第8話 やっぱり青春は好きじゃない
待ちに待った日曜日がやって来た。いや別に待っては無いか……。
珍しく朝早くに起きた俺に、妹の薫はとても驚いていた。
「珍しいね。兄者がこんな早くに起きるなんて」
「まあな。友達が大会に出るんでな、その応援に行こうと思って」
「意外……」
「だろ?」
「いや、兄者に友達が居たこと」
「そっちか……」
朝食を摂った俺は、上下真っ黒なジャージを着込んで家を出た。
西宮とその先輩たちが出る卓球大会は、どうやら全国総体に繋がるものらしく、今回見に行く大会はその地区予選的な立ち位置になるみたいだ。それから個人戦、シングルとダブルスは既に前日に終わっているそうだ。彼らも出たみたいだが、はたしてどうなったのか、西宮の連絡先を知らないので何とも分からない。しかしうちの卓球部が強い、と入学から今まで聞いたことが無いので、まあ聞かないでおいた方が良いだろう。
俺はまだ重い瞼を擦りながら電車に乗った。目指す目的地は俺の家から電車で一時間程のところにある、市が管理している体育館。そこで亀水たちとも合流する手筈だ。
「まだ朝早いのに、なんでこんなに人が多いんだ……。これだからリア充は……」
愚痴をこぼしつつ、電車に揺られること一時間。ようやく最寄りの駅に辿り着いた。
改札を抜け、道路を渡り、住宅街を過ぎた小高い山の中腹、そこに緑の木々に囲まれた目的の建物があった。
敷地内に入るとすぐに、亀水と宿毛の姿を見つけた。スマホを互いに見せ合いながら楽しく談話しているように見える。
「すまん、待たせた」
「おっそーい!」
「悪かったな」
「咫夜さん、彼は別に遅れてはいないわよ? むしろ私達が早く来すぎたぐらいで―――」
「チッチッチ、鈴ちゃんは分かってないな~。こういうときは……もう! 待たせすぎ! 罰として今からあたしとデートだぞ? っていう風に攻めるのが効果的なんだよ?」
「……時々、あなたのことが恐ろしく感じるわ……」
「なんで!?」
ふぅーー……、危ない危ない。危うく彼女の手を取って、本当に今からデートに行くところだった……。やはり亀水 咫夜の輝きは男を惑わせる。危ない子だ……。
「そんなことはいいから、入ろうぜ」
体育館の中央では、すでに選手たちの準備運動が行われている。西宮達を探して周囲を見渡すと、本人らしき人物が二階から手を振っているのが見えた。一方で宿毛と亀水は気づいていないようだったので、俺は仕方なく彼女らの肩を突っつき、二階を見るよう促した。それでようやく居場所を確認できたので、彼女たちを先頭にそこに向かった。
「ありがとう。本当に来てくれるなんて、嬉しいよ」
「まあ、せっかくだしな」
「そうそう。せっかくだもんね」
こんな挨拶がてらの会話をしているが、俺は少々、周りの視線が気になる。この場にいる何十人という人間のほとんどがこちらを向いているからだ。
普段、目立ちたくない俺ならすぐにでも逃げ出したくなるような視線の量だが、少々気になる程度で留まっているのには理由がある。それは向けられている視線の先が、全て亀水 咫夜であるからだ。
学校で人気の彼女だが、まさかここまで視線を釘付けにするとは想定外だ。この視線たちは驚きと羨望、それから汚い何かが混ざっている。俺としては、たとえ自分に向けられていないと知っていても、あまり気持ちのいいものではない。
亀水 咫夜はそれほど注目を集めていた。
「西宮。その人たちは? もしかして応援?」
「あ! 西方先輩。皆、紹介するね? こちら卓球部部長でエースの西方先輩」
「よろしく」
「初めまして。西宮のクラスメイトの松瀬川です」
「同じくクラスメイトの亀水です」
「宿毛です。今日は同級生の西宮君が出るとのことで、応援しに来ました」
