第7話 これから聞き込みに行くぞ

 夢中でギターを弾くあまり、せっかくアオに会えたというのに、〈ロックミュージック研究会〉のことを聞きそびれてしまった。一晩明けてようやくそのことに気がついたが、別にそれほどの失態だとは思わなかった。

 俺は悠治ゆうじほど熱心に〈ロックミュージック研究会〉のことを調べようとは思っていない。気分転換になればいいという程度のもので、真相の解明については割とどうでもいい。

 

 それよりも俺の頭にあったのは、アオと一緒に弾いたギターのことだった。


「よう。機嫌が良さそうだな。なんかいいことでもあったのか?」


 心の内が顔に出ていたのか、悠治にそんな風に絡まれた。

 昨日の別れ際、少し気まずくなってしまったことなど無かったかのように、いつも通りの悠治だった。


 悠治は俺の肩に腕を回すと、ズズッと一度大きく鼻をすすった。鼻声だった。


「そんなことより、面白いことを持ってきたんだよ。お前、暇か? 暇だろ?」


 最初から決めてかかった言い方だが、本当に暇だから反論のしようがない。仕方なく黙って頷くと、悠治はニヤリと笑った。ふふん、という鼻息が頬に当たる。

 またロクでもないことを思いついたのだろう。


「なら、これから聞き込みに行くぞ」


 悠治は肩に回した手を下ろすと、俺の制服の袖を引っ張った。


「聞き込みってお前。何をだ?」


「決まってんだろ? ロミ研のことだよ」


「ロミ研って?」


「お前、バカか? 〈ロックミュージック研究会〉に決まってんだろ?」


 悠治は盛大に鼻を啜りながら、眉をひそめた。


「聞き込むったって、どこで誰に聞き込むんだ? 何か当てがあるのか?」


「いや、具体的な当てはない。でもなんとなく、会長は三年生なんじゃないかって気がするんだよな。少なくとも、俺たちとタメって可能性は低いと思う。〈ロックミュージック研究会〉とかいう、めちゃくちゃレアな部活に入ってるやつがいたら、なんとなく噂になりそうなもんだろ?」


 そんな回りくどい推理や、聞き込みなどしなくても、会長はアオで決まりなんじゃないか、と思った。だが、それは一度、悠治に強く否定されてしまったため、口にはできない。

 元々都市伝説の真相なんかどうだっていい俺は、アオが〈ロックミュージック研究会〉の会長であっても、そうでなくても、それもまた割とどうでも良かった。


 だが、興味がないから無碍むげにするというのでは、悠治に申し訳がない。一応、俺の気晴らしのためにやってくれているのだ。その恩には応える必要があるだろう。


 アオのことは一旦忘れて、悠治の唱える説を考えてみる。

 少なくとも俺は、誰がなんの部活に入っているかなんて全く興味がない。噂になるといわれても、そのとおりだと肯定することはできない。

 

 そういえば数年前まで、不動院ふどういん高校の生徒は必ず何かしらの部活に入らなければならない決まりだったらしい。その頃なら、部活のことが話題に上がることも多くあっただろうが、今はそのルールも撤廃されている。帰宅部だって多いように思う。

 かくいう俺もその一人だ。悠治だって帰宅部だ。


「どうだろうな。お前の説は、あまり説得力がないと思うけど。でも、そんなことで争っても意味はないから、一応そういうことにしておくよ。それで? 二年生はその理屈で可能性が低いとして、一年生って可能性はないのか?」


 悠治はわざとらしいくらいに神妙な表情で頷いた。どこか芝居がかっている。


「仮に一年生が会長なんだとしたら、部室で出会えない日があるのはおかしい。考えてもみろ。まだ七月になったばかりだぞ? 一年生にとっては部活が始まって三ヶ月程度だ。まだ熱心に部活に打ち込む時期だろ。それなのに部室にいないのはおかしい。たまたま一日いなかったなら分からなくもないが、お前は何度かあそこに行ってるんだろ? そこにいないってのはおかしい」


 その理屈でいけば、部室にいたアオはやっぱり〈ロックミュージック研究会〉の会長だということになりそうだが、やっぱり黙っておく。


「う〜ん、そうとも言い切れない気もするけど。まぁいいや。で、三年生なら会えなくても不思議じゃないのか?」


「三年生の場合、別に部活に熱心じゃなくたっておかしくはない。特にロミ研は、メンバーが会長一人みたいだからな。活動らしい活動はできないだろ。一人で活動するのに嫌気がさして部室に行かなくなったのかもしれない」


 かなり無理のある、なんだかよく分からない理屈だ。強引に三年生に聞き込みをする口実を作っている風にすら思える。だが、悠治は自信満々だった。

 俺はどちらでもよかったので、とりあえず肯定の意味を込めて一度肩をすくめてみせた。悠治の方は、未だ神妙な顔のままゆっくりと頷く。


「というわけで、一番可能性の高い三年生の教室から聞き込みに行こうと思う」


「その会長ってのが、影の薄いやつじゃなければいいけどな。聞き込みが空振りに終わっちまったら無駄骨だ」


 茶化すように言うと、悠治は表情だけで「余計なことは言うなよ」とたしなめた。俺も表情だけで「ごめん」とおどけてやる。


 どうしてこんな無理やりな理屈を自信満々に話せるのに、もっと合理的な、アオが会長である可能性は一蹴に付したのか、不思議だった。

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