第41話 楽しいとか楽しくないとか、あんまり考えたことがないです
相変わらず〈ロックミュージック研究会〉の部室は埃臭い。悠治と
「それじゃあ、やってみます」
「おう、曲は何をやるんだ?」
「えっと……俺たち、できる曲が一つしかなくて。それこそ、アオに教えてもらった曲なんですけど。ロックミュージック研究会っていうOBOGのバンドがいますよね? その人たちの曲です」
「ほぅ、ロックミュージック研究会の、ねぇ……」
どういうわけか彗河さんはニヤニヤと笑っていた。彗河さんだけではない。
「あの……。なにか?」
「ううん、なんでもないよ。早く聞かせて」
不安になって訊ねると、エリさんが優しく応えてくれた。その言葉で不安と緊張が和らぐ。エリさんには人を落ち着かせる不思議な雰囲気があった。
「それじゃあ、やりますね。……と言っても、本当に最近始めたばっかりで下手くそなんですけど……」
「大丈夫。みんな最初はそうだから。ごめんね、彗河が無茶言って。とはいえ、止めなかったのは、私たちも君たちの演奏を聞きたいって思ったからなんだけどさ。下手でもなんでもいいから、君たちの精一杯を聞かせて欲しい」
七夏さんの言葉に、他の先輩たちも一斉に頷く。
この雰囲気では、演奏を始めるしかない。
演奏中のことはあまり覚えていなかった。何となく悠治の鳴らすカウントが聞こえたかと思ったら、頭が真っ白になって、あっという間に終わっていた。
とても演奏なんて呼べるような代物じゃないことは、自分たちが一番よく分かっていた。それでも先輩たちは大きな拍手で俺たちの演奏を讃えてくれる。
けれど、次に出てきた感想はその態度とは真逆だった。
「嘘偽りなく下手くそだな」
「うん。テンポもヨレヨレだし、ギターもベースもちゃんとした音が鳴ってないところが多かったね。それに、なにより三人がバラバラな感じがした。自分で下手くそだって言うのも頷けるよ」
拍子をしながら、盛大に笑う彗河さんに続いて、エリさんが俺たちの演奏を総評する。一つも褒めてくれないどころか、全部が全部ダメだしだったが、カラッとした物言いだからか、不思議とショックは受けはなかった。
「でも、大丈夫だよ。練習を続けてたら絶対に上手くなるから。まずは、悠治くん。練習のとき、クリック使ってる? ドラマーはリズム感が命だから、いついかなる時もリズムを意識すること。それから、瑠璃ちゃん。瑠璃ちゃんは、自分の手元で精一杯で、周りと合わせる意識が全然ないね。音を鳴らすことも大事だけど、もっと周りを意識して演奏するように心がけるといいよ」
エリさんは、続け様にアドバイスをくれた。それまでのおっとりした雰囲気が嘘のように饒舌で、力強かった。
「始まったよ、エリの指導」
茶化すような
「それから、
〈ロックミュージック研究会〉の部室が静まり返るのを感じた。俺たちの演奏を聴いて、エリさん以外の先輩たちも同じことを感じたらしいことが、その静けさから分かる。
悠治や井口さんまでその静けさに加担していた。
「えっと……楽しいとか楽しくないとか、あんまり考えたことがないです」
全員の視線を集めながら、俺は正直に思っていることを口にした。音楽が嫌いとまでは言わなかった。それもまた自分の気持ちに正直になった結果だった。
ひよりの声が出なくなってしまった当初は、本気で音楽そのものを恨んだ。音楽さえなければ、ひよりは声が出なくなったからといって、あそこまで塞ぎ込むことはなかった、と今でも思っている。
それでも、嫌いとまでは言えなくなったのは、アオと出会って、〈ロックミュージック研究会〉に入って、悠治や井口さんとバンドを組んだことで音楽に対する見方が変わったからだった。
「そっか。音楽を嫌いにならないでね。音楽って、君が気づいてないだけで、凄くいいものなんだよ」
エリさんは深く追求することをせず、いつかのひよりと同じようなことを言って笑った。エリさんの表情と声が緩んだのが、“指導“の時間が終わりを迎えた合図となった。
「ところで、お前らさ、今の曲。なんてバンドの曲だって言ったっけ?」
「ロックミュージック研究会っていうバンドです。たしか、部活名と同名のバンドだって言ってましたから」
「なるほど。お前ら、そのロックミュージック研究会のやつら、見たことないの?」
彗河さんは眉間に皺を寄せて口を尖らせた。どういう表情なのか分からない。
「すみません、有名なバンドだとは聞いてるんですけど、実際に見たことまでは……」
「はぁ〜、マジかぁ……俺たちもまだまだだな?」
彗河さんが悔しそうに振り返ると、
「あの……俺たちも、っていうのは……?」
「鈍いやつだな。俺たちがそのロックミュージック研究会だよ」
彗河さんは腰に手を当てて誇らしげに胸を張る。後ろで
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