第19話 二の足を踏んでいる余裕はない
悠治には、あらかじめ〈ロックミュージック研究会〉の噂の真相は概ね解明できたと、大まかな事の顛末を伝えてあった。そのときに返ってきたメッセージの興奮そのままに今、俺の前にいる。
「それで、昨日あったことをなるべく細かく説明してくれよ」
どうにか落ち着きを取り戻した悠治は、どこからかボロボロの手帳と洒落たボールペンを取り出していた。
前のめりな悠治に若干のめんどくささを感じながらも、〈ロックミュージック研究会〉の噂を解明するのは元々悠治の趣味の一環で始めたことだし、昨日の出来事も悠治がSNSを通じて
総合的にみると悠治のおかげで希望が繋がったのは事実だった。
悠治は俺の説明を聞きながら、時々「おぉ!」とか「それ、マジかよ」とか感嘆の声を漏らしつつ、ペンを走らせていた。
スラスラと走るペンが止まったのは、部室でアオに会ったと告げたときのことだった。
「お前、アオって子にはもう会えなくなったって言ってなかったか?」
ペンを止めて視線を上げた悠治は、まるで取り調べを行うベテラン刑事のようだった。
「会えなくなったとは言ってない。ただ、暴言というか、酷いことを言っちまって以来、部室に来なくなったから会えないかもしれないって言っただけだ」
「同じことだろ。それで、来なくなったはずのその子が昨日は部室にいたってわけか?」
「そういうことになる」
「やけに都合がいいな」
悠治は、アオの話になるとやけに否定的な言動が増える。今だって、真っ向から否定されたわけではないが、否定的な目を向けられている。まるで俺とアオが会ってはいけないと言っているようだ。
「それで? そのアオって子が〈ロックミュージック研究会〉の会長になったやつの願いを叶えてるって、そう言ったんだな? でも、その子は〈ロックミュージック研究会〉の部員どころか、うちの生徒でもないんだろ? 言わば無関係だ。なんでそんな子がわざわざうちの学校の、こう言っちゃなんだがドマイナーな部活の代表の願いを叶えてやる必要があるんだ?」
「それは分からない。アオ自身にも詳しいことは分からないみたいだった。自分で叶えてると言いながら、アオの意思で叶えてるわけではないとも言ってた」
あらかじめ大まかなことを伝えているからか、悠治はいきなり核心をつくようなことを言った。
悠治の疑問はもっともだ。俺も気になっていたことではある。
けれど、アオ自身にもよく分からないことが多いと前置きをされてしまうと、訊いても分からないとはぐらかされてしまうような気がして訊けなかった。
「大体の話は分かったよ。だからお前は〈ロックミュージック研究会〉に入る、なんて言い出したわけだな? お前の意思で。確かに盲点だった。ひよりちゃんの声を奪ったのが〈ロックミュージック研究会〉の会長なら、言わば呪いを消すことができるのは会長自身だけだと思ってたが。お前がその会長になっちまえば、その力はお前のものってわけだ。そして、その力でひよりちゃんを治そうと。お前はそう思いついたわけだ」
「いや、思いついたってより、アオにそう言われたからだな。それまで俺もお前と同じように力を使った本人に取り消してもらうことしか考えてなかったよ」
俺が応えると悠治は、ジッと俺の顔を見つめる。
「とにかく、俺は今日にでも入部届を出すつもりでいるよ。なぁ、会長になったらすぐ願いが叶うと思うか?」
見つめられるのが妙に気まずくて早口に言うと、悠治はスッと視線を逸らした。
「どうだろうな。もしかしたらすぐにってことはないのかもしれない。
「特には。とにかく、俺が心から願ってることなら叶うはずだってアオは言ってた」
「嫌な言い方だな。ひよりちゃんの声が戻らなかったら、お前がどこかでひよりちゃんの回復を願ってないからだって言いたいわけか。お前、もしかして少し不安だったりするか?」
悠治の言うとおりだった。
もし、〈ロックミュージック研究会〉の会長になっても、ひよりの声が戻らなかったら──。そんな不安が確かにあった。
アオの言い方は、今思えば、たしかに意地悪な言い方だと思う。自分の自覚している願いが、心の底から願っていることなのかどうかなんて分かりっこない。
青山さんは、文化祭ライブに出ることを三年間願い続けていたはずだが、それは叶わなかった。その理由をアオは、心の底から願わなかったからだと言ったという。
俺は果たして、心の底からひよりの回復を願っているのだろうか。願っていると自覚してはいるが、不安になる。
それでも──、俺には〈ロックミュージック研究会〉の会長になるしか選択肢がなかった。そこに
「もしダメだったら別の方法を探せばいい。幸い、俺のところにはそれっぽい都市伝説の情報が沢山ある。それを片っ端から潰していけば、その内のどれかがひよりちゃんの症状に効くこともあるだろ」
悠治は真剣だった。
なんだかんだで悠治は俺のことを心配してくれているのだ。
本当にそんな情報があるのかは疑わしい。それに、もし本当にそんな情報があったとしても、その信憑性は高くない。それでも、悠治のそんな楽観的とも言えるフォローがありがたかった。
俺が黙って頷くと、悠治は親指を立ててニッコリと笑った。
けれどそれから半年。結局、ひよりの声が元に戻ることはなかった。
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