第56話 無責任にもそういう自信が俺にはあった


「いやいや、俺たちのライブでって。俺たちのボーカルは、ひよりちゃんだろ?」


 真っ先に反対したのは、ひよりではなく、悠治ゆうじだった。


「ひよりちゃんはどうするつもりなんだ? お前、ひよりちゃんとライブをやりたいって言ってたよな? それは、ひよりちゃんの望みでもあったわけで、お前はそれを裏切るって言うのか?」


 反対するのも当然だ。俺だって、ついさっきまでこんなことを言おうとは夢にも思ってもいなかった。けれど、口に出すとどうしようもない名案に思えて仕方がなくなっていた。

 俺たちの演奏でアオに歌ってもらいたいと思う一方で、当たり前だが、ひよりに歌わせたくないと思っているわけではない。むしろ、アオはひよりと一緒に歌うべきだと思っている。ひよりと歌えば、アオはきっとこのフェスを心の底から楽しめるはずだ。ひよりの歌にはそういう力がある。


「私、アオちゃんと一緒に歌いたい」


 俺の心の内を見透かしたように、ひよりはそう口にした。


「別に、ボーカルは一人じゃなきゃいけないって決まってるわけじゃないじゃん。ツインボーカルってやつ。アオちゃんと一緒に歌ったら、きっと楽しいと思う」


「ひよりちゃんは本当にそれでいいの?」


「私はむしろアオちゃんと一緒に歌えたらいいなって思うよ。だって、アオちゃん、すっごく歌がうまいから。一緒に歌ったら、きっと気持ちいいんだろうなって」


 ひよりの言葉に嘘はなさそうだった。無理している風でもない。本当に心からアオと同じステージに立って歌うことを望んでいるように思える。そんなひよりを見て、俺は不覚にもほっとしていた。


「まぁ、ひよりちゃんがいいって言うなら俺たちに異論はないけど。ね? 井口いぐち


「あぁ、アタシはどっちでもかまわない」


 渋々といった様子だが、悠治が賛成に回る。それを見ていた、最初からあまり関心がなさそうな井口さんが頷いた。


「肝心のアオはどうなんだ? 流れから察するに、お前、別にアオの了解を得たわけじゃないんだろ?」


 悠治の言うとおりだった。アオに歌ってもらうというのは、完全に俺の思い付きだ。

 けれど、俺にはアオを説得する自信があった。というより、アオが何と言おうと引きずってでも同じステージに立たせるつもりだった。

 引きずって歌わせるんじゃ本末転倒だと思われるかもしれないが、ひよりの隣で歌えばきっと大丈夫だ。どんなにイヤイヤだったとしても、絶対に楽しくなる。無責任にもそういう自信が俺にはあった。


「アオちゃんは、きっと一緒に歌ってくれるよ」


 俺の勝手な自信が伝播したように、ひよりは自信満々だった。たった一度、ほんの数分言葉を交わしただけなのに、ひよりはアオのことを深く理解しているようなところがある。


「ひよりちゃんがそこまで言うなら大丈夫なのかな。まぁ、俺たちとしては、アオとひよりちゃんの二人が歌っても、ひよりちゃん一人でも、やることは変わらないからね」


 俺には懐疑的な目を向けていたくせに、悠治はひよりには甘かった。こういうところを見ると、やっぱり悠治はひよりに気があるのではないかと思える。


「そうと決まったら、トレウラの皆さんの演奏が終わって、すぐに勧誘に行った方がいいんじゃないか? 時間はあるようであまりないぞ」


 俺たちの動向を冷静に見ていた井口さんが、至極冷静な言葉で告げる。トレウラと俺たちの出番の間には、リサさん、ロックミュージック研究会、千冬ちふゆさんたち、そして、青山あおやまさんがいる。とはいえ、たったの四組だ。俺の誘いにアオがどんな反応を示すかも未知数である以上、早いに越したことはないだろう。


「分かってる。トレウラが終わったらすぐにアオを捕まえよう」


 俺の言葉に、ひより、悠治、そして、井口さんの三人が真剣な顔で頷いてくれた。

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