第6話 亀水 咫夜の向く先は
学校のアイドルとの楽しい楽しいショッピングの翌日、俺はカウンセリング室へと足を運んだ。
「おいーっす」
個人的には何かと理由を付けて一年間休んでやりたいところだが、そんなことをしたら顔面に拳が突き刺さることになるので仕方ない。
やる気のない挨拶をし、来ることの無い返事を期待しつつ、俺は部屋の扉を開けた。
「おいっすー!」
「は?」
俺は驚いた。返事にも驚いたが、何よりその声の主があの亀水 咫夜だったのだ。立ち上がった彼女は、俺の元に小走りで駆け寄り、俺の腕を引っ張る。彼女の柔らかな手が触れ、俺の心が跳ね上がる。
「座って座って」
「あ、あの……。何故あなたが居るんですかね?」
「え? ああ……えっとね……。実はあたし、相談委員に入ることになったの」
「は?」
出ました。本日二度目の、は? いや、ホントに意味が分からんのだが?
「亀水さんはあなたと同じ無所属だったの。それで昨日の事もあって入ることになったのよ」
「もう鈴ちゃん! あたしの事は咫夜って呼んでって言ったじゃん!」
「咫夜………さん」
「さん付けも駄目」
俺は亀水 咫夜に手を引かれるまま、定位置である面談用の椅子に座った。亀水も宿毛の目の前にパイプ椅子を置き、陣取った。
あの宿毛がとても困っている……。これは貴重だ、面白い……。
「あ、松瀬川君もあたしの事は咫夜って呼んで?」
「……なあ、宿毛。三好先生はどうした?」
「ちょっと! 無視しないでよ! ねぇ鈴ちゃん。松瀬川君が無視するんだけど」
「今日も会議だそうよ」
「鈴ちゃんも無視しないでよぉ~」
「ちょっと……くっつかないで。謝るから、抱きつかないで」
「うえぇぇぇん、鈴ちゃ~ん」
急に騒がしくなったな……。
特にすることも無い俺は、亀水と宿毛のじゃれ合う姿を余所に、読みかけのライトノベルを取り出した。
「ちょっと、咫夜さん……。いい加減、離れてちょうだい。そこの暇人に渡すものがあるのでしょう?」
「あ! そうだった!」
ようやく解放された宿毛が身なりを整えているのを尻目に、亀水が差し出してきた小袋を睨む。
「はいこれ」
「……なにこれ」
「そんな怪しい物じゃないよ。開けてみて!」
俺は受け取った小袋を開く。中から出てきたのはキャラクターキーホルダーだった。
デフォルメされた馬に鹿のような角が生えている。これって……。
「なにこれ、馬鹿ってこと? え? 新手のいじめ?」
「ち、違うよ! ウマシカだよ!」
「馬鹿であってるじゃねぇかよ。さすがの俺もこんな陰湿なことされたら泣くよ?」
「違うってば! 昨日行ったアクセサリーショップのマスコットキャラクターなの!」
えー? ホントでござるかー?
疑いの目を向けていると、俺の視界の隅に宿毛の鞄が目に入った。彼女の鞄には俺のと同じキーホルダーが付いていた。亀水はそんな俺の視線に気づいたのか、自身のスマートフォンを取り出して見せる。
「ほら! 三人お揃!」
亀水がとても嬉しそうだし、俺も誰かからプレゼントを貰うのは久しぶりだから、素直に喜ぶか……。
そう思ったその時、亀水のスマホのセンサーが反応して画面に明かりが灯る。彼女は不覚にも俺の方に画面側を向けていたので、スマホの待ち受け画面が露わになる。
スマホの画面には誰かが映っていた。すぐに彼女がスマホを収納した為にそれが誰だかはハッキリとは分からなかったが、亀水 咫夜の待ち受けに誰かが映っていた。それは恐らく彼女の想い人で、恐らく長生 内斗のはずだった。
俺は画面に映った彼を知っている……。長生 内斗のはずなのに、どうしてだが俺は頭の片隅でそれに疑問を抱いている。
いや、長生 内斗のはずだ。そうに違いない。
俺はそう決めつけた。
「ウマシカ、可愛いな」
「だよね!」
「そうかしら? 可愛らしくデフォルメしてあるけれど、これ現実だったらただのキメラよ?」
「リアルじゃないから良いの!」
「そ、そうね……」
宿毛さん……。言いたいことは分かるけど、表情には出さないであげて?
「別に無理して付けなくても良いんじゃねぇの?」
「あなたにそう言われると外したく無くなるわ」
「なんでだよ」
「改めて、ありがとう。咫夜さん」
「いいえ、こちらこそ~」
なにちょっと嬉しげなんだよ、宿毛さんよ。そういう俺も嬉しいけどな? だって学校のアイドルと名高い美少女にプレゼントを渡されたら、この世の男はその場で求婚するレベルで嬉しがるはずだ。
まあ俺は立場をわきまえているので? そんな大喜びなんてしないが?
「松瀬川君?」
「……ありがと」
「うふふ、どういたしまして!」
かくして学校のアイドル様との委員会活動が始まった。
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