第15話 なんとなくフェアじゃないなと思った
「ここが
あまり抑揚のない声と共に
立派な表札には『青山』と書かれていた。
「じゃ、アタシは帰るよ」
「えっ? 帰っちゃうの?」
サッサと背中を向けて歩いて行こうとする井口さんに向かって、慌てて声をかける。足を止めた井口さんは、ポケットに手を突っ込んだまま、めんどくさそうに振り返った。
「家は教えたし。謝礼の条件は満たしたでしょ? これ以上ここにいる意味はないし。あとは勝手にしなよ」
「それはそうだけど……」
本当を言うと家に案内された後のことを深く考えていなかった。
漠然と話ができたらいいな、とは思っていたが、そうやって頭で思い浮かべる青山さんには顔がなかった。それが今、いざ話をするために呼び出そうとなったとき、思い浮かぶ顔は、肩より少し長い髪の毛の内側を青く染めた女の子。アオの姿だった。
青山さんの家の前に立ったことで、アオと青山さんの像がよりリアルに重なっていた。
井口さんはしばらくの間、俺の目を真っ直ぐに見ていた。そして、はぁ、とため息を吐くと「マジで謝礼は弾んでもらわないとな」と言って俺の横に並んだ。
「ありがとう」と小さく言うと井口さんは、またため息を吐いて「インターホンは自分で押しなよ」と言った。
言われたとおり、インターホンに手を伸ばす。小さな丸いカメラがこちらを凝視しているようで、悪いことをしているわけじゃないのに心臓がドクドクと脈を打った。
カチッという硬い感触に遅れて、ピン、ポーン──と歯切れのいい音が鳴る。
数秒後、「はい……?」と小さな声が小さなスピーカーから溢れるように聞こえてきた。機械を通したせいで少し割れてしまったその声が、アオのものなのかは分からない。
「あ、あの……。僕は
自分で呼び出しておきながら、何を話すかを決めていなかった。普段使い慣れない一人称が、余計に俺を緊張させる。
「…………そうです」
しばらくの沈黙の後で、自信のなさそうな声が溢れた。そして、
「不動院の人が今更、私に何の用ですか? 私、もう学校辞めてるのに」
と、それまでよりもいくらかハッキリした声で言った。インターホン越しにも怪訝に思っているのが伝わってくる。
「えっと……青山さんは〈ロックミュージック研究会〉の会長だったんですよね? 俺たち〈ロックミュージック研究会〉の噂のことを調べてて。会長だった青山さんなら何か知ってるんじゃないかって思って、訪ねてきました」
スピーカーの向こう側で息を呑むのが分かった。
青山さんは何も応えない。切断する音も聞こえない。
しばらくの間、俺は井口さんと並んでインターホンを眺めていた。向こう側には俺たちの姿が映っているのだろう。当たり前だが、こちらからは青山さんの姿を見ることはできない。
なんとなくフェアじゃないなと思った。
通話を切断しないのは、何かを迷っているからなのかもしれないと気がついて、もう一度声をかけようと息を吸い込んだら、スピーカーの向こうでガサッと何かが動く音がした。
そして、ピッという機械音とともに通話が唐突に切れた。
「これって、拒絶……ってことだよな?」
思わず隣を見ると、井口さんは肩をすくめて首を振った。アタシに聞くな、ということらしい。
もう一度インターホンを鳴らそうか迷っていると、ガチャっと音がして玄関がゆっくりと開いた。
驚いて、思わず一歩後ずさる。井口さんはそのまま元の位置で、相変わらずポケットに手を突っ込んでいた。
ゆっくりと開く玄関から出てきたのは、俺たちと同じくらいの年頃の女の子だった。
ラフな部屋着のスウェット姿。サンダルを引っ掛けるように履いている。
髪の毛は肩より少し長いくらい。黒い髪の向こう側には、青い色が透けて見える。
前もって聞いていた特徴のとおり、青いインナーカラーを施した青山さんは、だけど、どう見てもアオではなかった。
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