第37話 もうなんでもありだなと思った

「俺が立てた仮説の最終的な結論はこうだ。アオは、願いを叶える力を持つという〈ロックミュージック研究会〉の会長にしか認知できない存在。つまり、裏を返せば、アオを認知した人間にしか、願いを叶えることができないってことだな」


 悠治ゆうじは、どうだ、と言わんばかりだった。自分の立てた仮説によっぽどの自信があるのだろう。しかし、それでは辻褄が合わないこともある。


「それはおかしいと思うぞ。だって、俺は〈ロックミュージック研究会〉に入る前にアオと会ってる」


 俺がアオと初めて会ったのは、〈ロックミュージック研究会〉の噂を悠治から聞かされる前だ。〈ロックミュージック研究会〉の会長にしかアオを認知できないという悠治の説が正しいのなら、〈ロックミュージック研究会〉の存在すら知らなかった俺が、アオに会っているのはおかしい。


「そう言われるとそうだが、でもお前は結果として〈ロックミュージック研究会〉の会長になってる。それは、あらかじめ決まっていたことで、アオにはその運命みたいなものが分かるんじゃないか? というより、俺たちと同じ時間軸に存在しているわけではないのかもしれないな。それなら、アオがリサさんと知り合った時から歳を取っていないのも頷ける」


 もうなんでもありだなと思ったが、元を正せばどんな願いでも叶えることができるという出だしの時点でどうかしているのだ。今さら超能力だの、異次元だの、不可思議現象だのがいくら現れたところであまり大差はない。


「キミ、なかなか面白いね」


 リサさんは悠治の仮説のどこを気に入ったのか、やけに上機嫌だった。


「アタシにはよく分からないけどさ、もしかしたらそうなのかもなって思えちゃうね。そうそう。ロミ研のことだったら、アタシや千冬よりも百合葉ゆりはのほうがずっと詳しいと思うよ」


「百合葉さん、というのは……リサさんの後輩で、卒業後は〈ロックミュージック研究会〉の顧問をやっていたと、さっき言っていた人ですか?」


「うん。あの子は何て言うか、ロミ研信者だからさ。アタシらが知らないことも知ってるんじゃないかな。ね? 千冬ちふゆ


 リサさんが同意を求めると、千冬さんは小さく頷いた。


「百合葉ちゃんのロミ研愛は、異常ですからね。今は事情があって不動院ふどういんを辞めてしまったけど、わざわざロミ研の顧問になるために、教師になったくらいだし」


 教師になって母校に凱旋、という話自体は聞いたことがあるが、その目的が自分の所属していた部活の顧問になるため、というのはあまり聞いたことがない。甲子園強豪校でそんな話があったかもしれないという程度だ。

 所属しておきながらなんだが、〈ロックミュージック研究会〉は、わざわざ出戻るほどの部活だとは思えない。二人の言う百合葉さんというのは、相当変わった人のようだ。


「ここであれこれ言ってても解決しないでしょ? キミたちが望むなら百合葉に繋いであげなくもないけど、どう?」


「それは願ってもないことです。紹介してもらえるなら是非」


 悠治が代表して応える。リサさんは茶目っ気たっぷりに笑った。そして、スマホを取り出すとどこかに連絡しているようだった。


「とはいえ、忙しい子だから、いつ返信があるか分からないよ。しばらく待ってもらうことになるかもしれないけど、今日のところは帰る? それとも、うちのライブ見ていく? えぇっと……たしか……今日は……」


「そういうのもういいから、です」


 突然、井口いぐちさんが、リサさんに向けて言い放った。微妙に敬語がおかしい。口調はそれほど鋭くはないが、紛うことなく暴言だった。目上の人に向けていい言葉ではない。


「そうだったね。ごめん、ごめん」

 

 怒り出すのではないかとハラハラしたが、リサさんはむしろ、申し訳なさそうに謝った。

 井口さんのことをそれほどよく知っているわけではないが、かなり変わった人なのは間違いない。年上にも物おじせずに思ったことを言えるタイプでも不思議ではない。リサさんはそれをよく知っていて、受け入れているのかもしれないが、それにしても唐突だ。何が井口さんの逆鱗に触れたのかも分からない。

 悠治を見ると、俺と同じことを思ったのか、怪訝そうに眉をひそめていた。


「んっ? どうしたの?」


 俺と悠治の様子に気がついたリサさんは、キョトンという音が聞こえてきそうな顔で俺たちの顔を交互に見る。


「いえ、急に井口が怒り出したので……」


「アタシ、別に怒ってないけど」


「えっ? でも、今リサさんに向かって、そういうのもういいからって」


 悠治が言うと、リサさんと井口さん、それから何故か千冬さんまで同時に吹き出した。


「〈そういうのもういいから〉っていうのは、今日うちでライブするバンドの名前だよ」


 ひとしきり笑った後で、リサさんはそう教えてくれた。


「最近のバンドは、エキセントリックな名前を付けるからね〜」


 リサさんはよっぽどおかしかったのか、また吹き出して口を押さえて笑った。

 

 まさかバンド名だとは思わなかった。

 

 まだクックッと噛み殺すように笑うリサさんの手元で、ピコンとスマホの通知音が鳴る。リサさんは、はぁ〜、と息を吐いて込み上げる笑いを落ち着かせてから、おもむろにスマホに目をやった。


「……あ、百合葉から連絡来たよ。思ったより早かったね。キミたちは学生だし、どうせ暇でしょ? スケジュールは百合葉に合わせられるよね?」


 言葉では俺たちに確認している風だったが、リサさんは俺たちの返事を待つことなく百合葉さんに返信してしまう。でも、誰も異論は挟まなかった。

 リサさんの言うとおり、俺は、そして、たぶん悠治や井口さんも暇だ。

 俺に関していえば、仮に忙しかったとしても無理にでも時間を作っただろう。〈ロックミュージック研究会〉のことを知ることは、ひよりの声を取り戻す方法を知ることとほとんど同義だ。そのためなら多少の無理は無理じゃない。


「返事はやっ! 来週の日曜日なら都合つけられるってさ。場所は、ロミ研の部室でってことだからキミたち、忘れないようにね」


 忘れるわけがない。

 ここのところずっと停滞していた〈ロックミュージック研究会〉の噂の真相を解明する手掛かりが、今日まさに再び動き出したのだから。


 


 

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