第40話 代償の意味がないじゃんか

「代償って、あんた……何か犠牲にしたの?」


 七夏ななかさんが代表して言った。

 

 きっと七夏さんが、リーダー的な存在なのだろう。見るからにしっかりしているし、発言にもブレがない。千冬ちふゆさんのお姉さんだと言っていたが、見た目こそ似ているものの、中身は似ていない。真逆だ。

 放っておいたら、この人たちの代は七夏さんが会長だったのだと思う。だからこそ、けいさんは、念を押すように自分を会長にしてほしいと頼んだのだ。

 そうまでして叶えたかった願いのために、啓さんはどんな代償を支払ったのだろう。


「犠牲っていうと何か意味が変わってくるな。あくまでも代償。神社で投げるお賽銭みたいなものだよ。お賽銭を犠牲なんて言わないでしょ?」


「お賽銭はお願いを叶えてもらうための代償ではないけどね」


「そうなの? まぁ、細かいことはいいじゃん。とにかく、自分では叶えられない願いを叶えてもらうんだから、それと引き換えに何か大切な物を差し出さないといけない。そうじゃないと釣り合わない。そう思わない? 少なくとも俺はそう思って、大切なものを差し出したよ」


「リサさんも同じようなことを言っていました」


 啓さんはリサさんが語ったのと同じようなことを口にした。リサさんが支払った代償は、人前でギターを弾くことだ。


「うん。ロミ研の会長はどんな願いも叶えることができる。俺がその話を聞いたのは、リサさんからなんだ。代償のこともリサさんから聞いた」


「リサ会長が……?」


「うん。本当のところは俺にも分からないけど、リサさんの言うことはもっともだと思ったから、俺も代償を支払うことにしたんだ」


「それで、お前はどんな代償を支払ったんだよ」


 彗河けいがさんが焦れたように言う。

 啓さんがどんな代償を支払ったのか、俺も気になっていた。それは七夏さんやエリさん、百合葉さんも同じのようだった。


「俺が支払った代償っていうのはね、お前たちと一緒に過ごす時間だよ」


「はっ?!」


「高校生っていう大事な時間を、大好きなロミ研メンバーと過ごす。俺にとっては、これ以上ないくらいに大事なものだったんだよ。それを代償として支払った」


 啓さんは相変わらず飄々ひょうひょうとしている。一方で、彗河さんは言葉を失っていた。どう応えていいのか分からないのかもしれない。


「だから、あんたは私たちの前からいなくなったってこと?」


 彗河さんに代わって七夏さんが言った。


「まぁ、そういうことになるね」


「お前なぁ……それじゃあ俺たちも代償を払ったことになるじゃねぇかよ」


「うん、うん。一緒に過ごしたかったのは私たちも一緒。それに植村うえむらくん、高校卒業しても、しばらく帰ってこなかったよ」


 彗河さんがうんざりしたように言うと、エリさんもそれに続く。そして、最後に七夏さんがため息混じりに言った。


「呆れた。それならそうと言ってくれたらよかったのに。あのときの私たちがどれだけ心配したと思ってるの?」


「言っちゃったら代償の意味がないじゃんか」


「まぁ、今更責める気もないし、別にいいけどさ」


「よくない! 俺も代償支払ってるのに何も願いを叶えてもらってねぇじゃねぇか。啓、今日の晩飯お前の奢りな。それが俺の願い。それでチャラだ」


 七夏さんがまとめかけたところに彗河さんの横槍が入る。言い方こそぶっきらぼうだが、実際に怒っているわけではなさそうだ。それを証明するようにエリさんが明るく続く。


「いいね、いいね! 私、焼肉がいい」


「えぇ……。エリはめっちゃ食べるから嫌だよ」


 啓さんはそう言いながらも満更ではなさそうだった。

 この人たちにどんな事情があったのか、細かいことは分からないけれど、黙って姿を消してしまったことは啓さんにとって重荷になっていたのだと思う。その重荷を降ろせた安堵のようなものを啓さんから感じることができた。


「私は代償なんて支払ってない」


 和気藹わきあいあいとなりかけた空気感を鎮めるように百合葉さんが言った。


「願いを叶えるのに代償なんていらないはず」


 百合葉さんは自分に言い聞かせているようだった。


「それじゃあ、なんでそうの願いは叶わないんです?」


 思いもしない方向から聞き慣れた声がした。全員が一斉に振り返ると、いつからそこにいたのか悠治ゆうじ井口いぐちさんが立っていた。


「あ、奏っていうのはそいつの下の名前で、おれは初野悠治はつのゆうじです。隣にいるのは井口瑠璃いぐちるり。俺たちも〈ロックミュージック研究会〉の部員なんですけど……」


 先輩たち全員の視線を集めた悠治は、照れくさそうに頬を掻いた。いつも通りに見える井口さんも僅かに緊張しているようだった。


「俺たちが知りたいのは、その一点だけなんです。そいつが〈ロックミュージック研究会〉に入ったのも、願いを叶えるためみたいなもんですし」


 タトゥーだらけの腕を大きく振って、彗河さんがツカツカと悠治に歩み寄って行く。


「おい、お前らバンドとかやってねーの?」


「えっ? バンドですか? えっと……一応やってますけど」


 見た目からしてイカつい彗河さんに詰め寄られた悠治は、大いに怯んだようだった。もう立派な大人なのだから、おかしなことはしないと思うが、それでも胸ぐらの一つくらい掴むのではないかという危うさがあった。


「よし、じゃあ今ここで演奏して見せろ。な? お前らも可愛い後輩の演奏、聞きたいだろ?」


 振り返った彗河さんは満面の笑みを浮かべていた。その彗河さんの肩越しに不安そうな悠治の顔が覗く。

 正直俺たちの演奏は人に聞かせられるようなものではない。それに、ボーカルだって不在だ。

 それでも、彗河さんの言い方には有無を言わせないものがあった。

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