第39話 百合葉さんの質問は抽象的だ

「ど、どうして分かるんですか?」


 あまりに突然だったから度肝を抜かれたが、よく考えてみたら、リサさんに聞いたに決まっている。

 曇りのない百合葉ゆりはさんの目を見ていたら、何故か根拠もなく心を読まれているんじゃないかという恐怖にも似た感覚があった。


「アオには、もう会った?」


 百合葉さんは俺の質問には応えず、また突然核心をつくようなことを言う。


「あの……、はい。会いました」


「アオは、なんて?」


「えっと……。なんて? というのは……?」


「そのままの意味。何か言ってなかった?」


「何か……ですか? 特に……何か特別なことは言ってなかった……と思います」


 百合葉さんの質問の意図が分からず、しどろもどろになってしまう。実際、百合葉さんの質問は抽象的だ。


「アオはいつもそう。肝心なことは言わない。というより、本人も知らない。だから、ちょっと訊いてみただけ」


 いったいなんだというのだろう。これが禅問答というやつなのだろうか。


「あの……。百合葉さんも願いを叶えたんですか?」


「当然」


 勇気を振り絞って訊ねたのに、百合葉さんはあっさりと、そして特別なことではないとばかりに即答する。

 ふと見ると、けいさん以外の三人が揃って顔を見合わせていた。


「どういうことですか? 百合葉先輩。願いを叶えるっていうのは……?」


 三人を代表するように七夏ななかさんが訊ねる。どうやら、啓さんを除く三人は〈ロックミュージック研究会〉の噂のことを知らないらしい。


「〈ロックミュージック研究会〉の会長は、どんな願いでも叶えることができる。そういう力が会長には宿る。この子はそのことを調べてる」


「えっ……? それってどういう……?」


 エリさんは驚きを隠せないでいるようだった。元々大きな目をより大きく見開いている。


「そのまんまの意味」


「何かの比喩とかではなく? 真面目に言ってるの?」


 彗河けいがさんだけは、百合葉さんに対してもタメ口だった。その彗河さんも動揺しているように見える。


「比喩でもなく真面目に言ってると思うよ」


 百合葉さんに代わって応えたのは、啓さんだった。


「おい、啓。お前も何か知ってるのか?」


「もちろん。俺も元ロミ研の会長だからね」


 百合葉さんに訊ねたときより、かなり圧を強めた彗河さんにも啓さんは飄々ひょうひょうと応える。


「そういえば、あんた、私らの前からいなくなる時、学校に──、というより、ロミ研に籍は残すから会長にしてくれって無理言って頼んでたよね? まさか、アレって会長になることそのものよりも、願いを叶えたいからとか、そういう……?」


「あぁ……。まぁ、そういうことだね」


「今、合点がいった。長年の謎が解けた気分だよ。願いって、どうせお母さんのことでしょ? それならそうと言ってくれたらよかったのに。別に私たちはあんたの願いを優先させたと思うよ」


「う〜ん、なんか、突然そんなこと言ったら頭おかしいって思われそうじゃん。変な宗教でも始めたのか、とかさ」


「いやいや、何も言わずにいきなり消える方が頭おかしいから」


 詳しい事情は分からないが、会話の流れから啓さんは、七夏さんたちの前からなにも言わずにいなくなってしまったことがあるようだ。

 その事情までは窺い知れないが、〈ロックミュージック研究会〉からいなくなってしまうにも関わらず、願いを叶えるために会長にしてもらいたいと頼んだらしい。そうまでして叶えたい願いがあり、そして、当時の啓さんは、その願いが叶うと信じていたのだろう。


「ははは……。まぁ、こういうのって誰かに言ったら効果なくなりそうじゃん?」


「そういうルールは、ない」


 百合葉さんが間髪入れずに言った。


「なんだ? ルールなんかがあるのか?」


「ルールというほどのものでもない。ロミ研の会長になった人は、どんな願いでも叶えることができる。その願いは、心底願ったものじゃなければならない」


「なんだ、そりゃ」


 百合葉さんの告げたルールは、アオがかつて語ったことと変わらなかった。目新しいこともない。


「どんな願いでもってのは、本当にどんな願いでも、なのか?」


「本当にどんな願いでも、なはず」


「ちなみに、百合葉ちゃんはどんな願いを叶えたんだ?」


「それは秘密」


「あ? それもルールってやつか?」


「そんなルールはない。単純に言いたくないだけ」


「なんだよ、もったいつけやがって。まぁいいけどよ」


 彗河さんはぶっきらぼうに言うと、鋭い眼光を俺に向けた。


「それで、お前。調べ物してんだろ? でもよ、お前も会長なら簡単に知れるだろ。なにせ、ロミ研の会長様は、どんな願いでも叶えちまうらしいからよ」


 言葉こそ嫌味っぽかったが、意地悪な感じはしなかった。きっと彗河さんは半信半疑なのだと思う。それは当然の感覚だとも思う。


「俺にも叶えたい願いがあるんですけど、叶え方が分からないんです。会長になって半年以上経ちますけど、一向に叶う気配がなくて。俺の一つ上の先輩に訊いてみたら、特別なことはしてないって言われて。アオには、心の底から願わないと叶わないって言われたんですけど……俺、心の底から願ってる自信はあるんです」


 一息に告げてから顔を上げると、彗河さんは真っ直ぐに俺を見ていた。薄茶色の瞳に俺の情けない顔が映る。


「さっき百合葉ちゃんも言ってたけど、アオってのは、誰なんだ?」


 彗河さんは、俺と百合葉さんを交互に見比べる。七夏さんとエリさんも、彗河さんと同じように俺の方を見た後で百合葉さんに視線を送った。


「誰か、と訊かれると説明が難しい。というより、私もどういう存在なのか詳しくは分からない」


「おいおい、まるで幽霊とか妖怪みたいな言い方だな」


「あながち間違ってはない。植村うえむら、どう思う?」


「う〜ん、俺は直接会ったことはないからなぁ……。でも、変わった子ではあるよね。うん、確かに幽霊とか妖怪とかそういう類かも」


「おい、お前ら。マジで言ってんのかよ……」


 彗河さんは茶化すつもりだったのかもしれないが、百合葉さんと啓さんの反応が思ったものではなかったらしい。信じられないといったふうに首を横に振った。半ば呆れているようにも見える。


「リサさんには、代償が必要みたいなことを言われました。それって、俺が願いを叶えるのと引き換えになるような何かを差し出してないから、俺の願いは叶わないってことなんですか?」


「そんなルールも、たぶんない。私は代償なんて支払った覚えはない」


 代償という言葉を聞いて百合葉さんは、驚いたような顔をした。しかし、それも一瞬のことで、すぐにまた無表情に戻る。


「俺は、代償支払ったよ。そうしないと願いが叶わないと思ったから」


 百合葉さんと啓さんとで言っていることが違うのはどういうことなのだろう。そう思ったのは俺だけじゃないようで、啓さん以外の全員がまた顔を見合わせて、困惑しているようだった。

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