「嬉しいなぁ。まさか応援しに来てくれるなんて。うちの卓球部は弱小だから成績は期待しないで欲しいけど、応援に応えられるよう全力で試合に挑むよ」
「僕も頑張るからね!」
「ああ、応援してるよ。それより……一年はお前だけじゃないよな? 他の奴らはどうしてるんだ?」
「あーー……それはね……」
俺の問いに、西宮は歯切れの悪い返事を返しながら目線を逸らした。逸らした目線の先、俺から斜め後方の離れた場所に、恐らくうちの学校の卓球部が陣取っているであろう場所で、スマホを弄りながら談笑している男子生徒四、五人がいた。
数えてみれば五人。その五人の男子生徒たちは、周りの視線が亀水に向いているのにも関わらず、スマホや喋るのに夢中で俺たちに気づいていない様子だった。
「ごめんね。他のみんなはあんまり勝ち意識が高く無くて……。嫌な気分にさせちゃったらごめんね」
「ううん! そんなこと無い! あんな奴ら放っておけばいいんだよ!」
「ありがとう、亀水さん」
「亀水? もしかしてあの亀水 咫夜さん?」
「え? ええ、そうです……けど……」
「おお! どうりで! そうか……。学校のアイドルに応援されるってんなら、俄然やる気が出るってもんだ! 西宮、何としても勝つぞ!」
「はい!」
これは俺たち男が単純なのか、それとも亀水 咫夜にはそういう特殊能力でもあるのか、よく分からん……。
「お、おい! あれって亀水 咫夜じゃないか?」
「うわ! ホントだ!」
「いつ見ても可愛すぎだろ……」
「おい、話しかけに行って来いよ」
「なんでだよ。お前が行けって」
「てかなんでここに亀水が居るんだ?」
周囲の視線が穏やかになった頃、ようやく他の卓球部員がこちらに気づいたようだ。ひそひそと話している。
その後、西宮や西方先輩から卓球のあれこれを聞いたり、他愛もない日常会話をし、開会式を迎えた。
西宮や西方先輩に聞くまで知らなかったのだが、卓球の団体戦はシングルとダブルスの混合になっているそうだ。一、二試合目がシングル、三試合目がダブルス、四、五試合目がシングルの計五試合を1チームで行い、三試合先取で勝敗が決まる。これは大会によって変わるらしいが、俺たち高校生の出る大会はこれが一般的だそうだ。因みに、西宮は先鋒のシングル、西方先輩は副部長と中堅のダブルスに出るそうだ。
今まで部活の応援どころかスポーツの中継すら見なかった俺だが、知り合いが出るという事もあってか、少し楽しみだ。テレビでやっている野球やサッカーの中継ではこんな気分にならないのだが……。
というか何故あそこまで熱くなれるのか俺には分からん。俺がスポーツというものに興味が無く、且つ一般的な競技のルールすら知らないというのもあるかもしれないが、それでもあれらを見て盛り上がるというのは分からん。実際にプレイして盛り上がるならまだ分かる。
よく世界大会などの翌日のニュースは、その中継を見ている人間たちの盛り上がりを取り上げたりもする。あれを見て、俺は本当に奴らは応援しているのかと疑ってしまう。
勘違いされないよう補足するが、勝敗に一喜一憂するのがおかしいと言いたいんじゃない。俺が疑っていると言っている連中は、その状況に乗っかって騒ぎ立てる連中だ。やれワールドカップだの、やれオリンピックだのと飲んで騒ぐ。酷い奴はそれに飽き足らず警察沙汰になる頭のおかしな奴も居る。こういう奴らに限って、日本人はお祭り事が好きだから、と訳の分からんことを言い出す。騒ぐことがお祭りになるんだったら、デモ隊の人たちは毎日お祭りじゃん。
「嫌だなぁ……」
そんな捻くれた考えをしている自分に幻滅する最中、大会の方は順調に進んでいた。
そして、いよいよ西宮たちの戦いが始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます