、うぅ……。問題というか……その……不安で……」


 ふむ。どうやら西宮はキャプテンになるのが不安らしい。そりゃあリーダーという立場になる以上、それなりに責任やさまざまな圧は掛かる。それは当たり前のことだ。そして誰だってそんな立場に身を置くとなったなら緊張もする。

 しかし本当に彼はが不安なのだろうか。俺の知っている西宮という人間は、授業に積極的に参加するほど真面目な奴だ。次期キャプテンに選ばれるにも納得できる。世の中にいる平凡な高校生で真面目に授業を受ける人間は、ほぼいないだろう。居眠りだって大抵の学生はやったことあるはずだ。

 だがこの西宮 宗次郎のような人間は、志を持っているが故に授業を真面目に受けるのだ。真面目な奴は、志を持ち、己を律することが出来る。そんな人間が、果たしてリーダーになることがそんなにも不安になるのだろうか?

 いや、誰だって初めての事には不安を抱く。彼も同じ人間だ。なることへの一抹の不安はあるのだろう。しかし他人に、それも家族でもない第三者である俺たちに相談する程では無いはずだ。少々良くない言い方だが、たかが部活の部長だ。ここまで不安がることは滅多に無い。並の人間なら何だかんだやるし、俺のような下らない人間は嫌だとごねる。面倒ではあるが、言うほど重圧は無い立ち位置だ。

 けれども彼は俺たちを頼った。俺たち第三者を頼るということは、自分の中では解決が出来なかったという事。

 なら問題はもう少し大きいように思える。彼の悩みがと判断するのはまだ早い。俺はそう考えた。


「そんなに不安がる必要は無いわ」

「そうだよ、宗次郎君! 宗次郎君なら部員のみんなを引っ張っていけるよ!」

「そうかな……?」

「うん! 絶対できるよ!」

「一応、アドバイスをするなら……あなたの場合は少し強気に言った方が良いわね。下手をするば士気を下げることになるけれど、変に下から言うよりかはこちらの方が良いわ。まあ、その加減はあなた次第だけれど」

「うん、ありがとう」

「ま、頑張れ」

「松瀬川君もありがとう。あ、そうだ! 今度の日曜日、先輩たちの最後の試合があるんだ! 僕も出るから、良かったら見に来てよ」

「ああ、行くよ」

「え!? 用事があるんじゃなかったの?」

「今、無くなった」

「何それ! じゃあ、あたしも行くー。鈴ちゃんも行こ?」

「私は別に……」

「行こ?」

「はぁー……。分かったわ」

「やったぁー!」

「西宮君、そういうことだから」

「うん! 待ってるよ。今日はありがとね」


 そう言って西宮 宗次郎は部屋を後にした。



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