第36話 いつも通りの悠治だった
どういうことだろうか。
リサさんの友達だというアオは、その口ぶりから、リサさんと同世代のように思える。そして、その特徴は間違いなく俺の知るアオだ。
しかし、俺の知るアオは、明らかに俺と同世代の女の子。リサさんのように大人の女性ではない。そりゃ、年をとっても若いままという人もいるにはいるが、あれはそういう次元ではない。
ふと
無理もない。
なにしろ悠治は、見えないと言ってアオの存在を否定しているのだ。見えないのだから、アオがどんな見た目の女の子なのか知る由もない。ゆえに、俺が感じている混乱を理解できるはずがない。
「どうかしたか? リサさんの言った特徴は、お前から聞いたアオの特徴とほぼ一致してると思うが」
「あぁ。一致してる。怖いくらいにね。たぶん、同一人物なんだとは思うけど……」
「けど? 奥歯に物が挟まったような言い方だな。何か気になることでもあるのか?」
「いや、まぁ……ちょっと言いにくいことなんだけど……」
「なんだよ。ここまで来て言いにくいも何もないだろ。勿体つけてないで言えよ」
急かす悠治をよそに、リサさんを見る。リサさんは、俺と目が合うと首を傾げて「ん?」と肩をすくめた。
「リサさんとアオは、リサさんが高校生の時に知り合ったんですよね?」
「そうだよ。それがどうかした?」
「いえ。そのときのアオって小さな子供だったってことはないですよね?」
リサさんがアオを友達だと言ったから、勝手に同世代なのだろうと思ったが、よくよく思い返してみるとリサさんはそうは言っていない。今のリサさんが何歳なのかは分からないが、当時のアオがまだ小さな子供だったのなら話の辻褄は合う。
しかし、そんな俺の期待にも似た考えはあっさりと打ち消されてしまった。
「ううん。アタシと同じくらい。てっきり
「俺の知ってるアオも俺と同じくらいの女の子なんです。どこからどう見ても十代の。それこそ、俺も初めて会ったときはリサさんと同じように不動院の生徒だと思ったくらいです」
今度はリサさんが言葉に詰まってしまう番だった。千冬さんも井口さんも驚き、困惑している。しかし、悠治だけはいつも通りの悠治だった。
「つまり、アオは少なくともリサさんと出会ったときから、年をとっていないということか?」
悠治の質問に自信を持って応えることはできない。けれど、目の前に突きつけられた事実を客観的に考えてみると、そうとしか説明ができない。
「なるほどな。やっぱり俺の考えは間違ってないみたいだな」
その場にいる全員の視線が悠治に集まる。悠治は、その視線を嬉しそうに順番に受け止めてから、ニヤリと不敵に笑った。
「アオは存在しないんじゃないかって前に言ったよな? お前の妄想か幻覚なんじゃないかと思ったけど、それじゃ説明しきれないこともあるから、アレからもう少し考えてみたんだ。お前と
「それで? その考えてみた結果っていうのは?」
「うん。存在してないわけではないって考えを改めた」
「
「千冬さん。千冬さんはリサさんと
井口さんを無視し、悠治が語りかけると、千冬さんは即答した。
「青いインナーカラーの女の子に心当たりはないかな。髪の毛はいくらでも変えられちゃうから、アレだけと、私はアオって名前の子を知らない」
きっと千冬さんの応えは、悠治の期待した応えじゃなかったのだろう。悠治は「なるほど……」と訝しんだ。
「君がなにを期待してるのかは分からないけど、嘘も隠し事もするつもりはないよ。だから、言うけど、一つ思い当たることはある」
「あんた心当たりはないって言ったばっかじゃん」
リサさんが苦笑い混じりに言うと、千冬さんは表情を変えずに
「青いインナーカラーの子とアオという名前の子に心当たりがないって言っただけですよ」
と言った。
「天真爛漫で自由な子。ギターが弾けるかどうかは分からないけど、歌が上手い子。この二つの特徴を持つ子なら心当たりがあるよ」
「その子にはどこで会ったんですか?」
「正確には会ったことはない。だから、見た目を知らない」
「というと? ネットで知り合ったとかそういうことですか?」
「そういうわけでもなくて、私もまだ整理できてないんだけど、リサさんの言ったアオって子。見た目以外の特徴が、私に語りかけるようになった
それまで顎の先を撫でていた悠治の指の動きが止まる。
「満足のいく応えだった?」
千冬さんにそう言われて、悠治はようやく首を縦に振った。
「はい。俺の仮説を見事に裏付けてくれました」
「おい、仮説ってなんだよ。ちゃんと分かるように話してくれ」
「落ち着けよ。ちゃんと説明するから」
悠治は落ち着き払って俺の目の前に手を差し出す。そして、すぐにそれをゆっくりと下すと言った。
「やっぱりアオは普通の存在じゃないんだよ。存在してるけど存在してない」
「今の千冬さんの話が、それのどこを裏付けてるんだ?」
井口さんが訊く。悠治は井口さんに向かって指を立てて言った。
「井口。君が〈ロックミュージック研究会〉に加入してから、しばらく経つよね? 頻繁に部室に出入りしてる」
「あぁ。それがどうしたんだ?」
「それじゃあ訊くけど、君はアオに会ったことがあるか? ハッキリとその姿を見たと言えるか?」
「ないね。一度も」
井口さんは少しも迷うことなく応える。
「おかしいと思わないか? その間にも
「……分からない」
井口さんは、今度は少し考えてから自信なさそうに応えた。
「それじゃあ、もう一つ訊くよ? 俺たちの知る限り、実際にアオに会ったことがあるのは、奏と青山さん、リサさんの三人だ。この三人の共通点はなんだと思う?」
「三人とも〈ロックミュージック研究会〉の会長だ」
「そのとおり。つまり、俺の仮説ってのは、アオは〈ロックミュージック研究会〉の会長にしか認知できない存在なんじゃないかってこと。認知って表現を使ったのは、千冬さんがいるからだ。千冬さんは〈ロックミュージック研究会〉の会長でありながら、アオに会ったことはない。でも、月華というボーカロイド。普通なら語りかけてくるなんてあり得ない存在のボーカロイドが語りかけてきて、その性格や特技がアオの特徴に当てはまる。そうですよね?」
悠治の言葉に千冬さんは静かに頷く。
「月華にはアオの精神が入り込んでいたんじゃないかと思うんだ。つまり、千冬さんもしっかりアオを認知していたんだ」
その場の誰もが悠治が語る仮説に度肝を抜かれていた。あまりにも突拍子がない、実に悠治らしい仮説には、妙な説得力があった。
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