第5話 亀水 咫夜の向く先は
次に向かった先はアクセサリーショップだった。散々悩んだ挙句に選びきれず、服を送るのは止めておこうという結論に至ったそうだ。
それにしてもアクセサリーショップに寄るなんていつぶりだろうか。妹の薫が一時期ハマっていて、あっちこっち連れ回されたっけ……。
「意外ね。あなたのことだからもっと嫌がるかと思ったのだけれど」
「え? ああ……。一時期、妹がこういうのにハマっていてな。こういうところに来るのは久しぶりだなぁと」
「へぇー、あなた妹が居るの?」
「え? 松瀬川君、妹が居るの? どんな子? 写真とか無いの?」
写真か……。そう言えば最近、花見に行ったときに撮ったような……。
俺は消えかけの記憶を頼りに、普段開けないスマホの画像フォルダを探った。すると直ぐに狙いの写真は見つかった。まあ、すぐ見つかって当たり前だよね。撮るのも撮られるのも嫌いな俺が、そんなに沢山の写真を撮るはずないのだ。決して撮ったり撮ってくれる相手が居ないからじゃない。決して違うぞ?
「ほら、これ」
「ん? おぉ! 桜!」
「こっちが俺で、その隣が―――」
「見れば分かるわ。こんなに写真写りが悪い人、あなた以外居ないもの」
「うっせぇ。ちょっと気にしてんだよ」
「へぇ~、松瀬川君の妹さん可愛くてかっこいい!」
「そうだろ! 中性的な顔つきだから、よく学校の演劇とかで王子様役をしていたなぁ。だがその中身はとても可愛くてな! 料理も達者で毎朝弁当と朝食を作ってくれるんだ。それに俺とは違ってしっかり者だし社交的だ。だがな、最も可愛いのは……なんと! 未だに雷が怖いんだ。可愛いだろ?」
「松瀬川君って……シスコン?」
「違う」
「じゃあロリコンね」
「断じて違う」
何だよ、その幻滅した目は! ホントに違うからな!
そんな他愛もない会話をしながらも、俺たちは次々と小物を見定めていった。亀水 咫夜の好きだというそいつに似合うか、あれはどうか、これはどうかと手に取って言い合っている内に、俺も楽しくなってきていた。
「あれ~? タヤじゃん」
この他人を見下すような口ぶりに、亀水 咫夜を知っているという事実。相手の顔を見るまでも無い。こちらに声を掛けた主は明井 奈々。そしてその後ろには長生 内斗と酒井 僚太が控えていた。
「こんなところで会うなんて。それとそっちの人たちは?」
「あ、この人たちはあたしの買い物に付き合ってくれてる相談委員の人たちで……」
「宿毛 鈴です」
「松瀬川だ」
「相談委員? そんな委員会あったっけ?」
「最近、新しく出来たんだ」
「へぇ~。さっすがナイト君! 物知り~」
そう酒井 僚太は
それと俺の方を向いてにこやかに笑うの止めろ。察してあげたよって見下しているようで腹が立つ。
「ふ~ん、そう。でも買い物なら私らも付き合ってあげたのに」
「いやぁ……。それはその……プレゼントだからさ……」
「プレゼント? 誰に?」
「えっと……それは………」
「え? 何? はっきり言って」
「うぅ……」
こちらをそんな悲痛な目で見ても、俺は助け船は出さない。恋愛というデリケートな部分ゆえに秘密にしたいのは分かる。しかし友人間ではそれは秘密にしない方が良い。友人に公表してしまえば手を貸して貰えるかもしれない。関係の無い人間に広められるというリスクはあるが、それを加味しても公表すべきだ。そう思う一番の理由は、公表しなかった場合にその友人にバレたときだ。その友人は友達であるにも関わらず恋愛相談すらしてもらえなかったと、信頼してもらえなかったと思い込んで仲が悪くなる可能性が高い。群れの中で生活している者にはこれは致命傷になりかねない。なら言ってしまった方が群れの中で生き残りやすい。
だからもう俺は助けない。
「はぁ……。亀水 咫夜さんはあなた達にサプライズでプレゼントしようと計画していたのよ」
「え? そうなの? タヤ?」
「う、うん……。そうなんだよねぇ……」
だが宿毛 鈴は違った。俺とは違い、渋々ながらも手を差し伸べた。こいつが他人に気を使っているのを、俺は初めて見たかもしれない。人は時と共に変わるというのか……。
「でも何でプレゼント? 誰か誕生日だったっけ?」
「居るじゃない。我らが騎士様が」
「騎士? ナイト君?」
「長生 内斗。あなた誕生日、来週でしょ?」
「え!? そうなの?」
「あー……。まあ、そうだね」
「嘘っ!?」
「だから亀水さんは彼を祝うだけでなく、あなた達にもということで私たちに相談して来たの」
「そうだったの? ごめんね、タヤ。気づけなくて」
「いいよ。あ、そうだ! この際だから、みんなで選ぼうよ」
そうして彼ら彼女らは仲睦まじく群れへと戻って行きました。めでたし、めでたし。だが、めでたいのは彼ら彼女らだけだ。
「お前、よく長生の誕生日覚えてたな」
「当たり前でしょ。忘れる訳が無いわ……」
宿毛 鈴は顔を伏せる。彼女が表情を曇らせる理由は、恐らく―――いや、確実に中学での出来事が原因だろう。
あれは仕方の無いことだった。あの時は―――。
「ん?」
俺は過去へと思考を飛ばそうとした時、ふとあることに気が付いた。視線の先には亀水 咫夜と長生 内斗。その二人が楽しげに商品を見ている。亀水 咫夜の言っていた好きな人のヒントが脳裏に浮かぶ。
一、身なりに気を配っている人間である。
二、普段から楽しそうな人物。
三、他人の為に自分を犠牲に出来る、優しい性格。
そんなこの世の善を詰め込んだかのような人物は居ないと思っていたが―――。
「そうか……。あいつか……」
「は? なによ、急に。気持ち悪い」
「いや独り言だ。それより宿毛」
「なにかしら?」
「お前は亀水 咫夜の恋を……全力で応援できるか?」
「全力……は無理かもしれないわね。でも、彼女も幸せになっても良いとは思うわ」
「そうか」
宿毛 鈴の言葉をきっかけに、俺は脳内である仮説を立てた。
亀水 咫夜の友人は俺の知っている限り、その数はあまり多くない。そして彼女は友人にではなく、俺と宿毛に自身の恋を打ち明けた。これには彼女の学校での立場というのも理由に含まれているだろうが、恐らくその友人内に意中の人間が居たから俺たちに頼った。そして彼女が口にしたヒントから導き出される答えは一つ。
亀水 咫夜の向く先は―――、
「長生 内斗……、お前だな」
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