第9話 青ちゃんが心配だよ
だが、実際に今年の文化祭ライブのステージで歌ったのは、我が妹ひよりだ。
「三年生の私たちにとっては、今年が最後だったから。もう学校に来る理由がないと思って辞めちゃったのかな。だとしたら、寂しいな」
先輩の話ぶりから、青山さんがいかに文化祭ライブで歌うことに賭けていたのかが分かった。ステージに立てなかったときの落胆が大きかったであろうことも分かった。
そんな青山さんはどんな気持ちで、ひよりが歌うステージを見ていたのだろう。見たくもない、と思ったかもしれない。
羨ましくて悔しくて堪らない気持ちで、それでも見ずにはいられなかったのではないだろうか。嫉妬で狂いそうになる心を必死に抑えて、ステージを見つめていたのではないか。
ふいにある考えが浮かぶ。
青山さんの願いは、文化祭ライブで歌うことではなかったんじゃないか。
もし青山さんの願いが文化祭ライブで歌うことなのだとしたら、『〈ロックミュージック研究会〉の会長は、なんでも願いを叶えることができる』という噂は嘘ということになる。結果的に、青山さんは文化祭ライブで歌うことができなかったのだから。会長である青山さんの願いは叶わなかったことになる。
青山さんの文化祭ライブにかける情熱は、生半可なものではなかった。
その情熱は、超自然的な力に頼らずに、自分の実力で叶えるという想いに繋がったのではないだろうか。〈ロックミュージック研究会〉の会長に宿る不思議な力のおかげなんかではなく、自分の力で出たいと思ったのではないだろうか。
だとすると、青山さんの願いは、もっと別のものだったのかもしれない。もっと衝動的で、自分の力ではどうすることもできないものに向けられた可能性がある。
超自然的な力を借りなければ、到底叶えることができないもの。
それはつまり、ひよりに対する嫉妬心からくるものだったのではないか。
ひよりが歌えなくなれば──。そんな風に衝動的に願ったのではないだろうか。
ステージ上のひよりの声が出なくなれば、ステージ上でひよりの歌が止まれば、少しは気が晴れる。
ひよりが歌うステージを見ながら、青山さんはそんな風に思わなかっただろうか。
「青ちゃんが心配だよ。青ちゃんのこと、友達だと思ってるんだけどなぁ」
先輩の寂しそうな声が、俺を妄想から現実に引き戻す。
最後に青山さんの家の場所を訊ねたが、先輩は知らないと応えた。
学校の中では比較的仲良くしていたが、放課後や休日に遊ぶほどではなく、ましてやお互いの家を行き来するような仲ではなかったらしい。連絡先も知らなかった。
それでも、先輩は青山さんを友達だと現在進行形で言い『青ちゃんが心配』とハッキリ口にした。
「参考になるか分からないけど、青ちゃんは私と同じようにあまり目立つタイプじゃないよ。でも、今年から髪の毛を青くしてた。インナーカラーっていうのかな? 内側の一部だけ青いの」
先輩は自分の髪の毛をスッと持ち上げる。三つ編みにされているためフワリとはいかなかった。
アオの特徴と同じ、青いインナーカラー。一般的な髪色ではない。
名前にしたって偶然にしてはできすぎている。
それまで曖昧だった、疑いの域を出ないアオと〈ロックミュージック研究会〉の会長の像が俺の中でハッキリと結ばれていく。
「もしもなにか分かったら私にも教えて欲しいな」
俺の考えなんて知るはずのない先輩は、少し遠慮がちに振り絞るように明るい声で言った。
俺と悠治は顔を見合わせて大きくゆっくりと頷いて、先輩と別れた。
青山さんを心配してわざわざ俺たちに声をかけてきた先輩は、きっと優しい人なのだろう。
先輩の話を聞いた今、確かめたいこと、確かめなければいけないことが増えていた。
それは、青山さんがひよりの声を奪ったのではないかということ。それと、青山さんとアオは同一人物なのではないか、ということ。
それはつまり、俺の知るあのアオがひよりの声を奪ったのではないか、ということだ。
「悠治。バカなこと言うなって言われるのは承知で言うけど、青山さんの願いって、もしかしてひよりの声を――」
全部を言葉にするのは
悠治といると感覚が麻痺してしまうが、そもそも、どんな願いでも叶うだなんていう都市伝説自体があり得ないことなのだ。
だが、悠司は
「ありうると思う。ひよりちゃんの声、原因は医者でもよく分からないんだろ? それに現実として、青山さんは文化祭ライブに出ていない。ということは、青山さんの願いは別にあったってことだ」
と大真面目に応えた。さっきの俺の妄想とほぼ同じ考えだ。
願いが叶わなかったとは考えていない。〈ロックミュージック研究会〉の噂を疑いなく信じている。その前提に立った上での意見だった。
「そうと決まったわけじゃないのは分かってるけど、もしだぞ。もし、青山さんの願いでひよりが声を失ったんだとして、青山さんは、ひよりの声を元に戻せると思うか?」
悠治にだって分かるはずがないのに、訊ねずにはいられなかった。
「叶えた願いを取り消せるとしたら、それはそれを叶えた人間だけなんじゃないか?」
しばらく考え込んだ後で悠治は考えを述べた。青山さんを見つければ、ひよりの声が元に戻るかもしれない。なんの根拠もないのにお墨付きをもらったような気になる。
「なぁ、悠治。先輩の言ってた青山さんって、やっぱりアオなんじゃないかな」
言わずにはいられなかった。
悠治は『絶対に違う』と断言したが、先輩の話は俺の考えを裏付けているように思う。
『青山』という名前の一致。
そして、一般的とはいえない髪色を特徴に持つ女の子が、たまたま偶然に〈ロックミュージック研究会〉の部室でギターを弾き語っている。その確率はどれくらいだろう。
その人が〈ロックミュージック研究会〉の唯一の部員であり、会長だと考える方がずっと自然だ。
制服を着ていなかったのも、すでに中退していたのなら頷ける。
「お前、まだそんなこと言ってるのか? お前の言うアオって子は違うって」
「でも、名前が青山で青いインナーカラーって言ってたぞ? 名前も特徴も一致するじゃないか。そんな偶然があるか?」
「あるかどうかは知らないけど、違うんだよ。あの先輩と話して分かったことは、〈ロックミュージック研究会〉の会長は、
悠治は冷静に考察を述べると盛大にクシャミをした。鼻水を
「ヤバい、少し寒気がしてきたな」
続く悠治の言葉は、この話題はもう終わりだと言っているようなものだった。議論を続けても平行線だということは分かりきっている。
悠治の頬が少し赤くなっていた。
「お前、大丈夫か? 無理しないで今日のところは帰った方がいいんじゃないか?」
「そうだな。悪いけど、そうさせてもらうよ」
悠治は俺の提案をあっさり受け入れると、冬でもないのに寒そうに首をすくめて「じゃあな」と手を軽く挙げた。だが、一歩踏み出したところで「そう言えば」と振り返って言った。
「お前、あの後あの青いギターはどうしたんだ?」
「雨に濡れたらまずいと思って〈ロックミュージック研究会〉の部室に置いてきた」
応えると悠治は「ふ〜ん」と鼻を鳴らす。そしてすぐにまた鼻を啜った。
「お前、あの雨の中、傘もささずに帰ったんだろ? 風邪は完全にそのせいだろ」
「かもしんないな」
悠治はそれだけ言うと今度は振り返ることなく、肩の上で手をヒラヒラと振って離れていった。
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