第24話 いっそ俺と一緒に〈ロックミュージック研究会〉に入らない?
「あの頃、私はちゃんとアオの存在を認識していたよ。話だってしたし、一緒に歌を歌ったこともある。
青山さんは、安心したように頷き返すと
「それなのに、存在しないっていうのは……どういうこと?」
「そうですね。少し説明がいりますね」
青山さんも俺も、アオの存在をハッキリ認識している。分が悪いのは悠治の方だと思うが、悠治は自信満々に、だけど淡々とした口調で応えた。
「昨日、俺は
教壇に立つ教師のように、悠治はあまり抑揚を付けずに話す。
「こいつは部室に入るなり、誰かに話しかけるみたいに一人で喋り出しました。部室には俺と奏の二人だけ。あれは俺に対して話しかけたという感じではなかった」
俺と青山さんの表情を伺うように目を動かす。
「奏は、見えない誰かと話し始めたんです。まるでそこに本当に誰かがいるみたいに。最初は俺のことをからかってるのかとも思いました。でも、芝居をしてるにしては、あまりに自然で、真に迫っていました」
当たり前だ。
悠治をからかうつもりなんか毛頭ないし、それに、あのときは実際目の前にアオがいた。悠治はいないと言うが、確実にいた。実際に目の前にいるアオに話しかけていたのだから、真に迫るも何もない。
青山さんは悠治の演説のような話を黙って聞いていた。
「俺は奏の様子をしばらく観察してみることにしました。正直面白いと思ったんです。奏は、俺には見えない誰かと挨拶を交わして、見えない誰かに俺のことを紹介してる風でした。反応に困りましたよ。俺にはその誰かは見えないわけですから。奏の一人芝居にしか見えませんでした」
一人芝居なんかじゃない。俺はアオと話していた。
アオだって悠治のことを認識していたように思う。アオの視線は悠治を捉えていたはずだ。それなのに、悠治にはアオが見えていなかったというのだろうか。
「奏の奇行とも呼べる様を見たのは、昨日が初めてではありません」
「急に雨が降り出した日か」
思い当たる節はあった。昨日、部室で二人を引き合わせる前にも、悠治はアオと会ったことがある。思い返せば、あの時も二人は会話はおろか挨拶を交わすこともなかった。
「そのとおり。あの時もお前は何もないのに急に前につんのめって、振り返るなり見えない誰かと喋り出したんだ。俺に話しかけたわけじゃないのは、すぐに分かったよ」
「そりゃ、お前に話しかけたわけじゃないからな」
声が震える。
あの時はアオに突然後ろから抱きつかれたんだった。悠治の話が正しいのだとしたら、アオが突撃してきたあの軽い衝撃も俺の気のせいか何かで、そんな衝撃はなかったということになる。でも、アオの体がぶつかったあの感触は今でもハッキリと思い出すことができる。あれが気のせいなわけがない。
ふと、
井口さんは、青山さんが出てきてからずっと、蚊帳の外だった。その井口さんが口を開く。
「アタシは、
井口さんは無表情のまま真っ直ぐに悠治を見ていた。そして、
「でも、
と付け加える。
「どっちも本当のことを言ってるんじゃないのか?」
「どっちも本当のことを……。うん、確かに興味深い考察だね」
悠治は井口さんの言葉を受け止めると嬉しそうに笑った。
「つまり、アオというのは奏と青山さんには確かに見えていて、会話もできるし触れることもできる普通の人間と変わらない存在。でも、俺にとっては見ることもできなければ、声も聞こえない。ましてや、触れるなんてできるとは思えない。三人のうち二人がその存在を認めているんだから、俺の方が異常っていう可能性もあるね」
何故か悠治は嬉しそうだった。
「異常かどうかは知らないけど、あんたたちが言ってるのが全部本当なら、そのアオって子はやっぱり変わった存在なんじゃないの?」
「変わった存在ね。幽霊……とは違うと思うんだよなぁ……。かと言って、奏と青山さんが見ているアオが同じ人物っぽいことを考えると幻覚とも違うと思うし……。井口はどう思う?」
「アタシが知るわけないでしょ?」
目をキラキラさせ始めている悠治に井口さんは素っ気なく応える。二人の間には明確な温度差があるが、お互いにあまり気にしていないようだ。
「井口はアオって子に会ったことあるの? 井口にも見えてないなら会ってても気付かないか……」
「会おうとしたこともない。まぁ、初野の言うとおり、どこかですれ違っててもアタシには見えてないだけかもしれないけど」
「井口さ、いっそ俺と一緒に〈ロックミュージック研究会〉に入らない?」
悠治は思いもよらないことを口にした。突然の方向転換に井口さんも呆気に取られている。俺だってそうだ。
「アタシは別に構わないけど……」
井口さんは意外にも悠治の誘いに乗るようなことを口にする。クラスにいても孤高の存在というのがピッタリな井口さんが、誰かと部活動をするというのはイメージできなかった。
それに悠治だ。都市伝説にしか興味がない悠治が、〈ロックミュージック研究会〉に入るというのはどういう風の吹き回しだろう。何か企みがあるに決まっている。
「そっか……。私、学校辞めなきゃよかったな……」
あえて言えば困っているような、なんとも言えない表情を浮かべながら、小さな声で呟くようにそう言ったのは青山さんだった。
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