第35話 一言で言うなら天真爛漫で自由な子
「その前に、最後に一つ、訊いてもいいですか?」
話がひと段落しかけたところで、
「うん。なにかな?」
「お二人は、アオって子をご存知ですか?」
「アオッ!? なっつかし〜!! でも、なんで君がアオのことを知ってるの?」
リサさんは、これまでで一番大きな声を出して驚いた。反対に千冬さんは首を傾げている。反応を見るに千冬さんは、アオのことを知らないのかもしれない。
「……ということは、リサさんは知ってるんですね?」
悠治が訊ねるとリサさんは嬉しそうに応える。その声には、どこか懐かしむような響きがあった。
「そりゃ、もちろん友達だったから知ってるよ。むしろ、なんで君が知ってるのって感じ」
悠治の顔には、明らかに困惑の色が浮かんでいた。
アオが存在している。
千冬さんは知らないようだが、リサさんはアオのことを知っている。リサさんは、その言葉でハッキリとその存在を証明していた。リサさんに嘘を吐く理由はない。俺たちを
「そのアオ……さんが今どこで何をしてるか知っていますか?」
リサさんが友達だと言ったことで、アオが先輩だと認識を改めたのか、悠治はぎこちなく敬称を付ける。
「さぁ。分からない。アタシが教えて欲しいくらいだよ」
「でも、友達なんですよね?」
「アタシは今でもそう思ってるけど。でも、あの子、ある時を境に何も言わずに部室に来なくなっちゃって、それ以来ずっと会ってないから……」
リサさんは昔を懐かしんでいるのか、惜しむように、寂しそうに、遠くを見るように目を細めた。
「ある時を境にって、それは具体的にいつですか?」
「具体的にって言われてもなぁ。……あぁ、でも、
リサさんは俺たちが知らない名前を当たり前のように口にする。こんな風にマイペースなところは、どことなくアオと似ている。二人が友達だと言うのは妙に頷ける。
「その百合葉っていうのは……? さっきも言ってましたね」
「あ、ごめん。アタシの一つ下の後輩で、ロミ研のOGなんだよ。あの子、卒業してからは
話を振られた千冬さんは、ゆっくりと頷く。
「世代的に千冬はアオのこと知らなくても当然か」
リサさんの言葉に俺は違和感を覚えた。いや、最初から違和感はあった。
リサさんは、アオをリサさんと同世代のように言うが、俺が知るアオはどう見ても高校生だ。リサさんには失礼かもしれないが、リサさんと同世代だとは思えない。
もしかしたら、リサさんの言うアオと俺の知るアオは別人なのかもしれない。
「あの……。リサさんの友達のアオさんっていうのは、どんな人なんですか?」
訊ねると、リサさんはキョトンとした顔で俺を見る。そして、「君はアオのこと知らないの?」と不思議そうに言った。
「いえ、そうじゃなくて。もしかしたら別人の話をしているのかもって思いまして」
「あ〜、そういうこと。アオはね、一言で言うなら天真爛漫で自由な子だよ。ギターが上手くて、歌も上手かった。でも、何故かバンドを組もうとはしなかったんだよね。アタシとあの子が組んだら最強じゃんって思って、バンドやろうって何度も誘ったんだけど断られちゃった」
リサさんが口にしたのは、アオを連想させるものだった。けれど、それだけでリサさんの友達だというアオと、俺が知るアオが同一人物だと断定することはできない。
天真爛漫で自由という特徴は、誰にでも当てはまるかと言われるとそんなことはないが、唯一無二ではない。現に目の前のリサさんは、比較的その特徴に当てはまっているように思う。
ギターが上手くて歌が上手いというのも、それほど珍しいものではない。
リサさんの挙げた特徴を聞いて、アオを連想することはあるだろうが、アオに違いないとまでは言えない。
しかし、続くリサさんの言葉に俺は耳を疑った。
「そうそう。見た目でいうと、あの子、ちょっと変わった髪をしててね、下ろした髪の内側をアオっていう名前に合わせたみたいに青く染めてて。インナーカラーってやつ? 今はそういう髪にしてる子、結構いるけど、アタシが君たちくらいの時は結構珍しくてさ。オシャレだなぁと思ったもんだよ」
リサさんがしみじみと語った特徴は、まさに俺の知るアオの特徴そのものだった。
「あれ? どうかした?」
質問をしておきながら、俺が反応しないものだからリサさんは心配そうに覗き込んできた。俺はハッとして「あ、いや、その……」としどろもどろになってしまう。
「どう? 君の知ってるアオと同じ人っぽい?」
リサさんの問いかけに、俺は頷くことしかできなかった。
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