第14話 井口さんは、ひどくつまらなそうに校門のところに立っていた

 井口いぐちさんは、ひどくつまらなそうに校門のところに立っていた。


「アタシ、実を言うと学校があんまり好きじゃないんだよね」


 井口さんは、歩き始めてすぐにそんなことを口にした。


「学校で学ぶことなんて、なんの価値もないと思わない? 学校になんか、来る価値ないと思う」


「学校に来る価値なんて、そんなこと考えたこともないな。将来何をするかによって変わると思うし。でもさ、そんなに嫌ならなんで毎日来るの?」


 横に並ぶ井口さんの口元がきゅっとゆがんだ。

 少し意地悪な質問だったかもしれない。けれど実際、俺の知る限り井口さんは毎日欠かさず学校に来て、ちゃんと最後まで授業を受けている。


「アタシの尊敬する人が、学校には行った方がいいって言うから。それが大きいかな」


 井口さんは絞り出すように言った。

 

 誰かに言われたからといって、きちんと毎日来るのだから、井口さんは見た目や持っている雰囲気と違って、案外真面目な人のかもしれない。少なくとも人の意見を聞く耳を持っているようだ。


「そんなもんかな?」


「そんなもんだよ」


 それっきり、会話が途切れる。

 アスファルトを蹴る音と井口さんのピアスが揺れる音が鳴っている。


「ところで、なんで貫井ぬくいたちは青山さんのことを探してるの?」


 井口さんは、しばらくの沈黙の後でそう口にした。

 いずれは訊かれるだろう、と覚悟はしていた。頭がおかしいと思われそうで、できれば話したくないと思っていたことだが、どこか浮世離れした雰囲気のある井口さんになら、案外話してしまってもいいかもしれない。


「実は、青山あおやまさんが会長を務めていた〈ロックミュージック研究会〉には、ある噂があるんだけど、井口さん知ってる?」


「噂? さぁ、聞いたこともない」


「だよね。俺も悠治ゆうじに教えてもらうまで知らなかったし。あいつはさ、都市伝説とかオカルトじみた噂とかが大好きで、そんな話ばっか集めてんだよ。そんで、その悠治がどこからか仕入れてきたんだけど、『〈ロックミュージック研究会〉の会長は、どんな願いも叶えることができる』って、そんな噂があるらしくてさ」


「どんな願いでも? タダで?」


 井口さんは怪訝そうに眉をひそめたが、バカにした風ではなかった。少なくとも頭のおかしい奴だとは思われなかったようだ。

 

 井口さんは、なんでも願いが叶うということそれ自体よりも、対価が必要なのかどうかが気になったようだ。

 そういえば悠治のアカウントにコンタクトを取ったのも『どんな謝礼もする』という悠治の投稿がきっかけだったみたいだし、対価関係を重要視するタイプなのかもしれない。


「それは分からない。悠治は相応の代償が必要なんじゃないかって考察してたけど。それも含めて、今のところ手がかりが青山さんしかないんだよね……」


「タダでなんでも叶うんじゃ、ズルいね。ありがたみもないし。それにしても、物好きなやつもいるもんだ」


 最後まで俺の話を聞いた井口さんは、呆れたように笑った。案外可愛い顔で笑う。


「確かに、悠治は物好きかもな。あいつ、都市伝説ってなると目の色が変わるから。〈ロックミュージック研究会〉のことだって、それまで存在自体知りもしなかったくせに、そんな都市伝説じみた噂があるって分かった途端、夢中になってるもん」


「貫井は?」


 いつのまにか笑顔を解いた井口さんは、真っ直ぐに俺を見ていた。遠慮のない視線だった。


「えっ? なにが?」


 そんなつもりはないのにとぼけたような声になってしまう。


「なにがって、貫井は別に都市伝説には興味がないような言い方だから。初野が物好きで〈ロックミュージック研究会〉の噂ってやつにご執心なのは分かったけど、それじゃ貫井はなんで青山さんを探してるの? 単に初野に付き合ってるってだけじゃないんでしょ?」


 ひよりの声のことを言おうか迷った。

 

 妹の声が出なくなって、それが〈ロックミュージック研究会〉の噂と関係があるかもしれないと疑っていて、そして、噂と関係があるなら声を元に戻す鍵もその噂が握っているはずで──。

 

 だから、青山さんを探している。

 

 聞く人が聞けばドン引きものの話でも、きっと井口さんは笑わないと思う。

 でも、それでも、口にすることはできなかった。

 

 ひよりの声が出なくなって以来、悠治以外のクラスメイトと気兼ねなく話をすることができなくなっていた。必要以上の気遣いを感じてしまうから。もちろん、悪気がないのは分かっている。

 でも、その悪気のない気遣いが俺を孤独にしていた。

 

 今日初めて話した井口さんだってクラスメイトだ。ひよりのことを知らないはずがない。それなのに、今のところ、そんな気遣いは感じない。それが俺には有り難かったし、貴重なものだった。

 ひよりのことを話題に上げることで、井口さんの態度が変わってしまうのが怖かった。


「まぁ、話したくないならいいよ。別にそこまで知りたいわけじゃないし、アタシはあんたたちに青山さんの家を教えて、謝礼がもらえたらそれで満足だから」


 あっけらかんとした言い方だった。

 本当にあまり興味がなくて、どうでもいいのだろう。


 井口さんは、ブレザーのポケットに手を突っ込んで俺の隣を歩く。踏み出す足に合わせて耳たぶにいくつもぶら下がったピアスが揺れて無機質な音を鳴らした。

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