第52話 これって、プロのステージだよ!

『〈ロックミュージック研究会〉フェス』と大きく書かれた横断幕が、ステージの上で揺れていた。

 俺の立っているフロアから、見上げるほど高い位置にある横断幕。どこかの夏フェスかと見紛うようなクオリティだ。

 

 その横断幕の真下にあるステージでは、背中に『STAFF』と書かれたお揃いの黒いTシャツを着た見慣れない大人たちが、あれやこれやと作業をしている。しばらく眺めていても、具体的に何をしているのかは分からなかったが、これから行われるライブの準備をしてくれている。

 

 横断幕を作ってくれたのも、目の前でライブの準備をしてくれているのも、全てその道のプロの人たちだった。〈ロックミュージック研究会〉のOBOGは、ほとんどがプロのミュージシャンなわけで、その人たちがライブをするというのだから、ステージの設営や運営もまたプロがすることになるのは当然のことだった。

 

 フェスの会場は、リサさんが運営しているカフェ兼ライブハウスの『アナーキー』だ。

 リサさんは、「割と大きい規模のイベントもできるようにって、大きなライブハウスにしてあるんだよ」と笑っていたが、まさかここまでの規模と雰囲気になるとは思いもしなかった。

 

 あまりの壮大さに、言い出しっぺのくせに怖気付いていると、隣りのひよりに肩を叩かれた。


『すごいね! 私たち、明日このステージでライブができるんだよね? これって、プロのステージだよ!』


 ひよりの声は、ライブ前日になった今も戻っていなかった。しかし、ひより自身は、明日のライブで歌えることを信じて疑っていない。我が妹ながら、尊敬する。

 

 アナーキーには〈ロックミュージック研究会〉のOBOGが勢揃いしていた。

 

 初代〈ロックミュージック研究会〉のメンバーで、世界的なロックバンドのトレウラこと〈Tre Un Lineトレウンライン〉。メンバー構成は三人だが、ひよりに借りたCDを聞く限り、たった三人で演奏しているとは思えなかった。

 トレウラの三人は、百合葉ゆりはさんとエリさん、それから七夏ななかさんと談笑している。なんでも三人揃うこと自体が相当珍しいらしく、トレウラの大ファンである百合葉さんとエリさんは、子供のようにはしゃいでいた。

 俺や悠治ゆうじなんかは、数日前から緊張しっぱなしなのだが、あの人たちに緊張している様子はない。プロともなると緊張などしないのだろうか。

 

 二代目の会長で、この会場の雇われオーナーだというリサさんは、設営スタッフにあれこれと指示を出していた。普段と違って真剣な表情をしている。言い出しっぺは俺だが、実質的な主催者はリサさんだ。

 リサさんの代の〈ロックミュージック研究会〉は、リサさん一人だけだったらしい。

 

 三代目もメンバーは一人だけで、百合葉さん。百合葉さんは、OBOGの中で唯一、演者ではない。トレウラの熱狂的なファンである百合葉さんは、トレウラのライブを生で見られることに興奮を覚えている。なんでもトレウラのライブは数年ぶりのことらしい。

 

 四代目は部の名前と同名のバンド、『ロックミュージック研究会』。彼らも有名なロックバンドで、フェスに参加すればメインステージを飾るほどのバンドらしい。

 エリさんと七夏さんを除く『ロックミュージック研究会』のメンバーは、フロアの隅の方にある椅子に座っている。彗河けいがさんがふかすタバコを、けいさんが迷惑そうに手で払っている。

 

 五代目は、七夏さんの妹で、以前に会ったことがある千冬ちふゆさんの他に、四人。

 千冬さんは、どういうわけかその中の一人の男の人と話す時だけ、その他の人と話すのとは違う雰囲気を醸し出していた。こういう表現が正しいのかは分からないが、その人と話すときの千冬さんは、妙に可愛いらしいのだ。普段がクールな印象だけにより際立っている。

 ひよりにそのことを話すと『たぶん、あの二人は付き合ってるね』といかにも女子らしい反応でタブレットに文字を打ち込んでいた。

 五代目の五人は仲が良いのか、一つのところに固まって笑い合っている。特に、小柄で関西弁の女の人は声が大きく、少し離れた俺のところまで声が届いていた。


 六代目は、また人数がぐんと減って青山あおやまさん一人。

 フェスをやるから参加してほしい、と伝えたとき、青山さんは「出るわけにはいかない」と頑なに固辞していた。こちらもしつこく何度も声をかけ続けたのだが、しばらく答えは変わらなかった。

 そんな青山さんだったが、あるとき突然、「やっぱり出たい」と言ってきた。どういう心境の変化があったのかは分からなかったが、こちらとしては何がなんでも出てもらうつもりだったから、喜んで出てもらうことにした。

 

 けれど、青山さんの代は一人きりだ。

 リサさんのように、一人でギターを弾きながら歌うことはできないし、百合葉さんのように他の代に混ざることもできない。どうしようかと悩んでいたとき、リサさんが嬉しい提案をしてくれた。それは、「それぞれの代から青山ちゃんの後ろで演奏してもいいって人を集めて即席バンドを作っちゃうのは?」というものだ。

 願ってもない提案だったから、二つ返事でお願いしたけれど、そのことを青山さんに告げると、こちらが申し訳なくなるほど恐縮してしまった。それでも、リサさんの多少強引な勧誘に負けて、最終的には承諾してくれたから一安心だ。青山さんは案外押しに弱い。

 その青山さんは悠治と井口いぐちさんのそばで発声練習をしている。基本的には真面目で努力家なのだろう。


 青山さんのバックバンドを務めるメンバーは、ひよりに言わせれば、信じられないくらい豪華なのだという。音楽好きな青山さんが恐縮してしまうのも無理ないらしい。音楽ファンなら誰もが卒倒してしまうメンバーなのだ、とひよりは力説していたが俺にはピンと来なかった。


 前日だというのに、いや、前日だからか、自然と〈ロックミュージック研究会〉のOBOGと現役メンバー全員が揃っていた。

 だが、俺の願いはまだ叶っていない。その証拠に今、この場にいる先輩たちは、年齢相応の姿のままだった。

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