第25話 悠治とは思い入れが違うのだ

 悠治ゆうじはチラリと視線を送っただけで、青山あおやまさんのことを無視して井口いぐちさんに語りかける。


「本当? ぶっちゃけ意外なんだけど。隠してもしょうがないから正直に言うけど、俺が〈ロックミュージック研究会〉に入るのは、アオって子の存在を検証するためだよ。その検証に井口にも付き合ってもらう腹づもり」


 井口さんは、「あ、あぁ……」と口ごもって、すぐには返事をしなかった。

 学校を辞めてしまった後悔を口にした青山さんへの配慮からだろう。前に青山さんの家を訪れたときにも思ったことだが、井口さんはその見た目や態度と違って情に厚い。

 

 青山さんの方も井口さんの配慮に気がついたのか、一瞬その場を覆った気まずい雰囲気を打ち消すように、にっこりと笑った。


「気にしないで。貫井ぬくいひよりさんの声をあんな風にしておいて、そのまま部活を続けるなんて私にはできっこなかったし、部活ができないなら学校にいる意味もあまりなかったし。全部私自身が招いたことだから」


 無理をしている、という風ではなかった。少しだけ寂しそうではあったが、どこか清々しさを感じた。


「こんな風に言うのは烏滸おこがましいっていうのは分かってるけど、OGの私から一つ言わせてもらえるなら、井口さん、〈ロックミュージック研究会〉に入ってみない?」


 青山さんがどういう感情からそう言っているのかは分からない。けれど、かつて在籍した部活だから、というだけではないように思えた。


「私がロミ研……あぁ、ロミ研っていうのは〈ロックミュージック研究会〉の略称ね」


 いつだったか、悠治も同じように略していた。青山さんの口から出た『ロミ研』という言葉は、悠治が口にしたそれよりもずっと重いもののように思える。悠治とは思い入れが違うのだ。


「私がロミ研だったときは、部員は私一人で、開店休業状態だったのね? かつてのロミ研には、すごい先輩たちがいて、でも私は全然そんなんじゃなくて。でも、君たちなら先輩たちみたいにロミ研をまたちゃんと活動させてくれるんじゃないかって思えるの。なにも根拠はないけど……。半分私の願望が入ってる。勝手だよね」


 青山さんの言葉を悠治も井口さんも黙って聞いていた。

 

 青山さんは、俺たち三人で〈ロックミュージック研究会〉として活動すること、もっと具体的に言えば、バンドとして活動することを期待しているのだとその口ぶりから分かった。でも、その期待には応えられそうにない。

 俺が〈ロックミュージック研究会〉に入ったのは、ひよりの声を元に戻すことが目的なのであって、バンド活動をするためではない。ひよりの声が元に戻ったら、退部してもいいと思っている。井口さんはどうか知らないが、悠治もきっと似たり寄ったりのはずだ。


 青山さんとは〈ロックミュージック研究会〉に対する根本的な思い入れが違う。

 だから、なにも応えることができなかった。誰かなにか応えてくれ、と思っていると、悠治が口を開いた。


「うん。勝手ですね。そうやひよりちゃんの気持ちを考えたら、よくそんなことが言えると感心しますよ」


 悠治の言葉は辛辣しんらつだった。

 悠司は俺が思っているよりもずっとひよりの声を奪った青山さんに怒っているのかもしれない。普段は飄々ひょうひょうとしていて、掴みどころがないだけに、悠治がここまでハッキリ怒りの感情を表すのは珍しかった。


「ハッキリ言わせてもらえば、〈ロックミュージック研究会〉なんてどうだっていいんです。井口さんに〈ロックミュージック研究会〉に入ろうと言ったのだって、別に音楽活動がしたいからじゃない。〈ロックミュージック研究会〉の噂を解明して、ひよりちゃんの声を元に戻すことが目的だ。奏が今会長をやってるのだってそのはずですよ」


 悠治は同意を求めるように俺に目線をよこしたが、俺の反応を待つことなくまた青山さんに向き直る。俺の応えは聞くまでもなく分かっているということなのかもしれない。


「勘違いしてもらっては困ります。俺たちが今日こうして青山さんの元を訪れたのは、馴れ合うためじゃない。ひよりちゃんの声を元に戻す。その鍵を握ってると思われるアオって子のことを知るために来たんです。それを除けば〈ロックミュージック研究会〉なんて本当はどうだっていい」


「そ、そっか……そうだよね」


 容赦のない悠治の言葉に曝された青山さんは、気の毒なほど狼狽うろたえていた。


「アタシは……あんたたちさえ良ければ〈ロックミュージック研究会〉でバンドをやりたいと思ってるよ」


 そんな中、口を開いた井口さんの言葉は意外なものだった。

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