第42話 ロミ研は、バンドをやるところだ

 俺たちは図らずも本人たちを目の前にして、本人たちの曲をコピーしていたことになる。


「貸してみろ」


 彗河けいがさんは、「証拠を見せてやる」と言って、俺からギターをひったくるようにして奪うと手慣れた様子で肩からぶら下げた。別に彗河さんたちがロックミュージック研究会というバンドのメンバーだということを疑ってはいないし、そういうリアクションも取っていない。それでも、彗河さんがそうしたのは、単にギターが弾きたいだけのように思えた。


「おい、お前ら。何やってんだよ。俺たちがお手本ってやつを見せてやろうぜって言ってんだ。分かんねーか?」


 彗河さんに言われて、けいさん、七夏ななかさん、それからエリさんは互いに顔を見合わせる。そして、やれやれと肩を上下させるとそれぞれ「ごめんね」といいながら悠治ゆうじ井口いぐちさんから楽器を受け取った。

 どうやら七夏さんがベース、エリさんがドラムのようだ。小柄なエリさんがドラムセットの中央に収まると、その姿のほとんどが見えなくなる。

 啓さんだけは、楽器を手にすることなく、彗河さんと七夏さんのちょうど真ん中あたりに立った。手にはいつの間にかマイクが握られている。


「曲はそうくんたちがやったのと同じでいいんだよね?」


 エリさんがドラムセットの隙間からひょっこり顔を出して訊ねると、彗河さんは「当然」と応えた。それに「了解」と応じて、またエリさんの姿はほとんど見えなくなった。

 

 一瞬の静寂があった。

 空気が一変したことが分かる。それまではなかったピリッとした雰囲気が一瞬で部室全体を包んだ。

 静寂を破ったのは、エリさんのスティックを打ち鳴らす音だった。


 ドカン──。

 実際にはそんな音は鳴っていないけれど、俺にはそんな風に聞こえた。ドラムとギターとベース。その三つが寸分の狂いなく同時に鳴る。

 圧倒的な音に全身を撃ち抜かれたようだった。ゾワゾワとしたものが、身体の中心から先端に向けて駆け抜ける。


 演奏はあっという間に終わってしまった。最初から最後まで鳥肌が立ちっぱなしだった。

 俺たちが演奏した曲と彗河さんたちが演奏した曲。同じ曲だとは思えない。

 

 彗河さんは「証拠を見せてやる」と言っていたが、疑いようもない。それくらいに圧倒的なクオリティだった。

 曲を覚えるために聴いていたCDと同じ声だと気が付いたのは、だいぶ後になってからだった。その演奏のクオリティだけで、この人たちが本物なんだと理解するには十分だった。


「と、まぁ、こんな感じ。どう? 音楽っていいでしょ?」


 ドラムを叩いていたのと同じ人とは思えないくらい

、のほほんとした声でエリさんが言った。俺たちは、ただ茫然として何も応えることができない。


「なんだよ。あまりにも素晴らしすぎて言葉も出ないってか?」


 彗河さんは、茶化すようだったけど満更ではなさそうだった。きっと半分以上は、本心なのだと思う。それも納得できるほど、すごい演奏だった。


「本当はさ、啓もギターを弾くんだよ。今日はギターが一本しかないから、歌に専念してもらった。だから、本来はもう少し音圧が上がるし、ギターのフレーズも綺麗だよ」


 七夏さんが言った。

 これ以上にいい演奏。信じられなかった。今の演奏だって、今まで聴いたことないくらいに良かった。


「まぁ、俺たちも最初は酷いもんだったよ。エリだけはヤバいくらい上手かったけど、俺も彗河も七夏も君たちとあんまり変わらなかったんじゃないかな」


 啓さんが言うと、彗河さんが「俺はお前より上手かったけどな」と茶々を入れる。啓さんはそれを無視して続けた。


「だからさ、別の目的があって〈ロックミュージック研究会〉に入ったんだとしても、その目的が達成されたとしても、バンドは続けてほしいな。バンドを続けるって約束してくれるなら、君たちが欲してることのヒントになりそうな人を紹介するよ。ね? 彗河」


「あ? あぁ。まぁな。ロミ研は、バンドをやるところだ。願いが叶うだか、代償が必要だか知らねーけど、ロミ研にいる以上、バンドをやれ。願いを叶えるためにロミ研に入って、そのために会長になって叶ったらそれで終わりか? だとしたら気に入らねー。案外そんなよこしまな動機だから、叶う願いも叶わねーんじゃねーか?」


 彗河さんの目は真剣だった。それまで散々人を茶化したり横槍を入れていたのとは、別人のような目をしている。口調は強いが怒っているわけではないと思う。どういうわけか、お願いをされているように感じられた。


「分かりました」


 気がつくとそう応えていた。ひよりの声を取り戻すためには、そう応える以外に選択肢がないというのもあったが、実際、俺はこの人たちの演奏を聴いて、ひよりの声とは無関係に、ただ純粋にバンドをやるのもいいかもしれないと思い始めていた。

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